第四十七話「下層を目指して」
スノウウルフの攻撃を剣で受け、ナイトがレイピアで反撃をする。俺はナイトを守るために必死で敵の攻撃を受け続けた。既にファントムナイトとしての体を失い、人間の体を得たナイトは、スノウウルフの攻撃に耐えられる程強靭な体をしていない。俺が守らなければならないのだ……。
スノウウルフの冷気を纏う爪の攻撃を剣で受ける。体には徐々に疲労が蓄積され、全身から脂汗が流れる。敵の攻撃を受け損なえば強烈な一撃が俺のメイルを直撃した。防具の上から攻撃を受けたにも拘らず、悶絶する程の衝撃を感じる。
敵の攻撃を受けるにはライトメイルでは防御力が足りないのだろう。ナイトはそんな俺を心配しながら、敵にレイピアの鋭い突きを放った。レイピアは深々とスノウウルフの体を貫き、一撃で敵の命を奪った。
ナイトは徐々に恐怖心が薄れ始めたのか、次第に手数が増え始めた。戦闘を開始した当初は震える手で攻撃を仕掛けていたが、今では自信に溢れた表情を浮かべ、次々と鋭い突きを放ち、俺達に襲い掛かるスノウウルフを駆逐しているのだ。
敵はナイトの剣を警戒して後退を始めたが、俺はそんな一瞬の隙きを見逃さなかった。ブロードソードから火炎を放出して敵の体を焼き、高速で駆けるスノウウルフには鋭い雷撃を放ち、敵に大きなダメージを与えた。
ナイトの剣からは強い冷気が発生し、切り裂いた敵の傷口は瞬時に凍り始めた。既にエンチャントを習得したのだろう、左手に冷気を纏わせてスノウウルフの体を殴ると、敵の体が凍りついた。
しかしスノウウルフの氷の属性を持つモンスターだから、氷属性の攻撃は効果が薄い。だがナイトは自分自身で属性魔法を使用している事に喜びを感じているのか、彼女は次々とレイピアでスノウウルフを切り裂いた。
俺とナイトはお互いを守りながら、襲い掛かる全てのスノウウルフを狩り尽くしたのだ。ダンジョンの通路にはスノウウルフの死骸が散乱しており、俺は魔石持ちの個体からは魔石を抜き取り、栄養補給のために敵の肉を切り、その場で肉を焼いた。
俺達は無言で敵の肉を喰らい、しばし勝利の余韻に浸った。聖者のゴブレットで水を作り出して一気に飲み干し、手に入れた魔石をガチャに投入した。魔石持ちの個体が七体居たいので、俺達は全ての魔石を使用し、新たなアイテムを得る事にしたのだ。七つのノーマルカプセルが地面に落ちると、俺達は一つずつ開封を始めた。
美しい白銀のメイルとガントレット、グリーヴの三点セットが出てきたので、俺は新たな防具をナイトに譲る事にした。レベル3のガチャで得られる防具はアサルトシリーズという名称で、攻撃速度と魔法攻撃耐性が上昇する効果があるのだとか。
それから直径五十センチほどバックラーが出て来ると、ナイトは僕が使いたいと目を輝かせて言ったので、俺はナイトにバックラーを渡した。形状はラウンドシールドだが、重量も軽いので女性のナイトでも軽々と使用出来る。
残るカプセルには大ぶりのバスタードソード、それから棒の先端にスパイクが付いたメイス、最後にショートボウが出た。ナイトがショートボウを使いたいと言ったので彼女に弓を渡すと、左手に弓を持ち、右手で氷の矢を作り上げた。
それから氷の矢を射ると、矢はダンジョンの壁に激突して砕けた。既に氷の矢を作り出す事も出来る様になったのか。驚異的な速度で魔法を習得しているのだな。ナイトの魔法に対する適正には目を見張るものがある。
スノウウルフの肉を満腹になるまで食べ続けると、俺達は食後の訓練をする事にした。木刀を使用して打ち合う事にしたのだ。木製の武器でスケルトンやスライムに勝負を挑んでいた事が無性に懐かしく感じるが、まだヘルゲンで冒険者登録をしてから一ヶ月も経っていないのだ。つい数週間前には、このちっぽけな木の武器だけが頼りだった。
一時間ほどナイトと激しい打ち合いをすると、俺達はすっかり疲れ果ててしまったので、ダンジョン内で適当な部屋を探し、暫く休憩をする事にした。ローラが居たら室内に浴室を作り上げ、風呂に入る事も出来たのだが……。
スノウウルフとの戦いで体や武具がすっかり汚れてしまったので、俺は聖者のゴブレットで水を作り出し、武具を洗って丁寧に乾かした。
「僕……。体が汚れたから洗いたいです」
「そうだね。俺が水を作り出すからここに立ってくれるかな」
「え? お兄ちゃんに体を見られるなんて恥ずかしいです! えっちな事したらだめですよ……!」
「しないしない」
ナイトは鎧を脱ぐと、俺は目を瞑って聖者のゴブレットから水をナイトの体に注いだ。作り出した水に火の魔力を込めてお湯に変えると、ナイトは初めて触れるお湯に歓喜の声をあげた。人生で初めてお湯で体を洗うとはどんな気分なのだろうか……。
「お兄ちゃんも一緒に洗ってほしいです……。僕だけ裸なんて恥ずかしいですよ……」
「そうだね……」
こういう展開には慣れているので、俺は恥ずかしさを堪えながら服を脱ぎ、ゆっくりと体を洗い始めた。ナイトがタオルに石鹸を付けて背中を洗ってくれたので、なんだか緊張もほぐれ、暫く穏やかな一時を過ごす事が出来た。
それから俺はナイトに自分の着替えを渡した。ナイトが服を着るとやはり男物の服だから胸の部分が窮屈そうに盛り上がっている。鎧を装備していた時は分からなかったが、ナイトはローラと同じくらい胸が大きい。
『ギルベルトは本当にやらしいんだから。一体どの子が好きなのか気持ちを聞かせて欲しいところだよ』
「俺は全員好きだよ」
『という事は遂にハーレムルートに突入したのかな? なんと嬉しい響きだろうか。久しく聞かなかったよ。ジェラルドも自分のモンスター娘の事を全員好きだと言っていたかな……』
「僕もお兄ちゃんが好きです。僕をアポロニウス様から救ってくれたから……」
ナイトは赤面しながら俺の手を握ると、俺は何だか恥ずかしくなって地面に視線を落とした。狭い室内で美しいナイトと二人きりで居るのだ。ナイトはどこからどう見ても人間の女にしか見えず、外見の年齢も俺とほぼ同じくらい。見た目も完璧の俺の好みだ。
「お兄ちゃん。もし僕がアポロニウス様に勝てたら、その時は僕に新しい名前を下さい。自分が所属するパーティーのリーダーから名前を授かるのが一族の習わしなんです」
「わかったよ。素敵な名前を考えておくからね」
「ありがとうございます。楽しみにしていますね」
「ああ。そろそろ休もうか」
「はい、すっかり疲れてしまいました……」
それから俺とナイトは乱雑とした室内に毛布を敷き、下層を目指して進む前に仮眠をとる事にした。ゴツゴツとした床の上に毛布を敷いているから寝心地が非常に悪い。こんな劣悪な環境で二週間も過ごさなければならないのか……。
「お兄ちゃん。何だか緊張して眠れません……」
「俺もだよ。心地良い疲れと興奮が入り混じってなかなか眠れない」
「ダンジョンの攻略って恐ろしいけど、何だか面白いですね。最下層には一体何があるのでしょうか」
「到達した者以外には分からないよ。だけど、比較的早い段階でナイトが属性を習得出来たから、地上に戻るまでにじっくりと属性を鍛える事が出来るね」
「そうですね。お兄ちゃんのお陰です。ありがとうございます。戦闘の最中も僕を守ってくれて。アポロニウス様よりずっと優しいんですね」
「俺が無理やりアポロニウスから引き離した様なものだからね。責任を持ってナイトを守ると誓うよ」
「頼りにしています。そろそろ眠くなっちゃいました。僕、お兄ちゃんの胸で寝ても良いですか……」
ナイトは俺の胸に顔を埋めると、心地良さそうに眠り始めた。初めて出会った時は随分頼りなかったが、ダンジョンの攻略を始めてからのナイトは徐々に頼れる騎士へと成長を始めている様だ。この調子ならすぐに俺よりも強い力を身に付けるだろう。全く……。モンスター娘とはなんと逞しい生き物なのだろうか。
ダンジョンの攻略を始めた翌日、俺達は二階層に到達した。二階層は一階層よりも遥かに広く、スノウウルフの数も多かったが、俺はナイトと協力して、次々と敵を討伐して回った。
毎日の睡眠時間を削り、下層を目指してひたすら進み、死に物狂いで剣と魔法の稽古を積んだ。ナイトはレイピアとバックラーを使った戦い方を習得し、剣に氷のエンチャントを掛けて攻撃力を強化する術をマスターした。
俺は相変わらず二刀流で、二本の剣に火と雷を纏わせて戦う事にしている。魔力の総量も徐々に増え始め、剣に纏う魔法の威力も日増しに強くなっている。激しすぎる訓練の後はスノウウルフの肉とパン、それから葡萄酒を飲んで過ごした。いくら訓練を積んでも大量のタンパク質を摂取しているからか、体の回復は早かった。
ダンジョン攻略を始めてから五日目。遂に四階層まで降りる事が出来た。四階層はスケルトンが巣食う地下墓地になっており、無数のスケルトンが俺達に襲い掛かってきたが、息が合った俺とナイトの連携の前では、スケルトンの攻撃は俺達の体に触れる事もなかった。
俺達はさらなる強さを手に入れるために、狂戦士の角笛を使用して、五人の狂戦士達と訓練をする事にした。狂戦士達には殺すつもりで俺達に勝負を挑む様にと命令し、俺はナイトと協力して、狂戦士達と激しすぎる打ち合いを重ねた。
訓練が終われば細やかな宴を開き、狂戦士達と共にパンとスノウウルフの肉を食べ、葡萄酒を飲んだ。ダンジョンでの生活は厳しく、睡眠中にスケルトンやスノウウルフの襲撃を受けた事も何度もあった。
それでもナイトの明るい性格や、俺達を信じて待つ仲間の顔を思い出せば、不思議と心の奥底から活力が湧いてきた。
ダンジョン攻略から十日目、俺達は遂に七階層に到着する事が出来た……。




