世界が終わるその時に
今日、世界は終わりを迎える。
それは避けようのない事実で、だけどわたしは何も変わらなくて。
それでも本当に終わってしまうのなら、わたしのこの一歩が後悔しない一歩だと信じたい。
カンカンカン。
カラスが一斉に巣へと帰るそのころ、乾いた音を響かせながら錆びた階段を上っていく。
一人で、上っていく。
全世界で人類滅亡の報告が各国の代表によって宣言されたのは、ほんの一週間前。
資源もなくなり、カスカスになった地球はついに活動を放棄するらしい。
それをテレビで知ったわたしの反応はというと「ああ。そうなんだ」くらいのものだった。もちろん、いまでもそんな感じ。
現実味がないというか、当然というか…………。
何とも自分勝手なことだ。
テレビの中で、諦めたようにそう言ったコメンテーターの台詞は、皮肉にもそのまま全人類のこれまでの行いを的確に言い表していた。
わたしは錆びた階段の途中で、ふと足を止めた。
この街で、一番高い所に建てられた古い鉄塔。その内部に備え付けられている錆びた階段の中腹に、いまわたしはいる。
組み込まれた鉄鋼の外側に目を向けると、そこにはこの鉄塔と同じような錆色の街が見下ろせた。かつては繁栄した街も、今ではすっかり活力を失ってしまった。そんな哀愁漂う寂れた街。わたしが生まれ育った街。
都市部からかなり離れたこの街の役割は、ひたすら工業に励むこと。AI、アンドロイド、その他多くの命の一部を生み出す所……だった街。
本当の命に目を向けることも忘れて。
いま、希望も何もないこんな時だからこそ、わたしたちは必死に命に向き合っている。
雑貨屋のおじさんや、いつも組合所の前で物乞いをしていたおじいちゃん。いつも疲れた目をして酒臭いお店に集まる多種多様な人たち、同級生のあいつら。彼らは最期の時間をどう過ごしているのだろう。
いつもと変わらずに過ごしているのだろうか。
もしかしたら、犯罪に手を染める人もいるかもしれない。
それともまだ見ぬ結末をなんとか避けようと努力しているかもしれない。
最期の時を、大切な人と一緒に過ごすも良し。独りで迎えるも良し。正義を貫くも良し。犯罪に手を出すも良し。泣いていようが、笑っていようが、怒っていようが、途方に暮れていようが、誰かに助けを求めようが、そんな馬鹿なと鼻で笑っていようが、全て良しだ。
来る時は来る。
極限まで命が軽くなったいま、命に向き合え。
そう、誰かが叫んだ気がする。
わたしは一人で階段を上っている。それなりにお気に入りだった学校のセーラー服を着て、かなりお気に入りだった場所へ向かおうとする。
カンカンカン。
いや、ちょっと待て。
もしかしたら世界が終わるなんて、全てがわたしの思い込み、妄想の類なのかもしれない。きっと、明日も何事もなく朝日が昇るかもしれない。
だったら、それはどれほど素晴らしいことでしょう。
もし本当に世界が終わるのなら。
…………それはそれで、別にいいか。
カンカンカン。
わたしは決めたのだから。
カンカン。
カン…………。
最期の一段を踏みしめた時、視界が開けた。
鋭い風がセーラー服を揺らす。
体に刻まれた、今まで必死に生きてきた証が疼く。
鉄塔の最上階は周囲をぐるりと一周できるように、網目状の足場と、落下防止用の手すりが設けられている。
足元を見ると、錆びて、今にも抜け落ちそうなのが心配ではあるが。
わたしはおもむろに手すりに近づくと、外側に一歩くぐり、慎重に腰をかけた。その時、一瞬バランスを崩してヒヤリとする。
危ない危ない。
わたしは深く息を吐いて、深く息を吸う。
どうせ世界が終わるなら、諦めるという選択肢しか用意されていないのだとしたら、泣こうが喚こうが意味がないのなら、きっと、わたしはこうしたに違いない。
世界が終わるその時に。
世界が終わるその時に。
いま、わたしの瞳には、世界の終焉を彩るに相応しいほどの、深い夕焼けが映っている。街ですら夕焼けに溶け込んでいるようで、わたしは溺れそうだ。
紅、朱、橙を主として、紺、灰、黒。わたしのボキャブラリーでは到底説明することが出来ないコントラスト。
美しくも切ない夕日は、まるで炎のようにも思う。
静かに燃える炎に、街という薪をくべている。そんな炎の中で、最期の時を迎える人々。
どうせ世界が終わるなら、何が起きたのか理解する間もなく消えてしまうなんて、そんなのは嫌だ。
だからわたしはここに来た。
遥か彼方まで広がる夕焼け色。その美しさをわたしは瞳に焼き付ける。
世界が終わるその時に、
命に向き合え。
わたしは夕焼けに飛び込んだ。
それでは、さようなら。
この物語を執筆するにあたって、改めて自分の未熟さを痛感しました。この手の物語を書くにはまだ私には実力が足りないのかもしれません。
それでもこの作品を通して、読者様に何か感じていただけたら、また様々な解釈をしてもらえたら幸いでございます。
何はともあれ、最後まで目を通していただきありがとうございました!
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