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第四十二話「模擬戦に向けて」

 ローラの手を握りながら涼しい森を歩く。シャルロッテとエリカはナイトから今までの生活について話を聞いているようだ。どうやらファントムナイトは七人のパーティーで行動し、大陸を旅しながら冒険者ギルド等でクエストを受けて生計を立てているらしい。


 ファントムナイトの一族は、七人のパーティーを組んで狩りを行うのが一般的らしく、連携の取れたアポロニウスのパーティーは、レベル40程度のモンスターなら討伐出来る程の力を持っているらしい。


 リーダーのアポロニウスは火属性の魔法剣士で、ロングソードを巧みに操り、敵の攻撃を率先して受け、仲間に攻撃の機会を作るのが得意らしい。リーダーを支えるクレメンスは二本のダガーを使用して高速の連撃を放つ。風属性の剣士なのだとか。それからニコラスはパーティーで最も力が強く、身長よりも大きなハンマーを自在に操る事が出来るらしい。属性は地属性で、土の壁等を作り出して敵の攻撃を防御する事が出来るとの説明を聞いた。


「アポロニウス様が攻撃の機会を作り出し、クレメンスが体に風の魔力を纏わせて移動速度を強化し、ダガーの連撃を放ちます。それからニコラスは盾役ですが、攻撃力もアポロニウス様と同等なんです。魔力は低いですが、巨大なハンマーの一撃は岩をも砕くんです」

「大丈夫よ、ナイト。私達のバシリウス様はどんな敵をも貫くランスを持っている。それに、バシリウス様の鉄壁の防御を破る事は不可能」

「バシリウス様という方はミノタウロスだとか……? しかし、ミノタウロスを召喚獣にしている人間なんているんですね。全く信じられません」

「私も信じられないわ。旅から帰ってきたらギルベルトはミノタウロスと契約を結び、召喚獣にしていたのだから」


 シャルロッテとエリカがナイトからアポロニウスのパーティーの戦い方を聞き出している。エリカは柔和な笑みを浮かべてナイトの肩に手を置いている。ナイトは荷物持ちとして巨大な鞄を背負っていたが、パーティーを一ヶ月程離脱する際に、荷物をアポロニウスに返したのだとか。


 現在は錆びついた剣を腰に差しているだけで、他に荷物は持っていない。養うべき仲間がもう一人増えたという事か……。


「ねぇ、ギルベルト。ローラも模擬戦に出なくて良かったの?」

「ああ。今回はバシリウス様に頼む事にしたんだ」

「バシリウス様、本当に強いもんね。絶対に勝てるよね」

「それは分からないよ。バシリウス様一人だけ強くても、連携の取れたアポロニウスのパーティーには敵わないかもしれない。こちらも三人での戦い方を学ばなければならないんだ」

「ローラのギルベルトなら勝てるよ! だって私を守ってくれたんだから!」

「スライムからローラを守るのと、百戦錬磨のファントムナイトと剣を交えるのでは難しさが違うんだよ。だけど俺は何が何でも勝ってみせる。同種族のモンスターを虐めるアポロニウスには我慢ならないからね」

『久しぶりに迫害されているモンスターを見つけた訳だね。使命に向かって前進するギルベルトを誇りに思うよ。だけど今回は流石に相手が悪いかな……』


 ガチャは指環から魔石ガチャの姿に戻ると、ヨチヨチと俺の隣を歩き始めた。何度見てもガチャが歩いたり食事をしている姿が面白くて仕方がない。可愛らしい見た目とは裏腹に、パーティー中で最も毒舌、かつ素直で冷静に物事を判断する。


 今のところ、彼の助言や判断が間違いだった事は無い。時折、俺では理解出来ない未来まで見えているのではないかと思う時がある。ヴェロニカと出会った時も『この縁は大切にする様に』と助言をしてくれし。


「まぁ、ギルベルトが無謀なのは今に始まった事ではないけど、以前ジェラルドが話していた事が気になるんだ」

「どういう事だい?」

「ファントムナイトという生き物は戦闘に特化したモンスターで、物理攻撃が殆ど通用しない、と言っていたかな。鎧の体にダメージを受けても痛みを感じる事はなく、鎧が壊れたり外れた場合には激痛を感じる仕組みになっているらしい。ファントムナイトを完全に仕留めるには、鎧を破壊するか、魔力の体を消滅させるしかないのだとか」

「鎧を破壊出来る程の攻撃力が無ければ勝負にもならないと言う訳か」

「もしくは、鎧を残して本体である魔力の体に直接ダメージを与える。体は鎧で包まれているけど、中身は魔力の塊でしかない。アポロニウスが火属性の使い手なら、水属性や氷属性の魔法が使用出来れば有利に戦えるだろうね」

「俺とバシリウス様は火と雷属性だから、相性は悪くはないという訳だ」

「不利ではないけど有利でもない。アポロニウスの方がギルベルトよりもレベルが上なのだから、当然強力な炎を使用出来ると想定した方が良いよ。ギルベルト程度の炎ではアポロニウスの魔力の体を傷付ける事は不可能。だから雷属性で攻めた方が良いだろうね」

「ガチャは戦闘について随分詳しいんだね」

「僕は冒険者の生活を支えるために生まれてきたマジックアイテムだからね。冒険者生活に必要な事は大抵記憶しているよ」


 ナイトは自分の意思で動く箱を見て愕然とした表情を浮かべている。


「お兄ちゃん。その箱はなんですか?」

「これは魔石ガチャといって、錬金術師のジェラルド・ベルギウスが作り上げたマジックアイテムなんだよ」


 俺はガチャの力をナイトに説明した。モンスター封印と魔石ガチャの効果についてだ。魔石があればエリカやナイトの新装備を得る事も出来るのだが、今は魔石を一つも持っていない。バシリウス様と訓練をしながら魔石を集め、魔石ガチャで武具を入手し、エリカとナイトを装備を充実させなければならないな。


 バシリウス様と俺は今の装備でも戦えるが、ナイトは古びた鎧に錆びついた剣しか持っていない。エリカに至っては俺のお古の服を着ているだけで、武器すら持っていないのだ。早くエリカの普段着や装備を揃えたいが、お金が無いから買う事も出来ない。


「ギルベルト。私なら適当な木を削って棍棒を作るから良いわ。先にナイトの装備を揃えてあげて」

「分かったよ。魔石ガチャで武器が出たらエリカに渡すからね」

「ええ。楽しみにしているわ」


 まずは廃村に巣食うスライムやスケルトンを狩り、訓練を開始出来る環境を作る。それからバシリウス様を召喚して模擬戦について話し合いを行う。ヘルゲンに戻ったばかりなのに、やらなければならない事が多いが、それでもアポロニウスとの戦いに楽しみを感じている自分が居る。


 これから一ヶ月間で更に力を付け、ナイトとバシリウス様と共に勝利を収めてみせる。模擬戦が終わったら暫く休みを取り、ゆっくりとヘルゲンで休暇を楽しむのも良いかもしれないな。田舎を出てからどうも俺は忙しく生きすぎている気がするし……。


 涼しい森の空気を味わいながら、ローラの小さな手を握って森を進む。ローラは体力が尽きたのか、地面に座り込んでしまった。俺はローラを背負い、再び森を歩き始めた。ゴールデンスライムだったローラは三十分も歩くとすっかり疲れ果ててしまうのだ。


 人間化したローラの体力や魔力は、ゴールデンスライム時代の能力から然程変化していない。レッサーミノタウロスだったエリカが封印を経ても人間では考えられない力を持っている。モンスターを封印しても、モンスター時代の性質は変わらずに引き継げるという訳だ。


「ギルベルト。絶対負けないでね……」

「勿論。勝つために頑張るよ」

「私も訓練に協力するわ」

「ありがとう、エリカ」


 ヘルゲンを出て一時間ほど歩くと廃村に到着した。相変わらず廃村の外周にはスケルトンが巣食っている。以前は廃村の外周に巣食うスケルトンの群れを見ただけで緊張したものだが、自分自身が強くなったから、スケルトン相手では恐怖心すら抱かなくなった。


 俺はローラを降ろしてブロードソードを右手で抜き、左手でグラディウスを抜いた。ナイトは錆びついた剣を構えて俺の背後に隠れている。どうやら戦闘は苦手なのか、怯えながらスケルトンを見つめている。


 ローラは普段通り落ち着いてパーティー全体の動きを確認しながら、天地創造の杖を持っている。ガチャはこれから戦闘が始まると理解しているのか、指環の姿に戻った。エリカは手頃な木をへし折り、巨大な丸太を抱えている。怪力にも限度があると思うのだが、エリカは顔色一つ変えずに巨大な丸太を持って待機している。


 シャルロッテはムーンロッドを抜き、ローラの隣で待機した。スケルトンの集団が俺達パーティーに気がついたのか、一斉に武器を振り上げて襲い掛かってきた……。

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