天からの言葉
「これは八咫の鏡」
厳かであり、また美しい声が天から響いて来た。
八咫の鏡は、伊勢、皇大神宮の御神体、つまり内宮の御正殿に天照大御神の御霊代として祀られている御神鏡のことである。
また天照大御神は、その名の通り、天を照らす神、太陽を象徴する神。
太陽は大地を照らし、稲などの作物を成長させる。
そのような生命の母としての太陽にも例えられる女神であり、日本神話の中でも最高神と讃えられている。
「かつては・・・」
再び厳かで美しい声が天から響いて来た。
「天照大御神が。高天原で稲作や機織りをしている時に、素戔嗚尊がそれを妨害し、神殿を汚すなどの粗暴な振る舞いのため、大御神は怒りのあまり、天岩戸に隠れたことがあります」
その厳かで美しい声は、続く。
「もちろん、天照大御神がお隠れになれば、世界は暗黒となります」
「様々な、禍と混乱が世に満ちることになりました」
「そのため、八百万の神々は、懸命に知恵を出し合い、八尺瓊勾玉と八咫の鏡を榊にかけて、隠れになられた岩戸の前で、祝詞や神楽を舞ったのです」
まさに、日本神話そのものの、話が続く。
そして光と巫女たちは、鏡の光で身体が硬直し、その話を聞く以外には何もできない状態が続いている。
再び、声が天から降って来た。
「その榊が立てられ、鏡と勾玉が掛けられた場所が、ここの伊勢の地」
「そして、その榊を柱として、柱の上に社が建てられたのです」
つまり、ここまでは、この神宮に関する古い由緒を語っているようだ。
それならば、厳かで美しい声の主は、光たちに何を語りたいのだろうか。
光と巫女たちは、身体全体を硬直させながら、次の言葉を待った。
「再び・・・」
天からの声が重さを増した。
「禍と混乱を好む悪神の強い動きが感じられます」
「再び、汚らわしい暴虐が行われるような動きを感じます」
「そうなれば、天照大御神は、またお怒りになられ、お隠れになられます」
「世界は再び暗黒に包まれることになります」
「様々な禍と混乱が世に満ちることになります」
「そうなってはいけません、天照大御神もそれを望んでおられません」
その言葉で、光と巫女たちは、懸命に姿勢を正した。
光と巫女たちに、再び声が降ってきた。
「あなたがたに、この八咫の鏡の御力をお分けするようにとのお言葉です」
「そのまま、それぞれの身体の中に」
その言葉と同時に、光と巫女たちは、再び凄まじいほどの眩い光に包まれた。
「眩しい・・・」
ようやく言葉を出したのは光。
「確かに・・・」
由香利も息を切らしている。
「そうだね、身体の感覚も変わってきた」
華奈は、しきりに身体を動かせている。
他の巫女たちは、まだ動けない状態になっている。
美紀がつぶやいた。
「これはまさに、持統様のお働き、天武様も含めてかもしれない」
美紀は、天を見上げている。