お伊勢参り(9)豊受大御神様からのご馳走、華奈からの酒は?
異変は、光と巫女たちの服装の変化だけではなかった。
そもそも、御正殿の前、屋外に立っていたはずなのに、いつの間にか板敷の間に丸い御座のようなものの上に、全員が座っている。
由香利が、光に声をかける。
「光君、心配はいりませんよ」
「全てこれは、豊受大御神様のお気持ち」
ただ、光としては、そんなことを言われても、うろたえるばかり。
「わけがわからない、何か怖い」
「豊受大御神様?偉い神様だよね・・・」
「ぼーっとしていると、このナマケモノって叱られそう」
結局、光の考えることは、そんな程度である。
すると、春奈が光に声をかけた。
「ねえ、このナマケモノ!いつまでボンヤリしているの!ここは神前だよ!」
光は、あまりにも「そのまま指摘」の言葉なので、またしてもオロオロするけれど、今度はソフィーから声がかかった。
「ほら、しっかり自分の前を見て!目の前に何かあるのが、まだわからないの?」
光は、そこまで言われたので、ようやく「目の前にあるもの」を見る。
そして、相当に驚いた。
「あ・・・これ・・・何?」
今度は、由紀から声がかけられた。
「光君、これは食事だよ、それもすごく珍しい」
「でも、何となくわかる」
確かに、光と巫女たちの前には、それぞれ、小さなテーブルのようなものがあり、その上には様々な食べ物が置かれている。
光の耳には、次に美紀の声が聞こえてきた。
「光君、これは奈良時代の食事メニュー」
「鯛の焼き物、鮭、海老、タコ、蒸しアワビ、牡蠣」
「麦縄といって素麺の一種」
「里芋を煮たもの、たけのこ,なの花,ふきなどの野菜」
「きゅうりやなすのつけ物,かもの肉の汁」
「牛乳から作られた蘇、チーズのようなもの」
「それから、ご飯」
「お酒は、濁り酒」
「フルーツは、柿、栗、みかん」
この説明に、光が驚いていると、今度は華奈の声が耳元で聞こえてきた。
「光さん、しっかり食べてね」
「これは、由香利さんのお話の通り、豊受大御神様からの御馳走なの」
そして、光が何かを感じて、横を向くと、華奈がピッタリと隣に座り、光の酒器に濁り酒を注いでいる。
光は、素直にお礼を言った。
「あ、華奈ちゃん、ありがとう、お酌をしてもらうなんて」
すると華奈は、途端に真っ赤な顔。
「・・・えっとね・・・まず、このお酒を飲んで・・・光さん・・・」
不思議にも、料理より先に、濁り酒を進めてくる。
光が
「え?・・・あ・・・うん・・・」
と、華奈に注いでもらった濁り酒を一口飲むと、華奈はますます真っ赤な顔。
その上、うれしさ満点の顔に変化した。
華奈は、ますます光に身を寄せた。
そして耳元で
「ねえ、光さんのお酒だけ、他の巫女さんと違うの」
「それ・・・わかる?」
などと言ってくるけれど、光はさっぱりわからない。
その光が、由香利の顔を見ると、由香利はかなり悔しそうな顔。
ルシェールが、光、華奈、由香利の顔を見比べて、察知したようだ。
「もしかして、華奈ちゃん、抜け駆け?」
ルシェールの表情も、落ちつかなくなってきた。