第五十五話「闘技場」
中庭でシュルスクの果実を食べ、魔力を限界まで回復させた状態で剣にエンチャントを掛ける。それから木の傍に腰を下ろし、精神を統一しながら全ての魔力を使い果たす勢いで剣から魔力を放出する。
魔力が枯渇すればマナポーションを飲んで回復させ、魔力の使用と回復を何度も繰り返して体調を確認し、魔法を使用する感覚を極限まで研ぎ澄ます。ナイトはアンネさんとレイピアで打ち合っており、アンネさんはかなり手加減をしてナイトに攻撃を仕掛けている。
ナイトは剣に冷気を纏わせてアンネさんに斬りかかるが、アンネさんがレイピアに風を纏わせ、鋭い突きを放つと、ナイトの剣に掛かっているエンチャントが消滅した。より強い魔力に掻き消されたのだろう。風の魔力とは何と便利なのだろうか。
それから俺は剣に掛けたエンチャントを解除すると、エリカと打ち合いを始めた。相手を打ちのめすつもりで、本気でエリカに切りかかっても、彼女は涼しい表情をして俺の攻撃を受け止める。レベル的にはエリカより俺の方が勝っているが、力の強さがあまりにも違うからか、魔力を込めない剣ではエリカを圧倒する事は出来ない。
筋肉を温め、闘志を燃やすために二時間程エリカと打ち合いをすると、やっと体全体が温まり、エリカの攻撃に対する恐怖心も薄れ、相手の攻撃を瞬時に見切れる様になった。長時間打ち合っているからだろう、攻撃に対する反応が明らかに早くなっている。
ダンジョン内での、暗黒の空間での戦闘経験が俺を育ててくれたのだ。たった二時間の打ち合いでは体力が尽きる事はない。ダンジョンでは筋力や体力が尽きれば、スノウウルフの猛攻撃を全身に喰らった。どれだけ攻撃を受けても命を落とすまいと心に誓っていたからか、陽の光が当たらない、まるで希望も見えない様な闇での戦闘も切り抜ける事が出来た。
ダンジョンでの生活が俺の精神を鍛えてくれたのだ。技術的には勿論、精神的に大きく成長出来たのは、やはり閉鎖的な空間で、毎日四時間の睡眠時間を除く全ての時間を戦いに身を置いて居たからだろう。何度も投げ出したいと思ったが、ナイトをアポロニウスから開放するために、俺は力を求めてひたすら己を追い込んだ。
「素晴らしい集中力ね。これなら必ずアポロニウスに勝てるでしょう」
「付き合ってくれてありがとう。エリカ」
「当たり前じゃないの。私達は仲間なのだから。私はギルベルトを育てられるならなんでもするわ。ギルベルトが私達を救ってくれた様にね」
「頼りにしているよ」
俺はエリカの頭を撫でると、彼女は優しい笑みを浮かべて俺を抱きしめた。暫くエリカの体温を感じていると、彼女の体から大量の魔力が流れてきた。同属性だからだろうか、雷の魔力が体内に流れると、俺はますますやる気に溢れ、暫く一人で剣を振り続けた。
「時間よ。闘技場に向かいましょう」
シャルロッテが俺の手を握ると、彼女は片目を瞑って無邪気に微笑んだ。シャルロッテは緊張している様子もない。俺達の勝利を確信しているのだろうか。俺達はアンネさんが用意してくれた馬車に乗り込むと、メイドや執事達は勝利の宴の準備をしてお待ちしていますと声を掛けてくれた。みんなが俺達の勝利を望んでいる。何が何でもアポロニウスを倒し、ナイトを自由にするのだ。それから名前を付け、俺の仲間になってもらう。
ナイトは人間としてヘルゲンで暮らし、冒険者登録をして念願の冒険者生活を始めるのだ。彼女の夢を叶えるためにも、自分自身のプライドのためにも、敗北は許されない。戦いに負けたら自決する程の覚悟で挑むつもりだ。
目を瞑って気持ちを落ち着かせながら、ありとあらゆる敵の攻撃パターンを脳裏に描いた。見た事も無いアポロニウスの戦い方を何度も想像し、アポロニウスを仕留める光景を描き続ける。
ローラは俺の手を握り、静かに勝利を祈ってくれた。美しい、誠に清らかな魔力が俺の体を包み込み、全身の心地良い疲労が抜けて、まるで生まれ変わった様に活力が満ち溢れた。やはりローラの魔力が最も俺を勇気づける事が出来るのだろう。俺はローラと手を握りながら、ゆっくりと町を眺めた。
暫くすると中央闘技場に到着した。今日の模擬戦を観戦するために、ヘルゲン中から貴族や冒険者、市民が駆け付けて来てくれている。俺かアポロニウスの勝利、どちらを期待しているかは分からないが、観客も楽しめる試合にしよう。時間を無駄にしたと思わせない、圧倒的な火力で敵を押し、一気に勝負を付ける。
「ギルベルト。私達は観客席に居るわ。必ず勝って頂戴ね」
「ローラのギルベルトは負けないもん。絶対に勝つんだもん」
「ギルベルト。決して相手を侮らず、魔力を惜しまずに最初から全力で攻撃を仕掛けるのよ。あなたはミノタウロスのバシリウス様から戦士としての戦い方を教わった。アポロニウスはギルベルトは人間の戦い方をすると思っている筈。そこが相手の盲点になるわ」
ミノタウロスの戦い方はひたすら力押しだ。己の魔力を武器に込め、圧倒的な力で敵を叩き潰す。長時間の戦闘には向かないが、短期決戦なら最高の火力を出す事が出来る。
「ギルベルト。試合が終わったら屋敷で宴だからな! 美しく勝利を納めるのだぞ」
「ギルベルト様。私も楽しみに観戦させて頂きます。それでは後ほどお会いしましょう」
俺とナイトは緊張しながらも、二人で手を取り合って控室に入った。現在は十四時だが、十五時の模擬戦が始まるまで、魔術師によるモンスター討伐の実演が行われている様だ。野生のモンスターを捕獲し、ヘルゲンで活動する魔術師達がモンスターを仕留めみせている。
ヘルゲンの防衛力を、魔法都市の魔術師強さをアピールしているのだろう。市民達は普段の生活でモンスターと戦闘を行う事もなく、モンスターを目にする機会も少ないから、この様な催し物が新鮮なのだろう。モンスターを見事討伐した魔術師には、熱狂的な拍手が送られている。
「人前で戦うなんて緊張します」
「確かにね。だけど、ダンジョン内の敵との戦闘に比べれば恐ろしさも少ない」
「そうですね。あそこではいつ敵に襲われるかも分かりませんでしたから」
「俺達なら勝てるよ。俺はナイトと共に冒険者として暮らしたい。だから夢を叶えよう」
「はい! 今まで僕を鍛えてくれてありがとうございます」
俺はナイトと硬い握手を交わすと、遂に俺達の出番が来た。上空で炎の魔法が炸裂し、観客をますます興奮させ、拍手が沸き起こり、闘技場に続く扉が開いた。
「冒険者ギルド・ユグドラシルの新米冒険者! ファントムナイトのアポロニウスに勝負を挑み、一ヶ月間で己を追い込んだ。果たして彼は己の意思を貫く事が出来るのだろうか。それではご紹介します。幻獣の契約者、レベル40。ギルベルト・カーティス!」
司会の男性は拡声の魔法を使用しているのだろうか、爆発的な声が響くと、再び拍手が沸き起こった。隣で待機しているナイトも名前を呼ばれたが、緊張のあまり、彼女の名前までは耳に入らなかった。
巨大なアーチを抜けて闘技場に入ると、そこには円形に座席が設置された空間が広がっていた。地面には砂が敷かれあり、砂には骨が散乱しており、血が飛び散っている。ここで何人もの人間やモンスターが命を落としたのだろう。今日は模擬戦だから、相手に致命傷を負わせる攻撃は禁止されている。
どちらかが敗北を認めた瞬間に勝敗が決定する。危険度は低い戦いになるだろうが、それでも殺す勢い勝負を挑まなければ勝てる相手ではない。何といっても相手はファントムナイト。物理攻撃はほぼ通用しないのだから、相手の鎧を破壊する勢いで攻撃を仕掛けなければならない。
俺とナイトは中央まで進むと、既に闘技場に入ってたアポロニウス、クレメンス、ニコラスの三人は一斉に武器を構えた。それからアポロニウスが近づいてくると、不満気に俺を睨みつけた。
「まさか、俺達相手に二人で勝てるとでも思っているのか?」
「そういう訳じゃない。特別な仲間を呼ばせて貰おう」
「ほう、仲間とな。呼んでみるがいい」
アポロニウスがロングソードを握り締めながら後退すると、ナイトは怯えて俺の背後に隠れた。やはりナイトはアポロニウスが恐ろしいのだろう。それから俺は地面に右手を向け、脳内で召喚のための魔法陣を想像した。
それから魔力を放出すると、巨大な魔法陣が現れた。魔法陣は強い光を放ち、光の中から身長五メートルを超えるミノタウロスが姿を現した。我がパーティーの守護神、レッサーミノタウロスを束ねる族長、バシリウス様だ。
彼はアポロニウスを睨みつけて爆発的な咆哮を上げると、突然の幻獣の登場に闘技場は一気に盛り上がった……。




