光が運命を指揮する(1)
小沢先生と光の話は、それだけでは終わらなかった。
次に小沢が言い出したのは、今日の音楽部の練習を見たいとのこと。
光は、少しためらった。
「えっと・・・運命を練習するんですが、まだお聞かせできる状態ではなくて、演奏者は高校生で技術も未熟で」
様々、理由をつけるけれど、小沢はニコニコとしたまま
「大丈夫、そんなことはわかっている」
「オーケストラとしての完成度よりは、光君が運命をどう振るのか、どう考えているのかをね」
そう言われると、光もなかなか断りづらい。
今後のコンサートのこともあるし、そもそも、子供の頃からの両親を含めての長い付き合いを考えてしまう。
結局、光は、小沢に頭を下げた。
「わかりました、ひどい演奏になるかもしれませんが、ご指導をお願いします」
その会話を聞いている校長も、興味津々な様子。
「ほお・・・光君の運命と、小沢先生の指導ねえ・・・」
「これは聞き逃せないなあ・・・」
校長も結局、音楽室に出向くようである。
さて、そんな会話もあり、光、校長、小沢は校長室から、直接音楽室に出向いた。
そして、光と校長はともかく、世界の大指揮者小沢が音楽室に入った時点で、音楽部員の間に、動揺が走った。
「え・・・あ・・・マジ?」
「あの・・・小沢先生?」
「聞きに来たの?ヤバイ!」
「まだ練習足りないって・・・恥ずかしいって・・・」
「あーーーー震えてきた・・・緊張する・・・」
そこまでは、普通の反応だった。
少しずつ、反応が変わって来た。
「光君、どうして連れて来ちゃうの?まだ早いって!」
「それにしても、光さん、普通に小沢先生とお話しているし」
「楽譜見て、何か話しているし・・・この緊張している時に」
光への文句まで、出始めている。
さて、廊下を歩き、音楽室に入った世界の大指揮者小沢の情報は、瞬く間に学園内に伝わったようだ。
いつの間にか、廊下に数多の学生たちが集まってきている。
また、学生たちに混じって、ソフィーと春奈も、音楽室に出向いて来たけれど、少し遅れたせいか、廊下の後ろの方になってしまった。
ソフィーは、そこで春奈の顔を見てニヤリ。
「私は、日本政府として、音楽室に入ります、何より光君の警護も仕事の一環なので」
そのまま、学生たちを押しのけて、音楽室に入ってしまった。
春奈は、そこでムッとした。
「あーーいうことするから、ソフィーって気に入らないの」
「それこそ、公私混同ってもの、利益誘導型官僚の典型だ」
ただ、そこまでムッとして、春奈も考えた。
「私も光君の癒し係を、かの薬師如来様から仰せつかった立場なんだ」
「そうなると、どうせ運命を振って疲れて、ボケッとする光君を癒さなければならない」
「何しろ、世界の大指揮者小沢先生に、光君の大ボケ姿なんか見せられないんだから、これも、私のお役目だ」
そして、春奈も結局、学生たちには「ちょっと光君が心配だから」と言い、「保健室の先生」の特権により、ほぼ無理やりに音楽室に入ってしまった。
しかし、当の光は、そんなソフィーと春奈をチラっと見ただけ。
スッと指揮台に上り、いつものハンナリ声で、オーケストラに指示。
「じゃあ、運命始めます、厳しめ、正確にお願いします」
指揮棒を持つ光も、厳しめの顔になっている。