第四十六話「モンスター討伐」
俺はまた新たなモンスターを封印してしまったのだろうか。俺自身が封印したというよりも、ナイトが自分の意思で人間化した様に思えた。美しい銀髪が肩まで伸びており、澄んだ青い瞳で不思議そうに俺を見つめている。
それから何度も自分の体に触れると、人間になれた事が嬉しいのか、俺の手を握って微笑んだ。やはりモンスターが人間になると人とは違った魅力を持つモンスター娘になるのだな。古ぼけた鎧を自分の指で触り、初めて人間として触れる全ての感触に感動しているみたいだ。
「僕……。もうモンスターじゃないんですね。人間になったんですね!」
「ああ。ナイトは人間になったんだよ」
「旅の間に何度も人間になれたら良いなって思っていたんです。だけど本当に人間になれるなんて……!」
「人間になれて嬉しい?」
「はい! ずっと人間に憧れていましたから。食べ物を食べたりおしゃれをしたり、やりたい事が沢山あるんです。しかし、今はアポロニウス様に勝つために努力しなければなりませんね」
ナイトは右手にレイピアを持ち、武器の感覚を確かめる様に何度か突きを放つと、新しい肉体に順応したのか、遅かった突きは次第に鋭くなり、左手にスノウウルフの魔石を持っているからだろうか、ナイトのレイピアには冷気が纏わりついている。レイピアが空を切ると、美しい氷の魔力が辺りに充満した。
ナイトは新たな体とレイピアの相性が良い事に気が付いたのか、それから何時間も剣技を練習した。一度訓練を始めると抜群の集中力を発揮し、ひたすら単純な動作を繰り返した。左手に魔石を持ったまま右手に武器を持ち、魔石の持つ属性を一時的に体内に取り込んでから武器に流しているのだろう。随分器用なエンチャントの仕方だが、ナイトは魔石を持てば氷の属性を使用出来るようになった。
勿論、魔石を使用しなければ氷を武器に纏わせる事は出来ない。ナイトの新たな体は水属性と氷属性に適正があるのだろう。魔石はついさっきまでは反応する事も無かったが、今では魔石自身が意思を持ち、ナイトに力を分け与える様に、青い光を放って輝いている。
それからナイトは剣を振り続け、すっかり疲れ果てて仕舞ったのか、俺の隣に腰を降ろした。人間の体だとファントムナイト時代よりも体力が低いらしい。それに、動けば自然と腹も減る。ナイトがお腹を鳴らして顔を赤らめたので、俺は聖者グレゴリウスからパンを頂き、ナイトにパンを渡した。
ナイトは初めて手にする人間の食料に興奮しながら大きなパンに齧り付いた。パンの味に感動したのか、食物を体内に取り入れる事に喜びを覚えたのか、彼女は涙を流しながらパンを食べた。
人生十五年間で、ここまでパンを美味しそうに食べる人を見るのは初めてだ。それから俺は聖者のゴブレットで水を作り出し、ナイトに水を飲ませた。ファントムナイト時代は一切の栄養を必要としなかったから、ナイトはゴブレットから水を飲むと、新鮮な水の美味しさに感動し、再び涙を流した。
「これが生きるという事なんですね……。ファントムナイト時代は栄養も必要なく、体が疲れる事も殆どありませんでした。人間になってみて、何時間か剣を振っただけで体には疲労を感じ、お腹も減りました。こんな感覚は初めてです」
「生物としてはファントムナイトの方が遥かに優れてると思うよ。人間は栄養が無ければ生きられないけど、魔力の体をしたファントムナイトは栄養が必要ないのだから」
「確かに栄養は必要ありませんが、僕達は魔力が強い場所で魂を休ませる習慣があるんです」
「魔力が強い場所?」
「はい。例えばこんな場所ですよ。お兄ちゃん……」
ナイトは俺の肩に頭を乗せると、静かに目を瞑って眠りに就いた。ナイトは人間になれた事を随分喜んでいる様だ。やはりファントムナイトとして生きづらい思いをしてきたからだろう。ローラの様に同種族のモンスターから暴行を受け、辛い日々を過ごしてきたのだろう。これからは俺がこの子を守らなければならない。
俺はナイトの美しい銀色の髪を撫でると、彼女は寝ぼけて俺の体に抱きついた。一人称が僕のモンスター娘とはなんとも不思議だが、こうして近くで見ていると、ナイトの美貌に胸が高鳴る。髪はローラやエリカよりも短く、細くて美しい艶がある。
『ギルベルトはやっぱりハーレムをお望みなのかな? 僕はギルベルトならジェラルドに追いつけると信じてるからね』
「冗談は大概にして、ナイトは自分の意思で人間になったと思うかい?」
『そうだね。望んで封印されたと思うよ。そもそも、ギルベルトと意思が通じ合っていなければ、決して封印する事は出来ない。心の奥底でモンスターとしての人生を変えたいと思っていたんだろう。そんな時に自分の人生を変えてくれるギルベルトが現れた』
「ガチャ。俺は正しい事をしているのだろうか」
『それは僕には判断出来ないけど、今のところローラもエリカも幸せに生きているみたいだから、正しい事をしていると思うよ。モンスターを封印して終わりではなく、ジェラルドの様に守り抜いてこそ真の冒険者だと思うんだ。封印しただけで満足してはいけないよ』
「勿論。慢心せずに彼女達が幸せに暮らせる環境を作るつもりだよ」
それから錬金術師の指環は俺の言葉に満足する様に静かに輝くと、俺は疲労を感じたので、ナイトを抱き締めながら暫く休む事にした……。
仮眠から目を覚ますと、ナイトが微笑みながら俺を見つめていた。ナイトは人間になれた事に喜びを感じているのか、ファントムナイト時代よりも随分明るくなった様だ。今すぐにでも下層を目指したいと言ったので、俺は移動の前にスノウウルフの肉を食べ、水分を補給してから武器を抜いた。
魔法で作り出した炎を浮かべてダンジョン内を照らす。炎を前方に飛ばしながら闇を晴らし、トラップや敵の出現に警戒しながら、ひたすら暗闇を進む。先が見えない空間を進むという事は非常に恐ろしく、まるで出口のない深い闇の中に居る様だ。
一体いつまで歩けば二階層に降りる事が出来るのかも分からず、俺達はひたすら一階層の探索を続けた。暫く進むと通路の先から無数の気配を感じた。二本の剣を握り締め、ナイトを顔を見つめると、ナイトはレイピアを構えた。
瞬間、闇の奥からスノウウルフの群れが姿を現した。いつの間に背後を取られていたのか、通路の後方にまでスノウウルフが居る。敵の数は十五体程だろうか。緊張のあまり体は震え出し、涼しいダンジョン内に居るにも拘らず全身から汗が吹き出した。
警戒して進んでいた筈なのに、これほど多くのスノウウルフに囲まれてしまうとは。狂戦士の角笛を使って配下の狂戦士達を呼び出そうか。いや、折角ナイトと二人でダンジョンの攻略をしているのだ、どれだけ敵が強くても俺とナイトの力で乗り越えてみせる。マジックアイテムの力に頼りすぎれば成長の機会を失うからな。ここは自分達の力で切り抜けるしかないんだ……。
巨体のスノウウルフが飛び上がると、俺は咄嗟にナイトの前に立ち、二本の剣を交差させてスノウウルフの一撃を防いだ。攻撃はスケルトンやゴブリンとは比較にならないほど重く、尚且つ強い氷を纏っているから通常の物理攻撃よりも遥かに威力が高い。
全身の筋肉を総動員して、スノウウルフの強烈な爪の一撃を防ぐと、俺はスノウウルフの体に蹴りを放った。スノウウルフは俺の蹴りを顔面に喰らったが、血を流しながら落ち着いた表情を浮かべ、ゆっくりと円を描くように動いている。多少の怪我では闘志は衰えないという訳か。
それから後方に居るスノウウルフが飛び上がると、俺は左手に持ったグラディウスに雷を纏わせ、力の限り振り下ろした。俺の剣はスノウウルフの顔面を捉え、攻撃の瞬間にスノウウルフの体には強い雷が流れた。
グラディウスが小さな爆発音を発生させると、スノウウルフの体は遥か彼方まで飛んだ。やはりエンチャントを使用すれば攻撃の威力を上昇させる事が出来るのだな。敵は水と氷属性を体内に持っているのだから、雷属性を使用出来る俺の方が有利に戦えるに違いない。
グラディウスの攻撃を終えた瞬間、俺は背中に強い衝撃を感じた。目の前の戦闘に集中するあまり、全てのスノウウルフの動きを意識していなかった。スノウウルフは群れで狩りをするのだろう、前方の戦闘に集中すれば後方から容赦の無い一撃を喰らうという訳だ。
背中に激痛を感じながら立ち上がり、ナイトと背を合わせて再び剣を構えた……。




