第四十話「二人の時間」
久しぶりにシャルロッテと二人で町を歩く。ギルド区を見物しながら商業区に入ると、既に商人達は店を開けており、俺達はひのきの棒を購入した武具屋で戦利品を売る事にした。
広い店内の隅には相変わらずひのきの棒が置かれており、俺は何だか懐かしくなってひのきの棒を手に取った。ヘルゲンに訪れた時はあまりにもお金がなくて、こんな武器しか買えなかったんだ。それが今では公爵様から土地を頂き、道具屋の経営を始めている。
人生はどう変わるか分からないんだな。シャルロッテと堅焼きパンを分けて食べていた事が懐かしい。暫く店内を見て回り、俺は店主にアイテムの買い取りをお願いする事にした。
買い取りを頼んでから、カウンターに戦利品を並べる。以前使用していた変形したライトメイル。スケルトンが使用していた錆びついたメイス。それから無数のナイフやダガー、ランスやショートソードを置くと、カウンターに乗り切らずに武器が床に落ちた。
「こんなに大量の戦利品を持ってくる冒険者も珍しいが……。このランスはなかなか良いものだな。どこで手に入れたんだ?」
「これはケンタウロス族が使用してたランスです。森でケンタウロスを仕留めて手に入れました」
「ケンタウロスのランスか。人間には大きすぎるから、一度溶かして再利用する事にしよう。全部で二千ゴールドで買い取るぞ」
俺は代金の二千ゴールドを頂き、懐に仕舞った。それからマジックバッグを漁ると、以前ガチャで手に入れたムーンロッドを見つけたので、杖をシャルロッテにプレゼントする事にした。平凡な三十センチの木製の杖だが、シャルロッテは今まで杖を使用せずに魔法を使っていたので、俺から杖を受け取ると、満面の笑みを浮かべて俺の手を握った。
「ありがとう。素敵な杖ね。私、ずっと杖が欲しかったの」
「気に入って貰えたなら嬉しいよ」
「ええ。気に入ったわ。大切に使わせて貰うね」
シャルロッテはベルトに杖を差すと、すっかり機嫌を良くして、俺の手を握って町を歩き出した。今日はこれから新居に必要な物を購入しなければならない。それからエリカの武具も必要だろう。魔石があればガチャを回せるのだが、今は魔石が一つもないので、モンスター討伐をして魔石を収集しなければならない。
やらなければならない事は多いが、俺の人生は確実に動き始めている。生まれ故郷を飛び出して冒険者になり、ケンタウロス族との戦闘に勝利を収め、レッサーミノタウロスが暮らす町を作った。そして今は道具屋の経営を始めているのだ。
「私、まさか道具屋を始める事になるとは思わなかったわ」
「俺もだよ。だけど人生には様々な可能性があると思うんだ。冒険者になるためにヘルゲンに来たけど、道具屋を営みなら冒険者を続けるのも面白いと思うんだ」
「それはそうね。魔石ガチャがあればアイテムはいくらでも手に入るんだから」
「迫害されているモンスターを見つけて封印し、保護しながら冒険者生活を続ける。きっと俺達の人生はこれからますます面白くなるよ」
「ギルベルトと居ると退屈しそうにないわ」
シャルロッテは白い尻尾を楽しげに振りながら俺を見上げている。形の整った猫耳が何とも可愛らしい。ケットシーと人間の間に生まれると、シャルロッテの様なモフモフした女の子が生まれるのか。もしかして俺は獣人が好みなのだろうか? 一度も恋愛をした事がなかったから、一体自分がどういう女の子が好きなのかも分からない。冒険者生活に余裕が出来たら恋人を作ってみようか。
商業区で寝具を扱う店を探し出し、人数分の布団を購入した。俺とローラは二人で一つの布団を使うので、全部で三つだ。布団セットは二千三百ゴールドだったが、シャルロッテが強引に値引き交渉をして二千ゴールドで購入する事が出来た。
現在の所持金は二百二十ゴールド。シャルロッテは十ゴールドしか持っていないらしい。
「いつも思うけど、私達って本当に貧乏ね」
「それを言うなよ。だけど聖者のゴブレットと聖者の袋があるから、食べ物に困る事はないよ」
「確か聖者の袋はパンを頂けるんだったわね」
「そうだよ。袋の中で暮らす聖者グレゴリウスからパンを頂けるんだ。その代わり他人にもパンを分け与えなければならない」
「聖者シリーズって他人に施しをする事が目的とされたマジックアイテムなのよね。同じパーティーの私達に分け与える事は、聖者グレゴリウスからすると他人に与えている事になるのかしら」
「どうだろう。赤の他人に分け与えた方が良いとは思うけど、パンを与える機会なんてなかなか無いよ……」
シャルロッテは暫く悩むと、ハッとした表情を浮かべて俺の服を握った。
「道具屋でパンを配るのはどう? マナポーションを一つ購入するとパンをサービスするとか!」
「それは良い考えだね! マナポーションならシュルスクの果実さえあれば制限なく作れるから、無料でパンをサービス出来て、マナポーションの代金を稼げるという訳だ」
「ええ。せっかく商業区に来たのだから、マナポーションの相場を調べましょうか」
それから俺達は魔術師向けの道具屋を探し、マナポーションの値段を調べて回った。相場は百五十ゴールドだったので、俺達の道具屋では百ゴールドで販売する事にした。相場よりも五十ゴールド安く、尚且つパンもサービスする。
俺は儲けを気にせず、ヘルゲンの人達が豊かに暮らせる様に働くつもりだ。相場よりも遥かに安く販売するから、他店には悪い気がするが、品数が少ないのですぐに売り切れになるだろう。
それから俺とシャルロッテは少ないお金を合わせて、人数分の昼食と夕食を購入した。大きなホールチーズと乾燥肉、それからナッツの詰め合わせを買うと、全てのお金を使い果たして仕舞った。また無一文になってしまったが、このギリギリの感じが何だか癖になるのはどうしてだろうか……。
以前マナポーション製造機で作ったマナポーションがまだ十五個も残っているので、帰ったらすぐに棚に並べる事にした。当面は主力商品がマナポーションだけになるが、魔石を入手してガチャを回すまでの辛抱だ。
一度で大きく稼げれば生活は安定するが、そのためには特殊な効果を持つマジックアイテムを販売しなければならない。羽根付きグリーヴや鉄の玉、聖者シリーズ等のマジックアイテムは冒険者としての人生を大きく変える程の力を持っている。販売する相手は慎重に選ばなければならないだろう。
シャルロッテと他愛の無い話をしていると、俺は見慣れない冒険者の集団を見つけた。七人の冒険者は頭の天辺から足の爪先まで鎧で身を固めている。随分物々しい雰囲気だ。先頭を歩いている者がリーダーなのか、美しい金の装飾が施された鎧を身に着けている。一目見ても高レベルの冒険者だと分かる。
一列に並んで、辺りを警戒しながらゆっくりと町を練り歩いている。ロングソードを持つ者も居れば、スピアを持つ者も居る。腰に二本のダガーを差す者も居れば、巨大なハンマーを背負っている者も居る。何と個性的な集団なのだろうか。
「どこのギルドの冒険者かな?」
「ギルベルトは知らないのね……。あれは冒険者ではなくて、魔獣クラスのモンスター。ファントムナイトよ」
「ファントムナイト?」
「ええ。鎧の体をしたモンスターなのよ。鎧の中は魔力の塊になっていて、人間と共存する神聖な生き物なの」
「初めて聞いたモンスターだ。てっきり中身は人間かと思ったよ」
最後尾を歩いている者は身長が百六十センチ程で、汚れきった金属製の鎧を身に付けている。他の六人は美しく磨かれた鎧を装備しているが、一人だけ装備が随分と貧相だ。腰には錆びついた剣を差しており、背中には巨大な鞄を背負っている。
荷物持ちなのだろうか。大きな鞄を重たそうに背負いながら、ゆっくりと六人の後ろを歩いている。リーダーと思われる人物が立ち止まると、後方から付いて来る背の低いファントムナイトの腹部を蹴り飛ばした。
背の低いファントムナイトはバランスがとれずに尻もちを付くと、他のファントムナイト達が笑い出した。もしかして虐められているのだろうか。俺の脳裏にはローラが廃村でスライム達から暴行を受けていた時の光景が浮かんだ。
「お前は属性魔法すら使えないのに、荷物もろくに運べないのか?」
「すみません。アポロニウス様」
「全く、どうして俺がお前みたいな出来損ないを連れて旅をしなければならないのだ。他の部下は全員優秀だというのに。お前が居るから高レベルのモンスターと戦闘も出来ないではないか」
「すみません……。アポロニウス様」
「くれぐれも一族の品格を落とさないように気をつけるんだな。お前みたいな出来損ないは荷物持ちにしかなれないんだから」
「すみません……」
背の低いファントムナイトが申し訳なさそうに立ち上がると、アポロニウスは手の平で部下の頬を叩いた。会話の内容から察するに、モンスター討伐をしながら旅をしているのだろう。背の低いファントムナイトは何度も頭を下げると、アポロニウスは拳を握り締めて部下の頬を殴った。
「全く。お前が居なければ俺達は更に効率良く狩りが出来るというのに! どうしてお前は属性すら持たないんだ。どうしてお前はそんなに落ちこぼれなんだ!」
「すみません……」
背の低いファントムナイトが声を震わせながら謝罪すると、アポロニウスは再び拳を振り上げた。俺はそんなやり取りに無性に腹がたったので、アポロニウスの腕を握り締めた。騎士のガントレットのお陰で筋力が強化されているが、アポロニウスは信じられない力で俺の手を振り解くと、静かに俺を見つめた……。




