始業式の朝
午前七時、春奈は、本当にヤキモキしている。
その理由としては、今日は始業式というのに、例によって光が起きてこないため。
「全く、高校3年生になったというのに、全く自覚も自制心も努力する心のカケラもない」
「その意味では、全く成長がない」
「でも、そんなことを言ったら、あの口うるさい母さんとか、他の巫女連中から、何を言われるかわからない」
「どうせ言うことは決まってる・・・『光君のウカツさは生まれつき』・・・『代わりに私が住むから、出ていって』とか『生活指導が出来ない保健室の先生って何?』とか・・・」
そこまで考えて、春奈はますます、アセリだした。
「あーーー!もうあのアホの光君なんて、ベッドから引きずり下ろして、そのまま床に頭ゴツンさせちゃおう!」
「おそらく痛いぐらいは言うだろうから、それで目覚める」
「・・・で、この春奈さんが、光君をギュッと抱きしめて、よしよし・・・と・・・ふふん・・・」
そんなことを思いついた春奈は、光が降りてくるのを待ちきれなくなった。
そして、二階に向けて一歩足を踏み出した瞬間である。
いきなりチャイムが鳴った。
そして、即座に玄関がガチャリ。
誰かは、考えなくても、見なくてもわかる。
家に入ってくるなり、いつもの華奈の大声三連発が始まった。
「ほらーーー!何やっているの!光さん!」
「妻が迎えに来たっていうのに、グズグズしないで!」
「春奈さんが、朝ごはん早く食べたいって!なんかトマト風味の変わったのだよ!」そして、そのまま階段を駆け上がっていく。
春奈は、またしても呆れた。
「何?あの短めにしたスカート!」
「あの妻って表現は、全く通用しない表現だ」
「春奈さんが食べたいって何?本当は自分が二回目の朝ごはん食べたいんでしょ?一体何さ、自分では玉子焼きも焦がしちゃうくせに」
「トマト風味の変わったのって何?リゾットも知らないの?」
「それにしても、少しだけボリュームアップしたのかなあ」
春奈の見たとおり、華奈は少々ボリュームアップしたらしい。
そして、それが自慢なのか、光の部屋に入っても、大騒ぎをしている。
「わーーー!新学期はじめから遅刻になるって!」
「ねえ!早く!着替えてはいるけどさ!」
「ほら!ネクタイ曲がっている!うんうん、そうそう!」
「そしたら、私を見て!光さん!少し変わったでしょ!」
「ここのあたりとか、ほら!ここ!どう?セクシーになったでしょ?」
春奈は、またしても呆れた。
「ああいうことってさ、自分から普通言わないでしょ?」
「自分から言わないと、認めてもらえないのかな、ふふん、そんな程度さ」
しかし、呆れていた途中から、基本的なことを思い出した。
「でもさ・・・どうせ、光君のことだ、寝ぼけて誰が騒いでいるかわからないんだよね」
「だったら、気にすることないなあ」
と、春奈が考えていると、ようやくドタドタと階段を降りてくる音が聞こえてきた。
そして、光のいつもの間延びした声が聞こえてきた。
「春奈さん、お早うございます、少し寝坊してごめんなさい」
しかし、この登校前の忙しい時間に、そんな「間延び」に付き合っているわけにはいかない。
春奈は、ここで厳しく言わなければならないと思った。
「ほら!そこの亀君!」
「さっさと食べて!もう、高校3年生なんだから甘やかさないよ」
口調も厳し目、その効果もあった。
光は、ビクッと身体を震わせ、懸命に朝食のトマトリゾットを食べ始めた。
春奈は、そんな光のビクつきにニンマリ。
そして華奈にも口撃を行う。
「これはね、トマトリゾットと言って、朝の目覚めには最適でね、まあね、こういう思いやりある朝ごはんが作れてはじめて、妻とか何とかっていうの」
華奈も、一瞬だけビクッとした。しかし、それが一瞬だけなのが、華奈の華奈たる所以。
本当に美味しいらしく、あっという間にペロリ、ついでに二杯目を狙うような目で春奈を見ているのである。