アストラ英雄伝第一章
スカンジナビアの暁光を背に、男は少女に一通の封筒を渡した。
朱で染められたソレを手にとり、封を開く。
だが、ソレに何が書かれているのか、何を意味するのか、その答えは中を見ずとも知っていた。
少女は一礼して、玄関の扉をゆっくりと閉ざし、振り返る。
北欧の冷たくも淡い色の空には目もくれず、薄暗さがどこまでも続く廊下をただ一人で歩く。
私は自分の寝室に戻ると、男から手渡された朱色の封筒を見つめた。
出兵要請。
長く続く、隣国ノルウィアとの戦争に兵士として戦場に出るよう強制されるのである。
当然のことながら拒否権などなく、逃げようものなら親族ともども非国民扱いを受け、村八分などは覚悟しなければならない。
私は戦いの舞台に向かわなければならない。
最も、拒否する理由などない。
陸軍に予備兵として所属している身である、戦いとなれば自ら戦地に赴く。
壁に寄っ掛かった赤茶色の鞘に包まれた洋剣を手にとり、白銀の刃を引き抜く。
この剣は数日後にもう一度鞘から抜かれ、暴れ、黒々とした血で赤とも茶色ともつかない色で染め上げられる。
ちょうどハンカチに染料で模様を施すかのように、お茶をこぼしたカーペットにできるシミのように。
どちらかと言えば、前者に近いのだろうか、相手の胸をかっさばけば誉められ、首をはねれば喜ばれる、そういった評価の対象だとすれば古来より伝えられてきた美しい紋様となんら変わりはないのだろう。
それが、戦争と云うことなのだろう。
母が起きてきたのは、私が出兵に向けての支度を終え、暖炉の前でホットコーヒーでくつろいでいるときであった。
時間は朝の六時を迎え、母は朝食の準備に取り掛かる。
水道の蛇口を捻る音、トマトを前にした包丁が刻むリズム、鉄板の上で踊るウインナーの弾ける音、昨日までの当たり前に、一瞬先刻届いた手紙のことが頭から離れていた。
ふと我に帰り、冷静になる。
今するべきこと―当然、私が数時間前に感じた衝撃を、目の前の婦人に伝えなければならない。
意を決してコーヒーを飲み干す。
私は口を開いては閉じ、考えあぐねて再び声を掛けようとする。
だが、思うように言葉が見つからない。
いや、正確には見つかってはいるのだが、婦人の反応が想像つく。
勢い良く捻る蛇口からは水が激しく流れるも、やがて渦を描きながら排水溝に吸い込まれていく。
そうこうしている内に、ライ麦のパンと瑞々しい葉野菜、トマト、焦げ目の美しいウインナーが目の前に差し出された。
見上げると、母だ。
「アストラ、どうしたの。何か言いたいことでもあるの?」
「私、呼ばれたの、赤紙」
母の言葉に、躊躇いながらも反応した。
「いつから行くの?」
「明後日」
そうとだけ伝えると、母はこれ以上は何も言わなかった。
母の反応に、胸が寂しくなる。
他に言い方があったかなあ。
鏡の前に立つのは、長い金髪の少女。
青と白を基調としたロングコート、マント、それから深い獣色のブーツを身に纏い、蒼い目で、こちらを見つめる。
これらは軍支給の所謂軍服で、大佐の地位を持つものにのみ着用を許される。
私は所謂特権階級なのである。
飛び級制度で僅か3年で小・中学校を卒業の後、軍隊直轄の高等学校で戦と軍隊の日々を過ごし、若干15歳で陸軍大佐にまで登り詰めたのである。
僅か六歳にして願った夢が目の前まで来ている。
私は深紅のスカーフを手にとり、首に巻く。
首下で揺れる赤の布は、自然と私を鼓舞する。
アストラ英雄伝第一章の始まりだ。
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俺の名はユウマ。
ここは、フィールランド南の軍港で、これから戦地ノルウェイに向かう。
とは簡単に言うものの、どうしてこうなったか本当に良くわからない。
確か、僕はフィールランドなんて地の生まれでないし、ノルウェイと戦う理由は万にひとつもない。
てか、昨日まで確かに平和かぶれの島国で、のんびりゲーム・アニメ漬けの夏休みを送っていたはずだ。
それが今からたった三時間前、朝目を覚まして回りを見ると、美しい青と吐き気を催すほどにカモメが群れる海辺にいた。
透き通る海には五隻の軍艦、若干形が異なるが青と白で統一してある、薄気味悪い宗教じみた集団。
およそ十万人はいる。
若干の恐怖に顔がひきつりながら、行きを殺して木の影から集団を覗いていたのだが、不意に背後から饅頭を擬人化したようなでかくて丸いおっさんに首を捕まれた。
「小僧、そこでこそこそと何をしている。」
不意に背後から饅頭を擬人化したようなでかくて丸いおっさんに首を捕まれた。
「軍服を着ていないな。貴様、逃げようとしているのか?この国で兵役を逃れようとしたら、その身がどうなるのか、わかっててやってるんだろうな?」
ヤバい、このおっさんの顔が今にも火が出そうなほど赤くなってる!
言い分から察するに、あれは戦争に向かう軍隊で、あの軍艦は十万人の若者を戦地に運ぶためのものであろう、ここで逃げるのはマズい、殺される。
「あはは...、そんなはずないじゃないスか...。あの、みんな私服で来てるか、制服で来てるのか気になって... 。」
「どこの修学旅行だ!軍服の予備が船に積んである!その格好のままでいいから早く行け、今なら間に合う!」
確か、こんな成り行きだっけ... 。
仕方ない、殺されるよりはましか... いや、戦争だ、どのみち死ぬんだ。
なにこれ、死ぬしか選択しないの?
ここにいる全員、死ぬのが怖くねえのか?
良く見たら周りは18歳ぐらいの、同い年ぐらいの少年がたくさんいる。
中には女の子も混じっているなあ。
特に、あの金髪の子は中学生ぐらいじゃないのか?
良く見たら制服のデザインが違ったり、マント着てたり、あの子だけけっこうガチだな。
ん?めっちゃこっち見てるんだけど。
「君、何で軍服を着てないんだ?いよいよ戦に向かうって時にそんな寝巻きみたいな服じゃ、やる気もでないだろう。」
「いろいろあるんだよ、てか、何、むしろなんで君はそんなにガチな軍服なんだ?マントに、たくさんのボタンに、スカーフ」
「し、失敬な!私は陸軍大佐であり、この服は大佐専用の服なのだぞ!しがない一般兵のくせに、なめやがって!」
「大佐?あんたが?」
「私を知らないのか?私は陸軍大佐アストラ、若戦将アストラといえば分かるだろ」
「いや、知らん。てか、『若戦将』?自分で言う?」
「貴様、私の背が低いからって馬鹿にしてるだろ、こう見えても高校はきちんとでているんだぞ!」
「いや、馬鹿にはしてないさ。え、高校を卒業!?年上!?むしろ尊敬してますよ、『若戦将』大佐!」
「貴様と話しているとイライラする。もういい、貴様なんか明日にでも刺されて死ねばいい」
「いや、待ってくれ、本当に大佐ならちょっと聞きたいことがある」
「なんだ、正直もう貴様と喋りたくない」
「今日は何年の、何月何日だ?」
「...?1429年8月17日だが」
やはり、俺の知っている世界ではないようだ。ひとまず分かって良かった。
「あと、この国はどこかと戦争していて、今から俺たちはその戦争の地に向かうんだな?」
「さっきから、なにバカなこといってるんだ?そうじゃなかったら何でここにいるんだ?」
「... いろいろあるんだよ、まあ、ありがとう。それと、俺の名はユウマ、よろしく、アストラ、だよな?」
「よろしくしない」
とても嫌そうな顔をして、大佐を名乗る少女は人混みに消えていった。
うむ、悪くない感触だ、数多のラノベを制覇してきた俺にとって。
それより、あの子の言っていた、「明日にでも刺されて死ねばいい」は、酷くリアルに響く言葉だな。
訓練など何一つ受けていない俺が、戦争に出てもなにもないだろうに、どうしてこんなことになったんだろう。
ため息は潮風にとけた。




