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未来メモリア Mirai Memoria  作者: 32字以内
睦月小嶺の転入生的思考法
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1-09


 関心事は"ハガノという同学年の少女”なのだが、新しく来た学校で成績不振で退学などということがあればそれはちょっと面倒だ。課題事業についてレポートを国の機関に送る。中学とは違って実用的であり、かつミスると試合終了である。


 現代文化を調べるという課題事業について案が浮かばないので、ちょっとどんなものかさらってみたのだった。webページの検索バーに入れる文言を変えながら情報収集。


 もっとも興味深くて惹かれたものがあった。


「む~、なにこれぇ、ずいぶんと長いですねぇ。えーっと・・・・・・」


 一文で要約ーー。


 事実と正反対のことを顔を赤らめながら口走ってみせる"ツンデレ”なるものが2040年代にかけて流行ったらしい。そんな記事に目を通しつつ、ふと昨日の季のささやきが気になった。


 夕食前最後の言葉は、あれは真実か嘘なのか。


 しかし嘘だとして、彼女がわざわざ古き時代の文化に則ってあそこまで演じるか? 課題事業が切り替わるのが3年~5年で、しかもまさに昨日発表されたばかりの現代文化調査。


 いろいろ考えたが、結論として小嶺はあれは本当ということにした。




 さておき。




 ーー寮内。小嶺部屋。現在時刻、深夜3時27分。



 枕元に置いてあった目覚まし時計に目をやって、小嶺は驚いた。



 寮内就寝時間を守って寝床についたが、予想よりもはるかに早く目が覚めてしまった。これはきっとリズム乱れのせいではなく、単純に転入の緊張ってやつだろう。


 ホコリをかぶっていたようで、どうもケバケバしている布団をめくる。4月にしてはえらく蒸し暑い気分。これは温暖化のせいでなく、単純に転入の緊張ってやつだろう。


「くしゅんっ!」


 くしゃみがでた。"くさめした”のほうが文語的だ、と連載中ネット小説のコメントに書かれたことがあったが、それは現代を飛び越して近代、いやそれすらこえてしまうか。


「風邪ひかないようにしなきゃ」


 自室のドアをノックされたのは、そのときだった。防犯のぞき窓はついていない。この田舎にわざわざやってくる不審者もいないと思うが、不思議とノブに掛けた手がふるえた。


 開けて出てきたのは、季だった。



「なんだ季ちゃんかぁ。こんな夜遅くに来るものなんだね」


「"なんだ”とはこれまたひどい扱いをされた気分っ・・・・・・というかそれより小嶺っちもなんで起きてるの・・・・・・」


「たまたま目が覚めちゃって、寝付けなさそうだしちょっと調べ物してた・・・・・・って、ん?」



 季が頭の左側をしきりにさすっていることに気づいた。どこかにぶつけたのだろうか。そういうことならむしろ可愛いしぐさといえるが。



「アタイなんか頭痛くてさ・・・・・・しばらくここいても・・・・・・いいかな」


「私はかまわないけど。そんなに痛いのなら、厨房から氷もってこようか?」


「へ?」



 格好良く言ってから気づいたがーー。



「鍵かけてあるから今は開いてないでしょ」



 吹寺 季の昼間のツインテール。今それはおろされている。ツインテールとはいってもかなり短めなスタイル。同じく今おろしても、短めの姿である。


 ちなみに、睦月 小嶺の髪は昼夜変わらない。24時間営業できるから便利である。



「思い出したんだけど、季ちゃんは電子電波過敏症だって言ってたよね。その頭痛も一つなの?」


「うん。無線LANのルーターとか、IHヒーターとか、アタイも詳しくことはわからないけど電子関係のものには弱いみたいなんだよ、体質的にね・・・・・・」


「昔から?」


「うん。なんでなのかな・・・・・・アタイってさ、生まれつき人と違う特別なところがありすぎると思うんだよね。こんなんだからハガちゃんもさ、きっといなくなっちゃたんだ」


「どういうこと?」


 

 季の話は、アタイの想像はよく当たる、という類から始まった。



「これも想像の一つだけど、ハガちゃんはアタイの成績が良いせいで、むしろストレスを抱えてしまったんじゃないかな。一方の彼女が誇れるものといったら学業からぶっ飛んだ別のものだから」


「電子系のなにか?」


「どうしてわかったの。小嶺っちエスパーでしょ」


「ここでエスパーだと言ったらどうする?」



 季は肩をすっとおろした。



「どうもしないよ。特別な能力だとかそんなものには・・・・・・もううんざりした」


 

 どうやら季は自分の特別な才能をネガティブにとらえるらしい。ナルシストに語られるよりははるかにいいが、とはいっても見ている人間にはどうにもできないことには変わらない。


 季には同情したい。


 小嶺の座る横で寝ている彼女を見ると、苦しみにもだえて涙目になっていた。小嶺の想像を絶するつらさなのだろう。全身に汗が浮かんでいるのがはっきり見てとれる。



「っーー!!・・・・・・いたいよぉ・・・・・・」



 ささやき声で叫ぶ。のど声で叫ぶと、頭が割れそうな痛みになるのだろうか。もしかして自分の端末のせいではないかと思い、ラップトップ型とタブレット型両方のブートを落とす。



「わたしの部屋なんかで、ほんとうに大丈夫?」


「まーー毎晩こんなんだし、今日はましなほうだか・・・・・・ら」


 

 小嶺の端末は関係ないのか、"運悪く”頭痛が収まる気配も見せない。



「これ、飲んでみたら?」



 そういって小嶺は小箱を差し出した。と書くと、イリーガル・ドラッグのようにも聞こえるが決してそんなことはない。季が受け取ったのは、市販頭痛薬である。



 うまい具合に、季が水筒を持ってきていた。



「こ・・・・・・こな薬って私たちの歳には珍しいよね。なんか小学生みたい」


「背が低いからといってばかにしたつもりはなかったのだけれど」



 中3にしては背が低いという数少ないコンプレックスに、季は顔を赤くした。まさか転入間もない生徒にすら語られるとは考えもしていなかったのだろう。



「絶対いまばかにしたよね? そ・・・・・・ですよ・・・・・・ね、こみ・・・・・・ちぃ」



 ーーばたんっ、と季が布団に倒れる。


 気絶したのではなく、すやすやと小嶺の布団に寝顔を浮かべていた。ストレスなさそう、という表現が適する。小箱は、もとのお菓子箱にもどされた。



「季ちゃんにとってーー対象年齢12才以上の頭痛薬は強すぎたかな」



 吹寺 季。ツインテールの舞う彼女は優秀な成績を誇っているが、飛び級はしていない。


 

 この子は状況さえそろえばこんなにも可愛くなるのか、と小嶺は温かい目で見つめていた。なんだか砂漠のなかで久しぶりに会った人間のように、ずっと見ていられそうだった。



 暗闇なので手元に何があるか明瞭ではない。


 なにやら堅いものに触れた。


 タブレット型7インチ端末。小嶺が常にネットワークにつながっているのはこれのおかげだ。小嶺が10才の時から持っているが、考えてみればほとんど電源を切っていないかもしれない。


 学校の授業もおおよそペーパーよりこちらを使うし、ペーパーなんて切り倒される木の気持ちになってみればそう使いたいと思うほどでもない。


 小電力があればなんでも表示できるこいつは使わない時などなかったかも。シャットダウン状態にある今が、なんだか新鮮な時間に感じられてきた。



「♪もぉ、すこしー、今のままでいよーぉ・・・・・・」



 軽く声をだすと、すぐにのどの渇きをおぼえた。もう春も後半だが、今年はいまだに乾燥した空気が残留しているらしい。厨房が開いていない。でも別の区画、給湯エリアくらいは使えたっていいだろう。



 季をおこさないようにそろりそろりと移動する。


 開けたドアがきしむ。


 

 廊下に出たと同時だった。小嶺の上半身が、誰かの腕にからめ取られた。あまりにもすばやい動作だった。小嶺の動体視力が追いつかない



「ーーっ!」



 肩とお腹が押さえつけられる。憎悪あるいは食欲に満ちた猛獣のように力を弱めようとする気配がない。それどころか小嶺のパジャマから鎖骨にがりがりと食い込んでいく。


 痛い。


 痛いーー。



「だ、だれ・・・・・・」


「なぜこうなったか、あなたはお分かり?」


「わから・・・・・・ない、です。おねがいだから放してくださ」



 ーーっはぅ!!


 言い切る前に、小嶺の表情がこわばる。巻き付いた腕が、小嶺の肩をさらにしめつけているのだ。



「ねぇっ・・・・・・!! せめて名前だけでも教えーー」


「あなたさっきからうるさいわ。少々、黙っていただけるかしら?」


「えっ」



 嫌な予感がした。


 直後、両足が宙を舞っていた。小嶺の足を床面からえぐりとるようにして蹴り上げたのだ。バランスをとれなくなった全身がいっしょになって弾け飛ぶ。



「くっ・・・・・・!」


 

 響く音とともに落下する。肩をおさえられていたので、うまく受け身がとれなかった。衝撃が背骨を伝っていく。



「ふぅ・・・・・・これでもう、あなたは動くことができないわーーまぁ、動いたとしてもここのドライバーが突き刺さって苦しみ悶えることになるけれども」


「突き刺さる・・・・・・」



 かなりの圧力で、床に押しつけられていた。


 この学校はやっぱりおかしい。油断してはならない。なぜ幾度と無くわたしは殺されかける羽目におちいるのか。理解しかねる。


 小嶺に緊張の汗がやっと走りはじめた。


 理解しかねる。



「あなたはどうして、こんなところにいるのかな?」


「えっとーーむぐっ!」


 

 いい答えがないか探していたところ、口元をふさがれた。呼吸がくるしい。



「問答無用。あなた不審者だよね」


「わ、わたしはそういう者ではなくっ!」



 "口答え”して、どんな槍が降ってくるかわからない。小嶺は視野広くにらみをきかす。すぐ横に一人の女性がささやくのが見えた。



「逃れようとしても、無駄。だいいち君には生徒を証明するあらゆるものが付いてないよ。あたしの端末には君が生徒登録されたなんて表示されていませんが?」


「端末・・・・・・」



 運が悪い。私の首もとには本人識別タグをかけているがこれは子機。親機のタブレット端末は先ほど電源を落としたばかりである。親機なしで子機が動かない以上、もはや私が生徒だと表示されるはずもない。


 自らの背中を固めている一人の女性が、小嶺の目に入った。


 いくつもの小さな文字がすばやく流れては消える。そんなウェアラブルレンズがきらりと光る顔だち。透き通るようなロングヘアが、うす暗い廊下でもわかる。パジャマでもジャージでもなくぴしっとキマった制服姿。今は完全に夜なのに。


 幽霊という言葉が一瞬浮くが、こんな力を持たれては困る。



「わたしは転入生です」


「証明できないでしょ?」


「ううぅ・・・・・・」



 涙すら浮かんできそうだ。しかしここで嗚咽すれば間違いなく殴り倒される。



「しかし首もとのリングに有線接続できるみたいだわ。どうしましょうかね」


「なにを・・・・・・するつもり」


「ちょっとばかし気絶してもらいます」


 

 言葉を返す暇もなく、首のうしろあたりをぐっと押される。



「ちょーー待って!」


「あら、ごめんなさい。悪いけど、もうすでに精神線破壊用のデータカードを差してしまったわ」


 データカード。小指の腹くらいのサイズである。それを正確にねらって差したというのか。


 女性ーー風体からして女子生徒は両手のひらを上にむけた。レンズ越しにギロッと見下してくる視線に小嶺がふるえる。人を圧すくらいの眼力である。


 精神ー破壊ー?



「わたしは・・・・・・どうなっちゃうの・・・・・・?」


「最初はなんともないみたいだけど、そのうち視界が乱れて、最終的にはあたしがカードを抜くまで割れるような頭痛におそわれるはずだわ。もうちょっとで楽になれるから我慢」



 心配している顔ではない。むしろ何が起きるか楽しんでいるようでさえある。


 

「もうすぐ負荷が最大になるはず、あなた強いの?・・・・・・おかしい。あなたにはもう一枚ぐらいお見舞いしてもよさそうね」


 

 上のほうから、ばきっ、となにか折れる音がした。


 数秒して上から割れた非常灯が降ってきた。



「危ないっ!」



 何がおきているのか、誰も小嶺には教えてくれない。


 怖い。


 いますぐこれをやめてください、と言おうとするが、口が動かない。小嶺の顎をおさえている、女子生徒の手がふるえていた。理由はわからないが、かなりしんどそうだ。



「ね、ねぇ・・・・・・い、いいかげん、ーーっに・・・・・・ダウンしなさいよぉっ・・・・・・!」


「わたししゃべれない・・・・・・歯茎かんじゃいますって!」


「うるさい! 増幅、最大限増幅」



 女子生徒が腕時計に命令しているのか?


 呪文のような詠唱が終わった瞬間だった。



 強烈な電気の走る音。刹那、廊下脇を通る太いケーブルから火花が散る。通信回線系か? やがて破裂した。廊下のあちらこちらで、パーンと鳴る。


 火花なんて。頼むからここで火事で死ぬのはいやだ。


 幸いまだ火は出ていないが、視界が青白く光っている。目が痛い。ぼやける。 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 小嶺はふと走馬燈のように思い出す。新しい学校で出会った季、光臣、片品先生。


 食事前。


 最後に話した。小嶺が、季と光臣のひそひそを偶然聴いてしまった。


 この学校の謎多き事件。


 生徒消失。


 そのたった一名。されど一名の名前は・・・・・・。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 蚊の羽音をさらに高く大音響にしたような。不快音を越えたなにかが、耳をつんざく。手で耳栓するが、まったくきかない。



「うっ・・・・・・なんなんですかぁっ! これ!」


「セキュリティ装置・・・・・・鳴ってる。ひさしぶりに聞いたかもーーしれないけど。早く気絶しなさいよ、入り込んだ女の子らしく!」




 ーー入り込んだ女の子




 小嶺はなぜだがーーこのフレーズが脳内に響きわたった。


 嫌だった。


 反射神経が動いた。


 頭の中が、無理矢理冷やされていく。


 リキミがすべて消える。



「・・・・・・」



 見れば女子生徒のレンズが割れていて、頬を切っている。数分前には自慢げに小嶺を見下ろしていた頬は今、血の一本筋に染められている。


 やはりなにが起きているかはわからない。


 わからないことだらけ。


 それだが。


「どいてください」


 小嶺は人を押しのけた。他人を張り飛ばしたことは今までなかったはずだ。なんで自分がこんなに暴力的になっているのか不思議だった。


「ーー」


「なん・・・・・・で、あなた・・・・・・はーー」


 

 立ち上がる。


 立ち上がれ。



「どうやらわたしは、この程度ではダウンできなかったようですね。どういうカラクリなのかは存じませんが。ーー波賀野・・・・・・楓さん」


「あた、しの・・・・・・名前、わかるの・・・・・・」



 合致していたようだ。


 目の前で屈している女性、いや女子生徒、・・・・・・いや女の子は、波賀野 楓。


 転入初めての同級生ができた、と思っていいのだろう。


 なんだか誇らしい。


 でもちょっと疲れた。


 抱き抱えて、小嶺の部屋に運び込む。



「これで今日の病人は2人目です、か」


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