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未来メモリア Mirai Memoria  作者: 32字以内
睦月小嶺の転入生的思考法
5/10

1-05

 玄関を開けた瞬間、季は目の前の光景に目を疑うことになった。楽しみであったお八つ時が近いことを忘れそうになるほどに。


「小嶺。俺はそういうことをしないほうがいいと、忠告しておいたからな? 責任とるのは俺じゃないぞ」


「分かっています。けれど、不登校といったって転入生に挨拶もしてこないのは、いくらなんでもルール違反じゃないですか。先輩が認めたとしても、私は認められません」


 学生寮は玄関入ってすぐ、廊下がある。扉が並ぶ廊下の奥よりで、コトは起きていた。


 数時間前に屋上で話したばかりの、小嶺(先輩)がまるで目つきを変えて、波賀野先輩の寮部屋をこじ開けようとしていたのである。


 いくらはっちゃけたキャラを持つ季であっても、不登校者への最低限の配慮はこころえているつもりだった。兄に言われて仕方なくではなく、自発的に。波賀野先輩の状態が適度に回復するまでーー回復できるのか知らないがーー待ってから、接触を試みるつもりだった。


「小嶺っち、なにしているの!?」


 季の声を聞いた小嶺が振り返る。


「聞いてりゃ分かることでしょ。まだ私が自己紹介していない相手がいたようなのでちょっとご挨拶に、このドアをぶちやぶ・・・・・・じゃなくて、開けさせてもらうことにした」


「物騒なこと言いかけてるし、ってか言い直せていないし」


「小嶺、マジで本当にやめとけ。その一線を越えると、いろいろな面倒が生じる」


 あとに助言をした光臣は季とは違った。笑みを浮かべたのだ。いやその微笑みと本心にはかなりの齟齬があることは想像できるが。


 針金をクルクルとまわして古典的なピッキングを始めた小嶺。いまどきのドアがこの程度で解錠されてしまうのだろうか、と光臣はどうでもいいことに不安になった。それを見かねたように季が口を挟む。


「ハガちゃんの部屋をぶち破ったところで、なにもないよ」


「なにも、ない?」


 小嶺が手を止める。


「そう、なにもない。ハガちゃん、このごろ病んじゃっているみたいだからさ。不登校を患った少女に飛び込んでいったところで・・・・・・そうそういいことないと思うよ」


「それでもわたしには、やらなきゃいけない。睦月小嶺っていう個人であるがゆえにーー」


 はい静かに、と季は鋭い声を響かせる。


「つまり、小嶺っちにはある種の使命みたいなものがある、か。・・・・・・ははーん。状況はだいたいアタイにも分かった」


「妹よ。なにが分かったってんだい?」


 季が小嶺に詰め寄ったために身をひいていた光臣が、季に問いかける。しかし、あんたは黙ってて、などと妹に恥ずかしく抑えられることはなかった。


 季はふりむいた。しかし、にらんでいるのではない。そこには自身に満ちた双眸があった。この場のあらゆる空気が季に同調しているかのようだった。


「小嶺っちが東京まできた理由ってやーつ。まぁ最初に会ったときから、なにかしら含みのある転入生さんだとはおもっていたけどさ」


「理由ですか? わたしの越してきた理由なんてただの親の薦めでしかないですよ。長野の高校に受かろうと思えば受かれたのに」


 小嶺がもの懐かしげに遠くを見つめる。どこか残念そうで、どこか哀しそうな横顔が、玄関から差し込むオレンジの夕焼けに照らされる。


「季、お前が言いたかったのはズバリこのことか?」


「そうだよって答えたら、兄貴はどうする?」


 季は質問に質問で返した。光臣は流れに慣れているのかたじろぎを見せない。ちょっと考えたそぶりを見せて、最終的な答えはこうだ。


「以前季に盗み食いされた分のプリン、今日そっくりそのまま俺が頂戴する。ちょうどお八つ時とあってお前はきっと、プリンを取りに来たんだ」


「兄ちゃんご名答。てなわけで・・・・・・」



 季がコホンとひとつ、咳払いする。



「小嶺っちがここにきたのはさ、もちろん親の意向ってのもあるだろうけど。このドアをこじ開けようとしているのを見る限り、それだけじゃない」


「というと? その先が先生は気になります」


「先生いたんすかっ!」 「ひっ」


 尋ねたのは、小嶺の背後に隠れて見えなくなっていた人影だ。片品がここにいたのは、季だけが知る事実だった。とびあがってビクゥとちぢこまる小嶺。


「小嶺っちには、黒い歴史があるんだ。何らかの理由で長野の中学を不登校になってしまったという経歴。でもそこから立ち直った。それで不登校を経験した身として、その脱却方法が分かる実は立派なカウンセラー。だから、ハガちゃんを諭したかった」


「勝手なこと、いわないでっ!」


 寮内はお静かに、と小声で先生はささやく。だが、聞かなかった。


「たしかに私にだって不登校になったことがある。・・・・・・だけどね、私はその経験を活かしてカウンセラーになろうと思ったコトなんて無い。私は、ただの一般生徒」


 


「ただ・・・・・・ただ、こんなに争いもないようなのどかな東京で不登校? そんなあまりにあり得ないコトをやっているのが許せない! なんでそうなるのか理解できないのっ!」


 季が管理者になったと思われた場の空気を、今となっては小嶺が支配していた。


 声高に言い放った小嶺の声がいまだ廊下に染み着いているように、耳に残った。小嶺にも、季にも、光臣にも、片品にも、××にも・・・・・・。


 何も言い出せない空気を破ったのは季だった。しかし、荒い破り方ではなかった。


「えっと、ごめん。ちょっとアタイ・・・・・・なんか自身過剰だったかも。いままでこういう人の気持ちを読みとろうとして、外したことなかったから」


「季・・・・・・」


 光臣が、口から名前を漏らす。


「あーっいけない、僕には仕事がっ」


 わざとらしく声を上げて先生が駆け足で去る。あまりのタイミングの悪さに、光臣は瞬足で進入し瞬足で退場した彼に、先生め~、と心で唱えた。


 自分たちが、どう動いたらいいか分からなくなっている吹寺兄妹を横目に、小嶺はポケットに手を突っ込む。取り出したのは、数本の細い針だった。


「ここの中にいる人が、扉一枚破るのなんて・・・・・・簡単」


「なに、する気だ。ここのドアはピッキングしたって無駄なんだぞ!? 針を通しても、時間制限がかけられておしまいだ。諦めろ」


「そうだよ小嶺っち。あんたの無茶にも程があるんじゃない?」


 小嶺は答えない。


 代わりにピッキング用の針金をくるりと、いとも簡単に鍵穴に差し込む。こんなにも無駄のない動きをしているところからして、ピッキングができる、とは真だったようだ。


 中二病が生み出したものではないということだ。


「こ、小嶺。待て」


 けげんそうな顔で季が、光臣を見つめる。額に汗が浮かんでいた。なにかを焦っているのか。ピッキング不可能な扉に挑戦しているガムシャラな小嶺先輩を前に、兄が焦るようなことは見つからなかった。


 そのとき。件の人影の、体勢がくずれた。 


ーーーーーー



 大都市の学校なら、真っ先に先生がとんでくるんだろうな。そうであれば光臣はいっさいの責任を負う必要もない。先生が指導をこなせる以上、生徒会長としての役目は薄いのだ。


 が、ここは違う。


 生徒が起こした問題は自己解決、つまり先生は出てくれない。素が悪いとは思えないが、先生が途中で介入を放棄したばかりだ。


 これは出る幕か?


 新しい後輩を正しい方向へ導けなかったのなら、それは自分のせいだ。以前片品先生に言われた言葉がある。兄妹ゲンカを校内で繰り広げたときーーそのころは波賀野もいたかーー先生に一発ぶん殴られた。


 しかし先生に怒られることはなかった。代わりに一言だけ。


「光臣。生徒会長は、この学校のトップです。先生はただの資材提供者。だから君の学校は君のやったとおりの道に進んでいきます。脱線しても戻せるのは君だけですけれどね」



 これは出る幕だ。


ーーーーーー


「あ、ぐっ・・・・・・!」


 あと一手というところだったのだろう。小嶺が悔しそうな顔で廊下に倒れ込んでいく。季にとっては、目の前で何が起きているのか、処理しきれなかった。


 小嶺の手から針金が離れる。直後、チャリーンと鋭くも小さな音をたててフローリングに落下した。しかし、小嶺は回収しようとはしなかった。


 それを光臣が、サッと拾い上げる。何本かの長さ細さが異なる針金がまとめられていた。


「季。これを持ってろ」


「は? なんで、あんたに命令されなきゃならないのよ」


「ぶつくさ言うな! ・・・・・・そうか、俺の妹はついにこんなにも軽い大工道具すら、持てなくなってしまったか。やっぱり栄養が全部脳にいくんだなーーフッ」


「笑うなっ、バカ兄!」


 悔しそうに針金束を光臣から受け取った。その横で、睦月小嶺はまだ倒れたままだった。意識がないかのように動かない。


 やがて苦悶の



 光臣は転入初日の生徒一人に、渾身のひざかっくんをくらわせたのだ。運悪く小嶺は高い位置の鍵穴をいじるために、背伸びをしていたところだったのである。



「ちょ、小嶺っち。マジで、立てるの?」


「・・・・・・うぅ」


「え?」


「膝から下が、感覚無くて動かないですぅ。季ちゃんは、よくこんな・・・・・・なんというか指導力のある兄さんと一緒に生活できるよね?」


 上半身だけ持ち上げた小嶺は、膝立ちの体勢をとる。時折走るしびれに顔をゆがめた。


「小嶺っ! いま遠回しに俺が暴漢だっていったろ!」


「兄貴うるさい。まじ黙れし」


「ご、ごめんなさぁい。俺が悪うございましたぁ」


 季は、大声を出した光臣を即座に制圧したのだった。はたで見ていた小嶺は、いつもよりも季が敏感になっていると思った。その速さから。


 ふらふらっと立ち寄る小嶺のもとに、心配そうな顔をして季がとんでくる。


「本気で大丈夫?」


「どっちつかずな痛みってところです」


「ちょっと立ってみ? 肩は支えておいてあげるから」


 対面する二人には、すっかり先輩後輩の意識がとんでいた。というか逆転していた。光臣は、それについて口出しすることはなかった。

 

「・・・・・・んしょ。いざ立ってみると、そんなに痛くないかもです」


「そんならいいじゃん。あの男、人を殺しかねないレベルだから」


 季は自らの兄を指さして言った。あからさまに指をさされたにも関わらず、兄はこれといった反応を見せることはなかった。自分の能力が高く評価されるのなら、何を言われようといいらしい。


 不名誉なのは、明らかだが。


「さて、お前ら。早く本校舎にもどるぞ」


「はい兄貴黙ろうかーーなんでいちいち口をふさがなきゃいけないのかしら。なんかだんだんイライラしてきちゃうんだよね。許可無くしゃべるなっつーの」


「いつから会話が許可制になったッ!?」


「兄貴だけ、本校舎もどってて」


 しばらく間をおいて。


「・・・・・・は?」


「アタイの考えってものがあるの。いいから戻った戻った!」


 季は、小嶺の肩を持ったままだった。


「あの、もう肩持たなくても大丈夫です。もう自分でも立っていられますし」


 ところが、季は小嶺を離さなかった。腰のあたりで触れているスカートのブリーツ。小嶺はミニスカ、中学生の季はロングを短くしたような"ミドルスカート”といったところである。


「まぁ待ちなよ。そう焦らないで、小嶺っち」


「ん?」


 季は、目を閉じながら落ち着くように促した。やる人によっては無茶苦茶腹立たしいこともあるが、小嶺にとって季にはそういう感情を持たなかった。


 ちょっと今までと性格が変わったな、っていうくらいだった。



「そもそもなんでさ、こういう道具を持っているの? 恰好付けのため?」


「恰好付け・・・・・・」



 季に言われた言葉が、小嶺の頭の中をループしている。恰好つけなんて言われたくもない。すべてが自己満足みたいに聞こえるのが、たまらなく嫌だった。


 いつからか、ものすごくその言葉が嫌いになった。



「ち、違うっ!」


「ふぅーん。では、なんのために持ち歩いているの? ねぇ?」


「え・・・・・・」



 小嶺は考えた。自分で持っているぶんには、自己満足といったことを感じることはなかった。ただなんとなく、習慣的に持っていなくては気が落ち着かなかった。


 答えに詰まる。まさか登校初日にこんなシチュエーションになるとは、想像していなかったのだ。



「私は決して、これで人を傷つけようなんて考えたことは、みじんもーー」


「そういうことを訊いているんじゃないよ。なんのためにもっているの?」


 

 



「ただ漠然とした・・・・・・理由で」


「じゃあ、いらないね」



 季が言うことの意味がつかめなかった小嶺がキョトンとしている。季は、自分の言うことを無理矢理分からせようと強いることはせず、単純に言い換えた。



「その針金、生徒会で預からせていただくよ。こんだけしか人のいない学校内とはいえ、誰一人としてケガをすることは望まないハズだしーー」


 季は懐から、朱色をした小さな手帳を取り出す。そしてその中から、一枚のICカードを抜き取って小嶺のほうへ示す。


「兄ちゃんがトップの本校生徒会における役員、生活委員長として、見過ごしませんよ」


「生活委員、長?」


 小嶺が尋ねると季は、まだ未来がありそうな胸を張る。


「そう。アタイはこう見えて、生活委員長。そんなわけで、こちらはしばらく没収」


「でも、ここの人を早く解き放ってあげるべきじゃないの?」


 小嶺の言葉に、季はムッとした表情を返した。


「アタイにとって、小嶺っちは先輩だよ。それは分かっている。だけど、まだこの学校にきたばっかりじゃん?」


「だけどっーー」 


「ハガちゃんのことなんて・・・・・・しらないくせに」


 季が顔をうつむかせながら言い捨てた。おっ、と唇をすぼめる小嶺は、自分より背の低い季の耳元に合わせて、身をかがめる。


「私がわざわざ東京まで出てきた理由なんて、しらないくせに」


「え・・・・・・?」


 語気にまったく怒りを感じない小嶺の言いように、季は戸惑った。むしろ、なにかをたくらんでいるような雰囲気だったのだ。


 季が顔を上げると、目線の先にいた小嶺は何も言うことなく微笑んだ。


「知らないでしょ? 知ってたらすごいけど」


「し、知るはずもないじゃない。今日やってきたばっかりの個人のことまで調査しているほど、アタイの毎日は暇じゃないのっ!」


「じゃあ教えてあげるよ」


 小嶺は左腕にはめていた情報端末一体型腕時計(歯車でまわらない、デジタルの)を付け直す。とにかく"それ”をカミング・アウトするまでに、かなりの間をおいた。


「昔の、都会のほうの中学校に行くのに、嫌気がさしたの」


「不登校、したってこと? そんな雰囲気しないけどーーなんか、そんな逸脱行為を働いていたってことが想像できないよ。ハガちゃんみたいな暗い感じがない」


「逸脱、か」


 強調した二文字。小嶺はさらに続ける。


「私はそんな風に考えたことはないけどね」


「なんで?」


「私の考えなんて、成績優秀な季ちゃんにとっては、哀れなものだと思う。理由がないなんて季ちゃんには考えようもないでしょ」


 論破されているのではないかと、自身で気づいたらしい。季は腕を組み、頭をひねった。


「ハガちゃんは、逸脱しているわけではないっていうの?」


「まぁ、だいたいは合ってるかな・・・・・・うん」


 不登校する者は、だいたいの場合において逸脱していると思っていた。季の中では。確率的に。ハガちゃんは嫌いじゃなかったが、変貌後、あまり姿を見かけていない。そのせいか、なんだか不審に思えてきてしまうのだ。



「自分の中の定義はさ、ときに疑うべきなんだよ」


「そうかもね」


 季は同調した。


 小嶺は、自分の言葉が哲学的なことみたいだと感じた。いかんせんウザがられるのも困るので、誇らしさを顔には出さなかったが。



「小嶺っちって、なんか面白いよ。ハガちゃんがまだ教室に来ていた頃が懐かしいかも」


「そう? それは意外」


「もう一回、会えるようになったらいいのに・・・・・・ちょっと兄ちゃんに話してみよっかな」


 季が手にもった針金束を揺らしてにこっとする。小嶺は微笑みかえした。一度、ほっと息をついて落ち着いたあとに。


「ーーあっ! でも、この針金はしばらくは返さないんだからねっ! こんな危ないもの持ち込まれたら、小嶺っちとはいえ何しだすか分からないから」


「むぅ・・・・・・けちぃ」


「アタイにこれ、渡してくれてよかった。もし渡してくれないなんてことがあったら、ね?」



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