光のプロデビュー?
その小沢の頼みは、光にとって、「本当に驚くべき話」だった。
小沢が真顔になって話はじめたのは、光の音楽家としてのプロデビューについてだった。
「すでに進学も内定、というかスカウトに近い」
「だから、その意味では、全く光君には心配はいらない」
「多少の語学の勉強は必要だけれど、いざとなったらルシェール君がいるから不安がない」
「光君の演奏を聴きたいという音楽関係者が、かなり多いんだ」
「一日も早く、プロになったほうがいい」
「それで、僕が振るオーケストラで、コンチェルトを弾いてもらってもいいし」
「それ以外には同じコンサートで指揮をしてもらってもいい」
「バッハのような室内楽で、ピアノあるいはチェンバロ兼指揮者でもいい」
光が、あっけに取られていると、小沢はどんどん畳みかけてくる。
「若手のピアノコンクールに出てもらってもいい」
「君なら、全く技術的に不安はないし」
「日本を皮切りに、海外のコンクールに挑戦しても、面白い」
光の隣で、小沢の話を聞いている校長は、面白そうな顔。
「そうですねえ、どれも、光君の音楽家としての将来に有益ですね」
「あとは、光君次第ですね」
ただ、そこまで言われても、なかなか結論を出せないのが、優柔不断の光らしい。
「小沢先生も、校長先生も、そう言っていただくのは、本当にうれしいのですが・・・まずは学園内のコンサートの練習もありますし」
「それに、そんなにたくさん言われても、どれから手をつけていいのか、わかりませんし」
「はぁ・・・体力持つかなあ・・・」
最後は、自分の体力不安まで口にする。
しかし、小沢は、そんな光の「優柔不断」にはつきあわない。
またしても、どんどん畳みかけてくる。
「そうだなあ、まずは僕とのジョイントコンサートにしよう」
「一曲目は、光君が振りたい曲」
「二曲目は、光君が弾きたいピアノコンチェルト」
「三曲目は、僕が振る」
「名目としては、注目の若手発掘コンサート」
「大学が後援するスタイルかな」
小沢は、そこで、少し間をおいて光の顔をじっと見る。
光も、そこまで言われて、断りづらくなってきたようだ。
しきりにブツブツとつぶやいている。
「うーん・・・小沢先生と一緒ならいいかなあ」
「小さな頃からの知りあいの先生だし」
「父さんも・・・母さんも・・・一緒にいた時に、よく来てくれたし」
少しずつ、光の目が輝きだした。
そしてまたブツブツ。
「ベートーヴェンは学園で演奏するしなあ・・・」
「ブラームス・・・うーん・・・その雰囲気じゃない、好きだけど」
「シューマン、ショパン・・・ラヴェル・・・うーん・・・」
「バッハは、大編成のオーケストラでは変」
「となると・・・」
そこまでブツブツ言って、ようやく光は、その顔を上に向けた。
そして、小沢の顔を真っ直ぐに見た。
小沢も真顔、校長も光の次の言葉をじっと待つ。
光にしては、はっきりとした声。
「わかりました、せっかくですので、取り組んでみたいと思います」
「作曲家としてはモーツァルト」
「序曲はフィガロ、コンチェルトは21番」
小沢は、にっこりと光の手を握る。
校長は、まずはホッとした。
そして、ワクワクとした顔になっている。