第五十一話「帰還」
ダンジョンの攻略を終えた俺達は地上を目指して歩き始めた。攻略に十日も掛かってしまったが、全ての敵を討伐しながら下層を目指して進んでいたので、帰路は非常に易しい。複雑に入り組んだ通路を進みながら地上を目指し、疲労を感じればすぐに休憩をし、ナイトと共に剣の稽古をする。
体が動かなくなるまでナイトと剣を打ち合い、寝食を忘れて己を鍛え続けた。離れている仲間との再会を心待ちにしながら、ひたすらダンジョンを歩き、剣の腕を磨き続ける。ナイトの性格はヴェロニカの様に前向きで明るく、閉鎖的な空間に二人で居ても退屈する事はない。
毎日の稽古で体は重く、日光を浴びていないからどうも気分が優れないが、こんな劣悪な状況でもナイトが弱音を吐く事はない。自分の剣の技術に自信が付いてからの彼女は表情も明るくなり、更なる力を求めて切磋琢磨しているのだ。
ナイトの明るい性格と、力を追い求める純粋な気持ちに影響を受けているのだろうか。俺自身も以前より更に強くなりたいと思う様になり、ナイトに追い抜かれない様にと、必死で稽古を積んでいる。
下半身の筋肉を増やすためにダンジョン内の階段を何度も往復し、体力が尽きたらひたすらパンとスノウウルフの肉を摂取する。思えば俺の父も筋肉を増やすために森を駆け回り、信じられない量の食事を摂取していたな。
胃に隙間があればパスタやチーズを詰め込み、消化を促進する薬草を飲み、ひたすら栄養を取り続けた。それでも肥満にならなかったのは、村を守るために毎日戦闘訓練を積んでいたからだ。俺は幼い頃から父の訓練や食事風景を見て育ったから、やはり強くなるには栄養の摂取とトレーニングだと思ったのだ。
激しすぎるトレーニングを重ねながら、上層を目指して進むと、俺達はダンジョン攻略から五日後、遂に地上の光を体全体に浴びる事が出来た。アーチ状の石の門から抜けると、地上に帰還出来た事に心から喜びを感じた。
涙は自然と流れ、森の澄んだ空気に感動し、ナイトと共に帰還を喜んで抱き合った。地上はなんと美しいのだろうか。陽の光すら入らない地下に二週間も滞在していたから、森の空気を吸うだけでも涙が出そうになる。俺達は遂に帰還したんだ。
たった二人で未知のダンジョンを攻略し、激しすぎる訓練を重ねて己を追い込み、仲間達が待つ地上に戻る事が出来た。人生は何と素晴らしいのだろうか。やはり人間は地上で暮らすべきなんだ。精神力が弱かったら、俺達は決してダンジョンから帰還する事は出来なかっただろう。
「僕達、ついに地上に戻れたんですね……! 外の空気がこんなに美味しいなんて!」
「ああ。二人でダンジョンを攻略して、バシリウス様の試練を乗り越えたんだ!」
「お兄ちゃんが支えてくれたから、僕は毎日頑張れました。これからは僕がお兄ちゃんを支えます……」
「ありがとう……」
俺とナイトは強く抱き合いながら、涙を流し、久しぶりの地上の空気を胸いっぱいに吸い、美しい草原に寝そべりながら地上の暖かさを肌で感じた。長時間ダンジョンに居たからか、青々とした草木を見ているだけでも幸せを感じる。やはりダンジョンでの生活は精神的に負担が掛かっていたのだろう、こうして草の上に寝そべっているだけでも、心の底から幸福がこみ上げてくる。
鎧を脱いで体中に日光を浴びながら、ナイトと共に自然に感動し、外で生きる喜びを噛み締めながら過ごした。暫くすると森の奥から強烈な魔力を感じた。火属性の魔力だろうか、魔力が極限までに研ぎ澄まされているからか、周囲に潜む敵の魔力が手に取るように分かる。
俺とナイトはほぼ同時に立ち上がると、武器を構えてエンチャントを掛けた。魔力は徐々に強くなり、森の奥からは赤い体毛に包まれた巨大なモンスターが姿を現した。身長よりも長いランスを持ち、ラウンドシールドを背負うバシリウス様だ。この強烈な魔力はバシリウス様の体から放たれているものだったのか。
「ギルベルト、ナイト。短期間でここまで成長するとは。森の中から突然巨大な魔力の動きを感じたから駆け付けてみたら。まさかこの強烈な魔力が二人ものだったとは……」
「バシリウス様! お久しぶりです。俺達は遂にダンジョンの攻略に成功しました!」
「うむ。二人共よくやった。ナイトは封印される事を選び、人間として生きる事にしたのだな」
「はい。僕はお兄ちゃんと共に冒険者になる事にしました。勿論、アポロニウス様を倒してからですか」
「ほう。満足に武器も持てなかったナイトがアポロニウスに勝利宣言をするとな。この短期間で己を追い込んだのだろう。ギルベルトが居たらか強くなれた。そうだろう?」
「はい。目指すべき目標が居たらか。追いつきたい人が居たから僕は逃げ出さずに自分自身を追い込む事が出来ました。お兄ちゃんを支える冒険者になりたいですから!」
バシリウス様は柔和な表情を浮かべて俺とナイトの頭を撫でると、俺の体には彼の優しい魔力が流れてきた。俺の目標はアポロニウスではなく、バシリウス様の様に仲間を守る力を付ける事。六月一日に行われる模擬戦まで、バシリウス様と共に三人での戦い方を追求しよう。
「仲間達は間もなく到着するだろう。ギルベルトと別れてから、私達はこの森でパーティーとして狩りを続けていた。シャルロッテが冒険者ギルドでクエストを受け、リーダーとしてパーティーを導きながら、四人でモンスター討伐をしていたのだ」
「シャルロッテがリーダーですか。彼女は慎重な性格なので、危険もなく狩りを行う事が出来たのではありませんか?」
「うむ。少し慎重すぎるがな。反対にエリカは敵がどれだけ強くても特攻する。ローラが最もパーティー内で状況の判断力に長けている様だった。エリカがどれだけダメージを受けても、ローラのヒールやリジェネレーションで傷は瞬時に癒えた。シャルロッテはギルベルトに追い付きたいと何度も呟きながら、睡眠時間を削ってひたすら魔法の訓練を積んでいた」
「シャルロッテがそんな事を……」
「うむ。余程ギルベルトの事が好きなのだろうな。『ギルベルトは必ず力を付けて戻ってくる。その時に私が彼を支えられる様になる』と。何度も言っていた。確かにギルベルトとナイトは驚異的な成長を遂げた様だ。まさかこれ程までに強力な魔力を身につけるとは……」
あまりにも忙しく生きていたから、ダンジョンの攻略を初めてからギルドカードを確認する事も無かった。マジックバックからギルドカードを取り出してレベルを確認すると、俺のレベルは35まで上昇していた。ナイトのレベルは28だ。まさか、俺がレベル30を超える事が出来るなんて。やはりダンジョンでの訓練は正しかったのだ。
「レベル35とレベル28か。ギルベルトは模擬戦までにレベル40を超える事。ナイトはレベル35を超える事。これはアポロニウスと剣を交えるための最低条件だ。この条件を満たせなかったら、私は模擬戦の出場を取り消す事にする」
「レベル40ですか。そうとなれば時間が惜しいですね」
「はい。お兄ちゃん。僕は必ずレベル35を超えてみせます。すぐに訓練を再開しましょう!」
「ちなみにローラは既にレベル40を超えた。彼女の魔法に対する適正には目を見張るものがある。まるで遊ぶ様に魔法の訓練を続け、狩りの最中に枯れた土地を見つけたら、天地創造の杖を使用して豊かな土を作り出し、地域に貢献しながら、己の魔法を追求している。魔法を学ぶために生まれてきた様な者だな」
「やはりローラは天性の才能を持っていたのですね」
「うむ。並の人間では追いつく事は不可能だろう。ヴェロニカもローラに抜かされない様にと、屋敷に閉じこもって魔法の訓練を積んでいる様だ」
「ローラがレベル40ですか……。まさかそんなに強くなっていたなんて……」
ローラは天地創造の杖が力を与える程の清らかな魔力を持っている。きっと杖の力を最大限にまで引き出し、楽しみながら魔法の練習を続けているのだろう。ローラは訓練という言葉から最も遠い存在だ。彼女には訓練という概念はなく、石像を作って遊んでいたら知らないうちに魔力が上がっていた、そんなタイプだからだ。
「早速訓練を始めよう!」
「はい!」
俺とナイトは仲間の成長を喜びながらも、仲間の強さに追いつくために、再び訓練を始めた……。