光が運命を指揮する(2)
光の指揮による「運命」の冒頭は、まさに厳しく強めになった。
心配していたオーケストラの呼吸の乱れもない。
そして、光は続く冒頭部分と同じフレーズの前に、ほんの少しの間を置く。
小沢がうなっり、目を輝かせる。
「ほぉ・・・これは・・・」
校長は、頷く。
「すごいズッシリとした重みですね」
しかし、二人の声は、そこまでだった。
有名な冒頭のフレーズ以降は、練習不足とは思えないような、一糸乱れぬ「運命」の世界が広がっていく。
一楽章においては、指揮者光の指示通り、厳しめのリズム、ホルンの強めのフレーズ、木管も歯切れがいい、それを弦楽器がキッチリと支える。
じっと聞いていたソフィーは思った。
「完璧、とにかくキレキレのベートーヴェンだ、とにかく格好いい、ますます光君に惚れた」
その目が、ウットリとなっている。
春奈も、目を見開いて光とオーケストラを見ている。
「さすが、音楽なら、心配ない、私への対応はイマイチだけど」
「それにキレキレってだけじゃないね、この運命、湧き上がってくる力を感じる」
さて、そんな状態で、激しい盛り上がりのなか、第一楽章が終わった。
光は、一旦指揮棒を、指揮台の上に置き、様々な指示を始める。
「ヴァイオリンは、もっと弓を大胆に、強めの音でお願いします」
「ヴィオラは、音を大き目に、アンサンブルを厚くしたいので」
「チェロは、リズムはOK、後は歌うように」
「ベースは、もっとリズムを厳しめに」
何しろ立て続けの指示なので、オーケストラ全員が否応もない。
光は次に、管楽器にも指示。
「ホルンは、素晴らしかったけれど、もう少し高らかに」
「あとは・・・フルートは音を大きく」
「ファゴットは、少し音を抑えて」
・・・・・
とにかく、細かく音量やリズムを指示していく。
その光の指示を聞いている小沢は、一々頷いている。
「よく聴き取っているね、指揮者としては優れている」
「このまま、僕とのジョイントで運命を振ってもらいたいくらいだ」
「それにしても、強いベートーヴェンだった」
校長も、ようやく感想を口にする。
「本当ですね、息もつかせず、一気に引きずり込まれました」
「この調子でいけば、二楽章以降も楽しみです」
さて、オーケストラへの指示を一旦終えた光は、少し考えている。
「どうしようか、一楽章をもう一回やるべきか、それとも二楽章に進むべきか」
「それとも、それぞれのパート練習で、演奏の精度を高めようか」
「たまたま、今やった一楽章は乱れなかったけれど、それは単なる集中力が高かっただけに過ぎない、運命みたいな曲は身体で覚えた方がいいかもしれない」
・・・・
など、様々、考えて光が出した結論は
「今日の合奏は、これで終わりです」
「まだ、練習時間は残っているので、各自気になっている部分を個人練習あるいはパート練習をお願いします」
「その方が、次に練習する時に、より安心して練習できると思うので」
だった。
少し残念そうな顔をする小沢や校長など、聴いていた人はともかく、オーケストラの面々は、ホッとした表情になっている。
しかし、その後の光は、春奈が心配したようなボケ顔には、ならなかった。
自分から各パートの練習に顔を出し、一つ一つ細かな指示を与えた。
その様子に小沢は、また唸った。
「うん、指揮者だけでなくて、人を成長させる心と力を持っている」
校長も、そんな光の積極性を満足そうな顔で見ている。