アメリカ大使館付近の不穏
「光君!」
ソフィーは、校長室に入るなり、光の名前を呼んだ。
少々、失礼な行為とは思ったけれど、何しろ一刻の猶予も許さないと判断したらしい。
いきなり入って来て、名前を呼ばれた光は、少し驚いた様子。
しかし、一緒に座っていたキャサリンの表情の変化はない。
むしろ、「ソフィー様、ありがとうございます」と、頭をしっかり下げる。
どうやら、ソフィーがいきなり入って来ることまで、透視していたようだ。
また、光とキャサリンの前には、校長も座っていた。
そして、ソフィーに声をかけた。
「ソフィー様、とにかく、座ってください」
「一刻の猶予も許さないという事態ということは、よくわかります」
と言いながら、校長室壁面に設置された大型モニターを指さす。
ソフィーは、そこでようやく、一息。
光の右隣にはキャサリンが座っているので、ソフィーは左隣に座った。
校長は、ソフィーの顔と大型モニターに映し出された映像を見比べながら、冷静な口ぶり。
「ソフィー様も連絡を受けているでしょうが、現在のキャサリンの母国のアメリカ大使館付近の様子です」
校長の言う通り、確かにアメリカ大使館、そしてその周囲の状況が大型モニターに映し出されている。
その画面を見て、光がため息を漏らしている。
「あのプラカードがいろいろ、国会前のデモ隊と同じ人たちかなあ」
「オスプレイ絶対反対、米軍基地完全撤退は、昔からあるプラカード」
「それに加えて、エルサレムへの米大使館移転反対って、何で日本人がプラカードを持つの?」
「訳がわからないのは、政権打倒とか、9条を守れとか自衛隊解散とか、アメリカ大使館前で日本人が言うべきこと?」
「もっと関係ないのは、天皇制廃止だとか書いてある」
ソフィーもようやく落ち着いて来た。
「だいたい、集まっている連中は、かつての全共闘世代だね、年齢的に」
「すでに会社を定年になって辞めて、することもないのかな」
「あるいは、若い頃に集まってデモやったことが、そんなに面白かったのかな、それを忘れられないのかな」
校長も、ソフィーの分析に頷く。
「そうですね、会社勤めをしている世代では、とても平日の昼間、こんなことはできません」
「家族を支えるために、働かなければなりませんし」
「それと・・・」
校長の顔が少し沈んだ。
「今、大使館前に集まっている連中が、会社勤めをしている時期には、全くそんな動きもせず」
「今さら、暇になったからと言って、わざわざ、国際関係に傷をつけるような言動を繰り返す」
「大使館も大人だから、呆れて見ているだろうけれど」
ずっと黙っていたキャサリンが口を開いた。
「問題は、彼らの中に、火炎瓶とか、武器に近いものを持つ人があるようなのです」
「彼らの中に、万が一突発的な行為があって、大使館に被害をもたらすとか」
「それでなくても、現状では、大使館員が外に出ることだけでも、困難で危険に陥っているのです」
ソフィーは、画面をじっと見ている。
そして唸った。
「マジで・・・野党の国会議員が何人かいる・・・そしてマスコミ・・・」
光は、画面の中の野党国会議員の口元を読んでいる。
「アメリカ大使館にも、国政調査権行使?」
「アメリカ大使館員の外交特権をはく奪せよ?」
「国際法の根本を理解していない・・・」
「というか、そもそもとして・・・」
光は、ガックリと肩を落としている。