第四十一話「ファントムナイト」
「何か用か? 人間」
「仲間を虐めるのは大概にしておけよ」
「どうしてお前の指図を受けなければならないんだ?」
シャルロッテは背の低いファントムナイトに駆け寄ると、腕を引っ張って立たせた。それからシャルロッテがファントムナイトの肩に手を置いて微笑むと、俺はついに迫害されているモンスターを見つけたと確信出来た。
「自分の部下に手を上げて荷物まで持たせるとは。お前はそれでも仲間を導くリーダーなのか?」
「ほう。わざわざ俺に喧嘩を売るとは、腕に自信があるのか? 俺が自分の部下をどう扱おうがお前には関係ない事だ」
「大いに関係あると思うが。何故この者はお前から暴行を受けなければならないんだ?」
「弱いからだ! 我々ファントムナイトは人間と共に悪質なモンスターを狩り、この世界を住みやすい土地に変えるために生きている。モンスターを狩る力すら無い出来損ないのチビをどう扱おうが勝手だろうが」
「どうしてこの子が弱いと思うんだ?」
「お前に説明する義理はないが、このチビは属性持ちではない。体に属性すら持たない出来損ないだからだ」
「出来損ない? 属性があれば偉いのか? 自分の部下一人育てられないリーダーが偉そうにするな」
真のリーダーとはバシリウス様の様な、仲間を守るために自らの盾で敵の攻撃を防ぎ、最大限の愛を持って接する者の事を言う。俺は常々バシリウス様の様にパーティーを導ける人物になりたいと思っている。
属性がないから、弱いからと理由を付けて暴行を振るうアポロニウスに腹が立った。人は誰でも優劣がある。戦闘力が高い者が居れば低い者も居て当たり前だ。強いから偉いとでも言わんばかりのアポロニウスの態度は気に入らない。
「それならお前はそのチビを育てられるとでもいうのか?」
「無論。お前よりは遥かに効率良くこの者を鍛える事が出来る」
「そうか……。それなら一ヶ月後に模擬戦を行おうではないか。こちらは俺とクレメンス、ニコラスの三人だ。三対三で決着を付けようではないか」
「三対三だと……?」
「そうだ。どんな仲間を連れてきても良い。お前とチビ、それからもう一人の戦士を加えて三対三だ。場所は商業区に位置する中央闘技場。お前が俺達に勝つ事が出来れば、俺はチビをパーティーから脱退させる。しかし、お前が俺達に勝てなければ、その時はその右腕を貰う」
「良いだろう」
咄嗟に返事をしてしまったが、右腕を渡すとはどういう事だ? きっと模擬戦に負ければ俺は右腕を切り取られるという事だろう。とんでもない提案を受けてしまった。不利なのは俺だけではないか。
「せいぜい死ぬ気で鍛えるが良い。ちなみに教えておいてやるが、俺のレベルは45。クレメンスがレベル38。ニコラスは35。そしてチビのレベルは10だ……」
「レベルは関係ない」
「逃げ出せばお前を見つけ出して仕留めるからな。六月一日の十五時。中央闘技場だ」
「わかった」
アポロニウスは部下を引き連れて再び町を練り歩くと、チビと呼ばれるファントムナイトは力なく座り込んでしまった。
「大丈夫かい?」
「どうして僕のために……。アポロニウス様に勝つなんて絶対無理です!」
「勝負する前から無理だと決めるけるのはいけないよ」
「ですが……。アポロニウス様は無敗の剣士。とてもではありませんが、人間が敵う相手ではありません」
「これから一ヶ月もあるんだ。一緒に鍛えて模擬戦で勝利を収めよう」
「僕はレベル10だから……。お兄ちゃんの足を引っ張るかもしれません」
お兄ちゃん? 自分の事を僕と呼んでいるから男なのだろうか? そもそも、魔力の体をしたファントムナイトに性別はあるのだろうか。鎧の中を覗いてみると、半透明の魔力が充満していた。
「ちょっと! 僕の体を見るなんて……。恥ずかしいですよ……」
「ごめんごめん。中はどうなってるのかなと思って」
「ギルベルト。本当に戦うつもり? 正直、今のギルベルトでは勝てないと思うわ。相手の体から感じる魔力だけでもギルベルトを遥かに上回っている。装備だってアポロニウスの方が遥かに立派だし」
「だけど、この子を一ヶ月間自由に出来るじゃないか。これから鍛えれば良いんだよ」
「一ヶ月でアポロニウスに勝てる力を身につけられるとは思わないわ」
「勝負は三対三だろう? それなら勝算はある。俺はバシリウス様に協力を頼むつもりだよ」
「確かにミノタウロスが試合に出れば、いくらアポロニウスが強かったとしても太刀打ち出来ないでしょうけど、他の二人もかなり手強そうだったわ。バシリウス様一人だけ強くても三対三の勝負ではまだこちらが不利だと思うの」
「これから俺とこの子が死ぬ気で鍛えれば大丈夫だよ」
俺は小さなファントムナイトの肩に手を置くと、彼は困惑した表情で俺を見上げた。まずは仲間の元に戻り、アポロニウスとの取り決めを話そう。
「俺は剣士のギルベルト・カーティス。それからこちらは魔術師のシャルロッテ・フランツだよ」
「僕は……。まだ名前はありません。所属するパーティーのリーダーが一人前だと認めてくれた時、初めて名前を授かるんです」
「まさか、名前すら無いなんて……」
「名前が無ければ不便だから、暫くはナイトと呼んでも良いかな」
「はい。パーティーではいつもチビと呼ばれていましたから」
こうしてこれから一ヶ月間、ナイトと共に訓練を行う事にした。それから道具屋に戻ると、アンネさんとヴェロニカが楽しそうに店内を見て回っていた。丁度全ての仲間が集っているので、俺はアポロニウスとの一部始終を話した。
「レベル10のファントムナイトとギルベルト。それからバシリウス様の三人でファントムナイトのパーティーと模擬戦を行い、勝利出来なければ右手を失うか……。全く、ギルベルトは何を考えておるのだ? よくもまぁ、そんなに不利な提案を受けたものだ」
「しかしヴェロニカお嬢様。ギルベルト様は勇敢な決断をしたと思いますよ」
「勇敢と無謀は違うぞ。アンネ」
「ローラが手伝える事はないの? ギルベルト」
「ローラは俺達の訓練を支えてくれるかな」
「わかった! ローラのギルベルトだもん! なんでも手伝うの!」
「ありがとう。ローラ」
ローラは嬉しそうに微笑むと、俺の背中に抱きついた。そんな様子をシャルロッテとヴェロニカは不満そうに見つめている。エリカは俺の肩に手を置くと、静かに微笑んだ。
「バシリウス様とギルベルトが組めばどんな敵にだって勝てるわ。ケンタウロス族との戦いにも勝利出来たのだから!」
「しかしだな。敵は知能も戦闘力も高いファントムナイトのパーティーだ。いくらバシリウス様が強かったとしても、ギルベルトとナイトが足を引っ張れば、勝利はないだろうな」
「ヴェロニカ様。それは私も同感です。一ヶ月でどこまで強くなれるかが問題ですね」
「ギルベルト。道具屋の経営は私に任せて、バシリウス様と共に訓練を行うがよい。三人で訓練を行い、極限まで己を鍛えるのだ。男なら自分の信念を貫いてみせろ。私とアンネもギルベルト達を応援している。何か出来る事があればいつでも言ってくれ」
「ありがとう。ヴェロニカ。アンネさん」
それから俺は店内にマナポーションを陳列し、聖者の袋からパンを取り出した。ヴェロニカにマナポーションを購入した人にはパンを一つサービスしてくれと頼むと、彼女は良い考えだと褒めてくれた。
勝負は今日から一ヶ月後。幸いバシリウス様は召喚獣として契約しているから、召喚魔法を使用すればいつでもヘルゲンに呼び出す事が出来る。まずは廃村にでも行ってバシリウス様を召喚し、アポロニウスとの取り決めについて説明する。それから廃村でモンスターを狩りながら魔石を集め、俺とナイトの訓練を行う。
ローラとエリカ、それからシャルロッテも同行すると言ってくれたので、俺は店をヴェロニカとアンネさんに任せ、すぐに廃村に向かって歩き始めた……。