1-07
「小嶺っち・・・・・・いつの間に」
「昔からなんですが、私はなぜだか影が薄いと言われたわけで。私がいくら近づいても、みなさん全く見向きもしなかったので。一人犠牲にさせていただきました」
睦月小嶺の言う犠牲者とは、床に尻餅をついている光臣のことに紛れはない。その唐突な登場に、ぽかんと口を開けたままだ。
「わたしの数少ない才能を披露したところで・・・・・・季さん。
あなたには是非とも、その話を続けてもらいたいです」
「いや、これは、ちょっと、込み入った事情だから・・・・・・さ」
光臣には、季がいやというのも分かる。明らかに鬱展開スタートの予感しかしないのだから、いきなり転校してきた人にはちと重い。
「小嶺、こいつの思っていることを訊くのはよしといてくれないか? 俺らだけで話したいコトってのもあるんだ。まさか小嶺がいるなんて思わなかったから、気づかなかったことは詫びる」
「いずれバレちゃいますよ」
「バレる?」
「わたしから隠し通せた嘘なんて存在するならば、それは面白いです・・・・・・が、友人関係あるいは対人関係のこととなると、たちが悪すぎますね」
ああ。小嶺には全部聴かれてしまっていたようだ。申し合わせたように季と目が合う(すぐに反らされて割と悲しかった)。
落ち着いてとらえたら、すごくバカみたいなことをやっていた。
小嶺はもう既に、この学校の立派な生徒なのだ。同じ寮で同じ釜からご飯を掬うであろう仲間なのだ。季と一緒の存在だ。
どうしてわざわざ疎外しておかなければならない。
自分に言い聞かせたい。
一年前、生徒が一人、姿を消してしまった。
だけど今日、一人はるばる首都長野からやってきたじゃないか。
この時を逃すと、後はないのではないか。
「季。お前が何を思っているのか話せ」
「へ」
「全部だ、波賀野について知っていることを。早く」
む~、と口を閉めていた季が口を開く。
小嶺の口元はわずかに動いた。”さぁ”と声をかけたかのようだった。
「ハガちゃん、っていっても先輩なんだけど。
彼女の本名は、波賀野 楓。今ここにいるとするならば高1。」
「波賀野さん、っていうんですね。わたしと同い年ということは、卒業以外の何かでここを去ったということで間違いなさそうですね」
「ああ」
光臣には、なぜ小嶺がこれほど他人の隠し事なんかにこだわるのか理解できなかった。転校初日から学校の黒に迫るなんて、感心すらした。
季が続ける。
「そう。去年の10月に、なんの前触れもなく突然いなくなった。
いなくなったっていうか、消えちゃったの。・・・・・・怖いでしょ?」
「俺が当時も生徒会長として、何があったのか片品先生に訊いた。だけど先生のもとには一切の連絡もはいっていなかった。無論俺らにも何も残さなかった。」
小嶺が挙手した。
「何処かの学校へ転校したとか、引き抜かれたとか。そういう可能性があるのでは?」
「季はそう疑っていたらしい。先生に共通学生IDで検索してもらった」
ここで季が端末を取り出し、小嶺に画像を見せた。
証明写真といくつかの文言が並んでいる。生徒履歴、簡易成績推移、全国順位。どれも平凡なものでなにか特別に優れているようではなかった。
黒髪ロング、黒縁のメガネ。表情がキマっていて、これで性格が良かったとしたら間違いなくメガネ萌えの代名詞といえる。電子系好きなのかどうかわからないが、胸ポケットには有名IT系会社の小さなロゴキーホールダーが留められている。写真で分かるのはそれくらいのものだ。
「当時のスクリーンショット。小嶺っちが見るべきなのはここ」
季が指さす生徒履歴はこの学校が打ち込まれた以外、なにもない。
「まだ・・・・・・今日いまもこの学校にいる設定ですね」
「その次にアタイは、典型的な引きこもりじゃないかと疑ったの。寮に彼女も一室を構えていた。部屋のロックを先生に開けてもらおうとしたの。・・・・・・でも無理だった」
「先生の管理している鍵が消えていたんだ」
なるほど、確かに不思議なことだと小嶺はうなずいた。突然人が消えた。どこかに姿を隠してしまった。密室殺人のように鍵もなくなっている。
「で、そのあとは?」
「俺はついこのあいだ、警察にも訊いてみようとした。だけどあきらめた。むしろ面倒なことになるって気づいたんだ」
小嶺には光臣がなんだか悪者みたいなことをいっているように思えてしまった。初対面みたいな相手に疑いをかけるのもどうかと思うが、それ以上に、行方不明なのにーー。
「え、どうして・・・・・・ひとり行方不明がいるじゃないですか。あまりにも無責任すぎませんか。あの部屋でいったい何がおきているか分からないというのに!」
「小嶺っち落ち着いて! そんな怒らずに」
「落ち着いていますよ!」
内心、全然落ち着いてなんていなかった。
落ち着いてなんていられるか。
この学校に来て過ごすことになった。しかしすごい嫌な予感がしていた。波賀野という同級生は行方不明、おまけにそれを通報しないという"連中”である。
正義、成敗というたぐいのことはあまり好きではない。つまり敏感ではないが、それでもなにか悪い予感がしていた。怖い。なにか企んでいる。
もしかしてこの身はーー田舎のひっそりとした場所で、誰にも助けを求めることもできず、
「消されるのかな・・・・・・」
「は?」
光臣が一音で答えた。何も知らないふりをしているだけなのだろうか。
時間が止まる。
何かに触れる。
首のあたりがごわごわっとしたなにかに巻かれた。上から白いタオルに捕らわれるのを自分ははっきりと確認した。だけど遅かった。
時間が止まる。
体が動かない。
小さいけれど殺意のこもった手が、視界の中央、サイド、真横に動く。瞬時だった。転校生の胴体視力がーー首都のめまぐるしさに慣れた者ですら、追いつくことを許さない。
首の前から圧力がかかる。痛いくらいに。それならまだよかった。前からの圧力でに倒される、と同時に首の後ろのタオルが絡んだのだ。
「んーーんっ! ぐ、」
とてもじぶんの声とは思えない、カエルの死に際みたいなうめきが出てしまった。
ーー死に際?
自分を支えていた感覚が首元からひねりあげられる。
そんな感覚。
そうか首を絞められて・・・・・・意識が・・・・・・こきゅうできない・・・・・・くぐふ・・・・・・n