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未来メモリア Mirai Memoria  作者: 32字以内
睦月小嶺の転入生的思考法
6/10

1-06

「ってなわけで、これは兄ちゃんに預けるよ」


「なんかものすごいいろいろあったみたいだな・・・・・・俺の居ぬ間に」


「兄ちゃんが気にするほどじゃない。ちょっと転入に添えてお話をさせていただいただけーーそうでしょ、小嶺っち?」


 この手の男は何かとめんどくさいから小嶺っちもさっさと肯定しろ、みたいな目配せをしてきたので、仕方なくそれに応じる。また話がこじれたりすれば困るのだ。


「う、うん・・・・・・」


「小嶺。お前脅迫されてないか?」


「お兄、黙れし」


 季が光臣をギロっと睨む。小嶺が思うに、むしろ脅迫されているのは光臣先輩のほうではないかと思う。それとも、これも兄妹のつきあいの一種なのだろうか。


「ほら。小嶺っちも、早くプリン食べなよ。温んじゃうよ?」


「そ、そうだね」


 季に言われてやっと思い出した。今は"お菓子タイム”なのである。寮があるこの学校には、拘束時間が長い生徒達のために途中休息がある。普通の学校ではまずお八つの時間なんて見かけないが、もちろんそのとおりで、これは片品先生が教育省に申請してなぜか許可が下りた時限なのだ。


 小嶺にとって初めてのお八つは、プリンだった。なんでも東京にある老舗の菓子店から購入したものらしい。よくもまぁこんなものまで学校運営費でまかなえるものだと小嶺は感心した。


 寮の一件のあと、全員でHR教室に戻った。季がいつの間にか瓶詰め生プリンを用意していて、小嶺にも渡された。さっそくスプーンを差し込む。


「どう? アタイが片品先生にすすめたんだよ」


「わぁーー甘すぎず・・・・・・かといって素材を殺しているわけではない。おいしいです」


「でしょでしょ? やっぱりアタイは舌が肥えているんだね」


「ちげえだろ。ただ単に甘いものが好きなだけだろ。そのうち舌じゃなくて腹が肥えるぞ」


「兄貴はさっきから本当に刺したくなる」


 季の鋭い視線は本当に殺気がかいまみえるので油断ならない。光臣のほうは、逆にこれくらいの性格のほうが手なずけやすくていいみたいだが。


 季の机にはプリント類が散乱していた。範囲は二次関数のグラフ移動。中学の基礎課程でやることだから、彼女がやったものだろう。にしても量が多すぎる。しかもこれはすべて今日のうちに終わらせたものだ。丸付けの筆跡が新しい。


「季ちゃんって、数学得意なの?」


「ん・・・・・・まぁ、ちょっとだけね。特別に意識することはあまりないけど、たしかに得意かもね」


 季の言葉を聞きつつとなりでプリンを食べ終わっていた光臣が、顔をしかめる。何か言わないと我慢ならない様子だ。


「どうか、しました? 光臣先輩」


「ごめん、ちょっと先生に個人的な相談がある。ちょっと先生、きてくれないか」


 小嶺が訊くやいなや、光臣は先生を連れて廊下へと出て行ってしまった。その間の悪さに季と小嶺は腑に落ちないといった表情でキョトンとするしかなかった。



ーーーーーーー



 光臣がいないあいだ、静かにしているのもしゃくなので小嶺は季といくつか会話をかわした。分かったことがある。季は全国でも数番に入る超優等生であること。そして、季が小嶺から奪ったピッキング用具は今のところ、返す予定はないとのことだ。


「気を悪くしないでね。アレは捨てたりするわけじゃなくて、単純に校内の金庫に保留しておくだけなんだから・・・・・・ホントに怒らないでね」


「お、怒ったりしないよ? 私も転校初日から面倒起こして、その・・・・・・ごめんなさい」


 落ち着いて見直せばいい。季がやったことは、感情的な、あるいは本能からのイタズラなんかではなく、れっきとした仕事なのだ。あの針金束は、いわば間違えて空港の金属探知機に通してしまった金属製の電子端末にすぎない。


「あ・・・・・・謝るほどじゃないってば! 小嶺っち!」


 そのとき、ガラガラガラっと教室の扉が音を立て、先生と光臣が戻ってきた。左手に照明の交換部品を携えていた。ヘルメットまでかぶっていて、よくいそうな高所作業員のような格好である。


「俺はもどったぞ」


「兄ちゃん、そのコスプレどうしたの!? ーーフッ、マジウケる」


 素っ頓狂な声をあげた季は、直後可笑しかったのか笑い出した。一方の光臣は、コスプレなどと言われて気にくわなかったようで、季を睨む。


 またしても喧嘩が勃発しようとしていたのを止めたのは、片品先生だった。


「はいそこ黙ってくださーい。えっとですね、先生うすうす気づいてはいたんですが廊下天井のランプがが半分ほど球切れしているんですね。そんなわけで、交換作業をお願いしようと」


「アタイは断る。兄ちゃんと作業すると、なんかウツリそうだから」


「は? "なんか”ってなんだよ!? "なんか”って・・・・・・あいたた」


 光臣が噛みついたところで、先生がすかさず彼の腕を締め上げる。いったいどうやってこんな小さな体から、あれほどのパワーが出るのか知りたいものだ。


「先生が指名するので・・・・・・今日はとにかく運動していない季さん、お願いします」


「え~アタイなのぉ・・・・・・」


 ここまでおてんばな女子中学生も先生には逆らえないらしい。なるほど。どんなに優秀な生徒であっても先生を越えることはない様子である。


「じゃ、小嶺っちは何するの? アタイが行ったらひとりぼっちじゃん。可哀想じゃん」


「まぁそうヒステリックにならないでください。小嶺さんは確かに一人になります。けれど、小嶺さんにもやらなくてはならない手続きが大量にありまして。その時間に当てましょう。先生もここに残るので、二人で行ってきてください」


 すぐ終わりますから、と先生は最後まで季に圧力をかける。なんとか、あきらめさせることに成功したようだ。先生恐るべしと小嶺は頭にメモっておいた。


 ぶすーっとした顔で兄にひかれていく妹、季を横目に小嶺は先生に尋ねた。


「まだ必要な書類なんてありましたっけ?」


「ええ、ありますよ。それも、どっさりとね」


 教師は自信たっぷりに、けれど面倒くさそうにしてみせた。


(おかしいな・・・・・・必要最低限の手続きは済ませたつもりだったんだけど、勘違いしたのかな?)




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「さぁ可愛い季ちゃん。我々には行くべきところがある」


「その言い方マジキモいからやめてほしい。てか、電球交換なんて月1の技術員点検で勝手にやってくれるんじゃないの? なんでアタイらが・・・・・・」



 教室を後にした季と光臣は廊下を歩いている。昔はちょうど今の時間帯、運動部や文化部なんていう団体がここらを賑わせていたにちがいない。だがその跡も影もない。


 暗い夕日が、採光重視の校舎をさびしく横切る。



「頭の回転が速いな」


「で? アタイになんかいやらしいことでもしようとか考えているとでも言うの?」



 まさか、と光臣は当たり前のように返した。普段ここまで突っ張っている妹だからこそ、こういう話をし始めるのは馴染まない。光臣にはそういう恋愛対象な女の子に出会った経験もないから、なおさらだ。



「頭の回転が空回りしてるな」


「空回りして悪かったみたいね」



 口をすぼめて不満そうにしている季をよそに、光臣は何も言い返さない。言い返せる言葉がないのではない。いつもなら口げんかだが、今日は違う。軽く受け流したのだった。


 それを見た季は、あおることなく黙った。


「俺は、今回に関してはものすごくまじめに考えている。いい加減、隠し事をしているのもどうかと思ったんだ。なんかこう、小嶺をよそ者みたいにしている感じがする。そう思わないか?」


「アタイも・・・・・・そう思う。」


「てことはつまり・・・・・・ハガちゃん、いや、波賀野先輩のことを?」


「そうだ」



 光臣は深くうなずいた。決意は固まっていた。隠したところで最後にはバレてしまう。それだったら最初から明かしていたほうがいい。



「いいんじゃない。なんか今日のお兄ちゃん、いつもと違ってはっきりしてるよ」


「そうか?」


「はいはい、調子にのるなー」



 季が光臣のわき腹をツンツンとつつく。まるで夫の中性脂肪を確かめる、婦人のようだった。



「ずっと前から言おうとしていたんだが、季。今日一日なんかお前ふらついてないか? 具合悪いんだったら寮で休むほうが」


「ん・・・・・・ちょっと今週は寝不足で」



 兄に心配されて、逆に申し訳なく思ったらしい。季は自分の頭をさすった。



「なんか、アタイの体に合わない耳鳴りが一晩中聞こえるの」



 それは怪奇現象だな、と光臣が腕を組む。ちょっと悩んで。



「どこかへ置いてきた彼氏の遠吠えだったりするかも・・・・・・っと失礼、お前にボーイフレンドなんかいると思っちゃいかんな。勘違いした」


「むしろ失礼だと思うのは、アタイだけですか!?」



 光臣の物言いにカチンときた季が、間髪入れずに言い放つ。



「ほう。するとお前には彼氏なるものが存在したと? 今は出会えていないだけだと?」


「兄貴ちょっといい加減にしようかーー」


 季がポケットの中で、常に忍ばせている録音メディア。それを出された光臣は、ようやく口撃をやめた。"○○ハラスメント”などと訴えられるのも困る。


 妹に限ってそんなことで引っ立てることはないだろうが。



(ちくしょう、これだからお前は可愛い~く見えちゃうんだよ)



「話をもとにもどすとして。兄ちゃんはなんか耳障りな音、聞こえないの?」


「特にはないが」


「ふ~ん・・・・・・じゃあやっぱりアタイが変なのかなぁ?」



 声がふるえているのを素早く感じとった。



「悩むお年頃だったら、それぐらいはあったっていいだろ」


「そういう問題じゃない。ーー最近、ものすごく不安になるの」



  季は、あの転入生がやってきてせいなのか。自分のことを表に出してアピールしている。ここまで本音で話せる妹であるなら、兄として不満はない。



「ほら、自分って他の人と違うじゃん・・・・・・いろいろとさ」



 成績的にずば抜けて良いということをさしているのだろう。それに対して何が気に入らないのだろうか、光臣にはよく分からなかった。


 長い廊下にもうすぐ落ちそうな赤い光が、すっと差し込んでいる。



「良さげなパフォーマンスで、まずいことがあるか?」


「とりあえず学年こそ違うけどさ。ハガちゃん、なんで出てこなくなっちゃったと思う?」



 質問に質問で返された。決して不快ではない。



「さぁな。他人の気持ち、まして後輩の女子生徒となれば本気で理解しがたいもんだ」


「やっぱ兄ちゃん性格的に諦め体質なんだ」


「そうゆうとこがなければ、お前は残念なことにならない。

 てかお前こそわかるのかよ?」



 疑問を投げかけた光臣には、季の眼光が鋭くなったように感じられた。

 

 空気が固まった。



「全部、わたしのせい」



 もう一回、空気がーー。



「説明を求める」


「え?」


 反応が予想以上に平坦に見えたのか、季は眉をぴくんとあげた。そのときだった。


 光臣の腰に、どこからともなくあらわれた指筋が食い込む。



「ひいいっーーーー!!!!」





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