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「片品先生! 転校生をいじめるのもいい加減にしてください」
声をあげていたのは光臣だった。
ぴくっと目が覚める。わたしは床にぺたんと尻餅をついているようだ。使われていない校舎にしてはホコリや塵の一つたりともみあたらない。清掃は行き届いている。
「光臣くん、そんなに大声をあげないで。緊急時こそ冷静にすべきです」
「冷静にって・・・・・・あんたは転入生を殺しかねないから困る」
どうやら本当に首を絞められていたらしい。本当に身長の低い、小学生とも似た体型だが、おそらく自分の首を絞めたのはこの人物。
片品先生。
「せ、先生・・・・・・っ」
小嶺が消え入りそうな声は、片品への視線を冷たくした。
「あ、ほんとすみません。別になにかこう人を殺めるようなことをしようとしたわけではないですからね? そこんとこ間違えないように」
「間違えるわ」
季が冷たくツッコミをいれた。光臣に至っては、呆れてものを言えなかった。
「それから小嶺さん。転入してまさかこんな学校と思わなかったでしょうね。ですが、この問題は決して誰かの身に危害が及んでいるということはありません」
「それじゃ・・・・・・ハガちゃ・・・・・・いえ、波賀野さんの話は無かったということですか? 全部光臣先輩や季ちゃんの作り話だった、と?」
季の愛称が小嶺の口から飛び出て、片品はオッ、と感心したように眉を動かした。
「いえ、全部本当です。ですがここであわてるのは無駄な行為といえます。なぜなら、ほら、これを見ればわかるでしょう?」
片品は先ほどの生徒登録情報をみせた。小嶺はしばらく考えて難しそうな表情を浮かべた。
「・・・・・・ごめんなさい。私にはさっぱりわかりません」
「位置ステータスはこの学校になっています。この情報は各人のもつ電子端末から発せられていて、今まさにこの時点でもリアルタイムで位置更新ができます。つまり波賀野さんの端末はどういう状態だと考察されますか。季さんはわかりますよね?」
ここで質問は季にふられた。ひとかけらのタイムラグもなく彼女は答える。
「ハガちゃんの端末は、いまこの時間も電源が入っている。そしてこの学校のどこかにいる」
「季さん、完璧です」
どうやら性格にあわず頭がいいのは間違いないようだ。光臣は秀才、いや天才的な頭脳を持つ妹をじっと見守っている。小嶺はなんだかその光景に見とれてしまった。
「でもそれは端末だけが放置されているんじゃないですか?」
光臣がここで口を挟む。
「いい質問ですね、生徒会長くん」
「えへへ照れるなぁ」
「お兄の笑みが気持ち悪い」
「感想はさておき、その疑問に答えましょう。どうやら端末を保管しているのは本人で間違いなさそうです。指紋虹彩認証でクリアした痕跡があるようですし」
「うーん。なんかもっとわからないの~?」
季がやりきれないという顔で、しかし先生に期待を向ける。
「いろいろ調べてみました。でもこまかい位置情報は抹消されるので・・・・・・」
「無理、か」
季がなにも言い出さない。どうやら彼女ですらアイデアがわかないようである。このとき小嶺は考えた。なにか旅立ちの文言でもきているんじゃないか。
「転校生からの意見で申し訳ないですが、その・・・・・・なにか皆さんにメッセージ的なものが届いていたりしないんですか?」
「俺は見てないな。たぶん季も。ハガちゃんは確かにちょっと変な感性の持ち主だけど、"旅にでます探さないでください”みたいなことはいっていかなかった」
「そうなんだよー! アタイも探しに探したけどなにも出てこなかった。強いて言うならこの端末が唯一の安全宣言だよね」
「てか、おまえこのごろ寝てる時に頭痛くて寝不足になってるだろ? あそこまで無理して深夜に大捜索とかしなくていいんじゃないか」
「ハガちゃんがいないっていうほうが、アタイにとって問題なの!」
季がキッとなって言い返す。小嶺は、また兄妹ゲンカが勃発しそうになるのを予感した。特にイライラしている片方に話しかけた。
「季ちゃん。頭が痛くなっちゃうの?」
「うん。たぶん電子電波過敏症の症状だと思うけど。いちおう部屋は無線ルーターから離れているんだけど、どうやらだめみたい」
「大変だね」
「そ、それほどでもないよ~」
小嶺が深刻そうに見てきたので、季はあわてて胸の前でぶんぶん手を振った。本当は全然大丈夫じゃないのだが、かといって人に心配させるのも恥ずかしいかった。
「さて、みなさん。そろそろ寮の厨房を開けておきますね」
「厨房?」
小嶺が寮の部屋を案内してもらったあと寮の鍵は、小嶺の手でロックできるようになった。しかし厨房はロックの方法を教えてもらっていなかった。
光臣にどういうことか尋ねたところ、こんな返答が返ってきた。
「厨房の食品が盗み食いされる案件がこの学校にあったようで。以来俺らの先生がこの厨房に関しては管理している。我々生徒は解錠できないんだよ」
この学校も面倒な伝統に縛られているようだ。たしかに、一度つけてしまった鍵は壊さない限り扉からはずれることなくあるものだ。
ちょっと耳貸して、と季にささやかれる。
「・・・・・・財政管理はアタイの役目なんだけどさ。こういう完璧な対策とってるはずなのに、しょっちゅう食費収支が合わないんだよね。お兄ちゃんにはごまかしているけどさ」
「・・・・・・それあれですか? 叙述トリックの一種で実は季ちゃんがーー」
「・・・・・・ば、ばかぁ! そんな卑怯な行為はしないんだからねっ!、誓って言う」
悩み多き少女、それが吹寺 季なのかもしれない。