この男らしい土下座を目の前に
まずい。
名前からまず不味そう。
なに、コオロギて食っていいの?
蟋蟀だぜ?
虫悉虫率だぜ?
ことごとく虫虫、そんなもん食えるかよ!
ただ、俺は見てしまった。
この食堂には蛙の水煮とやらがあり、美味しそうに頬張っているやつがいたことを。
この世界では蛙がいけるなら、コオロギも余裕かなって思ってしまった俺がいたことを。
やって来たかき揚げは、美味しいからもっとも離れた存在だった。
悉く美味から離れた、虫虫さを大胆に率いた何かであった。
一口噛めば口の仲に苦さが広まり粘り強く臭いにおいが鼻の裏にへばりつく。
どこに35zの価値があるのか、そもそも35zくれて、処分してやろうってぐらいじゃねえのか、仕方がないので食べることにした。
俺が生きてた世界には蟋蟀のかき揚げなど物珍しかったので、35zがどれぐらいするのかわからない。
ただ、唐揚げ定食が100zなのを見ると、35zは200円から250円ぐらいなのかな。
うわ、まずい、絶対そんなに価値がない。
コオロギのかき揚げ・・・・・・・35z
山菜サラダ・・・・・・・・・・・50z
おにぎりセット・・・・・・・・・50z
蛙の水煮・・・・・・・・・・・・80z
カレー・・・・・・・・・・・・・80z
ミミズ麺・・・・・・・・・・・・80z
唐揚げ定食・・・・・・・・・・・100z
煮込み蛙定食・・・・・・・・・・120z
焼竜肉定食・・・・・・・・・・・150z
海軍料理を味わいたいなら是非当店へ!
(※これはメニューのほんの一部です)
メニューの裏には求人広告が張ってあった。
どうやら配膳の手伝いを募集しており、時給はなんと78z、ここで2,3時間働けば飯には困らなさそうだ。
時給78z、これ主婦のパートに換算したら1zあたり10円なのかな。
これを基準にしたらコオロギのかき揚げ一つが350円か。
いや、そんな馬鹿な話はない。
きっと労働者に厳しいんだろう、雰囲気中世ぽいし。
唐揚げ定食換算で時給500円ぐらいか、ちょっと酷いな。
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鼻を刺激する良い香りに誘われて、私はカレーを頼むことにした。
カレーとはこの護送船所属の食堂で、現料理長が考案した料理である。
スパイシーな香りと舌で踊る辛味がなんとも言えない美味しさのワルツを奏でるらしい。
海軍のカレーといったらその美味で有名で、陸軍所属の私でもその噂を何度も耳にしたぐらいだ。
値段も80zとお手頃なので非常にうれしい。
カウンター越しに調理場を覗く。
大きな鍋に茶色のドロッとした料理が煮込まれている。
あれがこの香ばしさの正体か、あれがカレーという料理なのか、いよいよ食べれるとなって、私は胸の躍動を押さえられない。
出てきた料理は先程の液体を米の上にかけたものであった。
周りを見ると、これはスプーンで掬い、スプーンの上で小さなカレーライスを構成して口に運ぶようだ。
早く食べたい... が、席が空いていないことに気づいた。
まあ、正確に言えば一人一人で食べている輩は前の席が空いている。
だが、どうにも誰かと相席で食べるのは気が引ける。
私が困り果てて立ちすくんでいると、誰かに呼び止められた。
「おい、お嬢ちゃん、それ食わねえのか?ガハハハハ」
「俺たちが食ってやろうか?ゲラゲラゲラ」
なんて下品な笑いかたの男たちだ。
それになんて野蛮だ。
だが、5,6人ほどに囲まれ、その一人一人が身長が高く筋肉隆々であって逃げ場がない。
剣を抜けるならともかく、この状況では圧倒的に不利で、数の暴力で確実に負ける。
「なに睨んでやがんだ、ガキの癖にヨォ」
「ちょっとできるからってその態度はないんじゃない?」
不幸なことにも、こいつら、私を知った上でこの行動に出ている。
上官が格下相手に屈する様子を大勢に晒して、楽しんでいるのか、たちが悪い。
怒りでからだが震える。
「ちょっと、あんたたち、すまねえ。こいつは俺と飯を食う約束をしてんだ。通してくれねえか?」
「ユウマ!ぁ... 」
「なんだと、ガキ!俺達の邪魔をするのか?アァ?」
「お?やんのか?小僧がァ」
「良い度胸じゃねえか、俺たちが相手をしてやるぜヘヘッ」
「いや、あんたたちと戦うつもりはねえんだ、許せねえっていうんなら土下座でもする」
そう言うとユウマは地に頭をつけた。
「許してください」
その声が震えているのを聞き逃さなかった。
その手足は小刻みに震えていた。
きっと、あいつも怖いんだ。
なのに、我慢して、できるだけ臆しないように声を張っている。
誰のために?
私のために?
「なんだ貴様、それでも一端の兵士か?」
「みっともねえ姿だぜ」
食堂全体に笑い声が響く。
決して良い笑いではない。
罵りの、無様な様子を嘲笑う、非常に下品な笑い声である。
男なユウマの脇腹をその足で蹴りあげる。
なおもユウマは頭をつける。
「チッ、なんとか言えや雑魚が」
男がユウマの頭を踏みつける。
白のフローリングの一角が赤に染まる。
きれいな、男のまっすぐな赤色である。
私の格を落とさないための、絶対に折れない土下座である。
さすがにびびったのか、男たちは少しずつ距離をおき、やがて、漢の背中だけが残った。
「ありがとう、ありがとう」
友達が、私のために、行動してくれたのだ。
「礼なんかよりさ、カレー、冷めちまうじゃねえか、早く食おうぜ」
ユウマは、食べかけのコオロギの乗ったテーブルに、涙で前が霞む私を案内した。




