第五十七話「公爵と冒険者」
ヴェロニカの屋敷に戻ると、金色の髪を肩まで伸ばした四十代程の男性が立っていた。いかにも高級そうなローブを纏い、手には純銀の杖を握っている。柔和な笑みを浮かべると、俺の肩に手を置いた。
「私はヴェロニカの父。ガブリエル・フォン・フロイデンベルグだ! 素晴らしい戦いだったぞ、ギルベルト!」
「ありがとうございます。フロイデンベルグ公爵様! 自己紹介が遅れました。俺、いいえ。私はギルベルト・カーティスです」
「うむ。名前なら知っておる。ヴェロニカが惚れた男が模擬戦を行うと聞いて闘技場で観戦していたが、まさかファントムナイト相手に圧勝してしまうとは……! 召喚獣との強い絆、火と雷の魔法の熟練度。攻撃のタイミング、全てが理想的だった!」
「そうだろう? 私が見込んだギルベルトが負ける訳はないのだ!」
「模擬戦を楽しんで頂けたなら光栄です。公爵様」
「ああ。大いに楽しんだとも。あれほど興奮した試合は五年ぶりだろうか。アンネが幻獣のサイクロプスを一人で仕留めた試合。あれも素晴らしかった」
「光栄です。ガブリエル様」
まさか、アンネさんが一人で幻獣を仕留めたとは。ヴェロニカよりも高レベルだと以前説明を受けたが、たった一人で幻獣クラスのモンスターを仕留める程の実力者だとは思わなかった。
「私の事はガブリエルと呼んでくれ。宴の準備は間もなく完了する。それまで二人で話がしたいのだが……」
「わかりました。用件を伺います」
「私の書斎で話をしよう」
俺は一旦仲間と別れてから、ガブリエル様に案内されて彼の書斎に入った。俺の父とは雰囲気が随分異なるが、やはり貴族だからだろうか、平民にはない自信に溢れた表情で俺を見つめている。
「魔法都市ヘルゲンの生活はどうかな? だいぶ落ち着いてきたのではないか?」
「そうですね、最近は移動が多かったのですが、今日からは暫くヘルゲンで休暇を過ごせそうです」
「休暇か。私も今日久々に休暇が取れたところだ。こうしてゆっくりとギルベルトと話す時間も作れなかった。ギルベルトはこれからヘルゲンで暮らすのかね?」
「はい。ヘルゲンを拠点に冒険者として暮らすつもりです」
「ヴェロニカと共に?」
「共にと言いますと……?」
「分かっているのではないか? ヴェロニカがギルベルトの事を好いている事は」
「はい。しかし共に暮らすと表現出来る程の関係ではありません」
俺の様な成人したばかりの若造と、魔法都市ヘルゲンで地位のある公爵様が会話をしている事が奇跡の様だが、用件は何かと思えばヴェロニカの事だったのか。一体俺とヴェロニカの関係をどう説明すれば良いのだろうか? 道具屋の共同経営者? ユグドラシルのマスターとメンバー? それとも、成人するまで他の女と交際をするなと、告白を受けた相手?
「付き合っている女性は居るのかね?」
「いません。実はまだ一度も女性と付き合った事がないんです」
「それはヴェロニカも同じだ。娘は幼い頃から私以外の男には心を開かなくてな。それが突然、ギルベルト・カーティスなる冒険者を家に招き、彼女が自分の命よりも大切にしているシュルスクの木を見せたと」
「……」
「まずはヴェロニカの心を開いてくれてありがとうと言いたい。幼い頃からヴェロニカに言い寄る貴族が多かったから、私も男を信用するなと教育していたのだ」
「そうだったんですね」
一体ガブリエル様は俺から何を聞き出したいのだろう。徐々に話の核心が見えてきた様な気がする。ずばり、ヴェロニカと今後どの様な関係を築きたいかだろう。
「私はヴェロニカが心を許した男の正体をどうしても知りたかった。ヴェロニカに取り入ろうとする者があまりにも多いからだ。どうか気を悪くしないで欲しい」
「いいえ、ガブリエル様のお気持ちは当然だと思います」
「ありがとう。私なりにギルベルトの事を調べさせて貰った。ヴェロニカと交際するに相応しいかだ」
「交際ですか……?」
「うむ。私の娘では嫌か? 付き合っている相手は居ないのだろう?」
「それは居ませんが、私はモンスター娘達を愛していますし、これからの人生を共に過ごすと決めています」
「人間化したモンスターは生粋な人間ではないから、私は人間としてカウントしないつもりだ。ヴェロニカは心が広い娘でな、どうやら重婚についても理解があるらしい。ギルベルトが封印したモンスター娘と共に暮らす使命を持っている事は彼女も知っている。それでもヴェロニカはギルベルトと将来を共に歩みたいと考えている」
重婚? まさか、ガチャの言葉通り、俺は第二のジェラルドさんになるのだろうか。俺はローラに対して恋愛感情を抱いているし、エリカは俺と生涯共に居たいと言ってくれている。ギレーヌはついさっき俺に口づけをしてくれた。俺はギレーヌを最高の仲間だと思っているし、女性としても魅力的だと思う。もし重婚が許されるのなら、ヴェロニカの気持ちを受け止めたいし、エリカの告白も受け入れ、今後も共に暮らせる様に、正式に籍を入れたいと思う。
『何を難しく考えているんだい? 僕は出会った時からギルベルトはハーレムを作るべきだと言っていただろう? エリカもローラもギレーヌもギルベルトの事を愛している。エリカに至っては一度告白までされているんだから、公爵様が重婚を認めているのなら、ヴェロニカとの結婚も考えてみるべきじゃないかな』
「確かに……」
「うん? 誰と話しているんだ?」
指環はガブリエル様の言葉に反応して輝くと、魔石ガチャの姿に戻った。ガブリエル様は満面の笑みを浮かべてガチャを抱き上げると、嬉しそうにガチャを見つめた。
「正直な気持ちを聞かせて欲しい。ヴェロニカを愛しているか?」
「失礼を承知で答えさせてもらいますが、まだ出会ったばかりなので愛しているとは言い切れません。しかし、私はヴェロニカの魅力も知っていますし、これからヴェロニカと共に道具屋を経営し、彼女のためにギルドのメンバーとして、率先してクエストを受け、ヴェロニカの地位を向上させるために生きるつもりです。ヴェロニカは私の意思を受け入れてくれ、レッサーミノタウロスが暮らすための土地まで用意してくれましたから」
「恩があるからヴェロニカと一緒に居たい。そういう事か?」
「恩だけではなく、私はヴェロニカの事が好きです。彼女から成人するまで待ってくれと頼まれた時は素直に嬉しかったですし、これから時間をかけて、より深い関係になりたいとも思っています。ただ、現段階ではヴェロニカとの結婚を考える事は出来ません。結婚とは恋愛を経て意識するものだと思っていますから」
「恋人になる事は出来るという事か?」
ヴェロニカと俺が恋仲? ローラやエリカ、ギレーヌに対して、ヴェロニカと交際を始めると言ったら、彼女達は何と答えるだろうか。俺がヴェロニカの事を好きなのは間違いないが、結婚までは考えられない。しかし、ヴェロニカが重婚に理解があるという事なら……。
「はい。理想的な恋人だと思います」
「そうか。素晴らしい返事だ。もしヴェロニカとの結婚を即断していたら、私はこの場でギルベルトを殺めるつもりだった。ヴェロニカに言い寄る貴族があまりにも多くてな。どの貴族もヴェロニカを愛していると言い、二言目は結婚をしたいと言うのだ。公爵である私に取り入るためであって、ヴェロニカを心から愛している者は居なかった。しかし、ギルベルトは純粋にヴェロニカを好いている。恋人から始め、交際中に結婚を意識したら、その時は式を挙げれば良い」
「はい。しかし、私は既にモンスター娘達から告白されていますから、ヴェロニカ一人と交際を始める事は出来ません」
「全員と交際すれば良いではないか。既にローラやエリカとは共に風呂に入る関係だとも聞いておる。交際しているも同然ではないか。ヴェロニカはそんな小さな事を気にする子ではない」
「それでは、ヴェロニカと交際させて頂きます……」
「うむ。良い返事だ」
ガブリエル様が俺に手を差し伸べると、俺は彼の手を握った。人生で感じた事も無い程の魔力を感じる。ヴェロニカも強烈な魔力を秘めているが、ガブリエル様はヴェロニカでも到底及ばない程の力の持ち主なのだ。
「それでは宴の前に仲間達に気持ちを伝えてくるが良い」
「はい!」
俺は一礼してから書斎を出ると、ヴェロニカ達が待っている中庭に向かって走り出した。




