第三十八話「新たな人生」
ヴェロニカの『大人になるまで待ってくれ』とは一体どういう意味だったのだろうか? それから『勝手に彼女を作るな』とも言っていたな。俺は生まれてから十五歳まで一度も恋愛をした事もなく、誰かを好きになった事もなかった。ヴェロニカは俺に恋愛感情を抱いてくれているのだろうか?
俺は冒険者としての生活を初めてから、生きる事に忙しくて恋愛をしようと考えた事もなかった。兎に角、これから俺は道具屋の経営を始めなければならないのだ、暫くは恋愛をする余裕は無いだろう。
まずは道具屋を建て、ガチャで得たアイテムを販売する。道具屋の経営と並行して冒険者としても地域を守るために働く。それから、ガチャを使用する条件である、迫害されているモンスターを探す事も忘れてはならない。魔石ガチャは俺が都合良くお金を稼ぐための道具ではないからな。
ヘルゲンに来てから短期間で二体ものモンスターを封印する事が出来たのだ。ガチャもこの結果には満足している事だろう。それに、封印をしなくても、レッサーミノタウロスの一族を救う事が出来た。封印をする事だけが迫害されているモンスターを巣食う手段ではない。
「何を考えているのだ?」
「これから先の人生の事ですよ。ヴェロニカ」
「そうか。それから敬語も使わなくて良いぞ」
「本当ですか?」
「うむ。それから私の事を貴族だと思わなくても良いぞ。私はたまたま公爵の娘として生まれただけだ。私自身は貴族として何も民に尽くせていないのだからな……」
「そんな事はないよ。ヴェロニカが居なければ、レッサーミノタウロス達は命を落としていただろう。それに、俺はヴェロニカの気持ちに答えたくて、バシリウス様の試練を乗り越える事が出来たんだ。ヴェロニカは自分が思っているよりも他人に対して貢献しているという事を忘れてはいけないよ」
「本当か……?」
「勿論。まだ十三歳だというのに俺達の事まで心配してくれて、ヴェロニカのお陰で俺はレッサーミノタウロスを守るという信念を貫く事が出来た。ヴェロニカの判断が大勢の命を救ったんだよ。これからレッサーミノタウロス達は新たな土地で幸せに暮らしていくだろう。幸せを作ったんだよ。ヴェロニカは。自分が何もしていないなんて思わなくても良いんだよ。俺は既にヴェロニカの優しさに助けられているんだからね。本当にありがとう」
「どういたしまして……。ギルベルト……」
ヴェロニカは目に涙を浮かべながら俺を見上げた。月明かりがヴェロニカの美しいサファイア色の瞳を照らし、金色の艶のある髪に反射して幻想的な美しさを醸し出している。何と可憐で美しい少女なのだろうか。
突然愛の告白の様な事を言われたからか、俺自身もヴェロニカを意識し始めているのだろう。これから更にヴェロニカの事を知りたいと思うし、彼女は俺よりも二歳年下だが、年齢の割りにはとても頼りがいがある。
十二歳でギルドマスターに就任し、十三歳でレベル50を超えているのだ。俺よりも遥かに多くの試練を乗り越えて生きてきたのだろう。俺はそんなヴェロニカと対等に話が出来る男になりたい。
今の俺は田舎から出てきた駆け出しの冒険者でしかない。更に己を鍛え、ヴェロニカを支えられる、仲間が誇れる冒険者になりたい。いつかは父の様に冒険者を引退し、家庭を持つのも良いだろう。
時間ならいくらでもあるんだ。バシリウス様の教えを忘れずに己を鍛え、誰かを本気で好きになったら、その時に愛を伝えれば良い。今はまず生活を安定させる事を最優先させなければならない。
道具屋の経営か……。魔石ガチャで得た魅力的なアイテムの数々をヘルゲンの人達に提供出来ると思うと、何だか俺は心の底から幸福感がこみ上げてきた。まだまだ俺の冒険者としての人生は始まったばかりだ……。
それから俺はヴェロニカと共に大広間に戻り、仲間達と深夜まで語り合った。ヴェロニカが今日は屋敷に泊まる様にと言ってくれたので、俺はヴェロニカの好意に甘えて客室を使わせて貰う事にした。
ガチャはシャルロッテと共に部屋を使う事になり、俺はローラとエリカと共に部屋を使う事になった。ローラとエリカは俺が封印したモンスターなのだから、基本的には俺と共に行動をする事になっている。それに、ローラもエリカも俺から離れたがらないからな。
客室は安宿とは比較にならないほど贅沢な空間だった。天井が非常に高く、白を基調とした家具が置かれており、窓を開けると美しい街並みを一望出来る。ローラは結局三十杯ほど葡萄酒を飲んだが、殆ど酔いは回っていない様だ。
ローラはふかふかした巨大なベッドに倒れ込むと、すぐに眠りに就いてしまった。俺は気持ちよく酔ったまま浴室に入り、暫く今後の人生について考えながら湯船に浸かった。
暫くするとエリカが浴室の扉を開け、体にタオルを巻いた状態で入ってきた。随分当たり前の様に俺と共に風呂に入ろうとするのだな……。あまりの恥ずかしさに俯くと、エリカはゆっくりと俺の隣に腰を降ろした。
広い大理石の浴槽に入っているにも拘らず、エリカは俺のすぐ隣に座っている。それからエリカは目を瞑って俺の肩に頭を乗せると、彼女の黒い角が俺の頬に触れた。たまにエリカがモンスター娘だという事を忘れてしまうが、二本の角を見ればエリカの本来の姿を思い出す。
「道具屋作り、楽しみね」
「そうだね。俺達が店を経営出来るんだ。どんな店にしようか」
「冒険者や市民の生活を支えられる店にしたいわ」
「室内に幾つか棚を並べて、アイテムを沢山陳列しよう。値段はなるべく安く、駆け出しの冒険者でも購入出来る値段の物を中心に販売したいな。俺自身、殆どお金を持っていないから、貧乏な冒険者の気持ちが良く分かるんだ」
「そうなの?」
「ああ。冒険者登録をした日なんて、ひのきの棒で狩りをしていたんだよ」
「それは大変だったわね。だけどもうそんな無茶はしなくてもいいわ。私がギルベルトを守るのだから」
「ありがとう。これからも頼りにしているよ」
「ええ。私達は家族になったのだから……。レッサーミノタウロスはローラとギルベルトの家族よ」
俺の腕にはエリカの豊かな胸が当たり、視線を落とすと大きな胸の谷間が見えた。ガチャがこの場に居たら『おやおや、もしかして興奮してるのかな?』なんて言うんだろうな。ガチャは久しぶりに再開したシャルロッテと共に居たいと言ったので、今日は別々に眠る事になった。
きっとシャルロッテを一人にしたくなかったからだろう。彼は意外とパーティー全体の事が見えているからな。これから多くのモンスターを狩り、魔石ガチャでアイテムを集めながら、道具屋の商品を充実させよう。
俺はエリカの美しい角を撫でると、エリカは優しく微笑んだ。水に濡れた長い紫色の髪が妙に色っぽく、頬を染めて俺を見つめるエリカに俺は思わず胸がときめいた。やはりモンスター娘は美しい。人間とは異なる魅力を持っている事は確かだ。
これからも多くのモンスターを封印する事になるだろうが、全ての仲間が幸せに暮らせる環境を作ろう。それが魔石ガチャを使用出来る俺の義務なのだ。数々の強力なマジックアイテムは、俺の冒険者としての生活を支えるために存在している。
俺はマジックアイテムの力に頼るだけの男にはなりたくない。これから剣と魔法の訓練を重ね、少しでもヴェロニカの強さに近づけるように努力しよう。
俺とエリカは湯船から上がると、エリカが体を洗って欲しいと言ったので、俺は恥ずかしさを堪えながら、タオルに石鹸を付けてエリカの体を洗い始めた。白く透き通る肌に豊かに盛り上がった胸。女性経験のない十五歳の男にはあまりにも刺激が強すぎる。
なるべくエリカの体を見ない様に彼女の胸を洗うと、手に余る程の柔らかい胸の感触に心臓が高鳴った。それからゆっくりと胸に石鹸を付けると、エリカは頬を染めて俺の唇に唇を重ねた。
「エリカ……。俺は今誰かと付き合うなんて考えられないんだ」
「いいの。私がしたいからしているんだから」
暫くエリカの豊かな胸に触れながら口づけをしていると、寝ぼけたローラが浴室に入ってきた。
「もう、ローラのギルベルトなのに!」
ローラはエリカから俺を引き離すと、俺はローラに連れられて浴室を出た。ローラは俺を体をタオルで拭き、髪を乾かしてくれると、後ろから俺を抱きしめた。彼女の豊かな胸が俺の背中に当たっている。なんと幸せな感覚だろうか。
「ローラのギルベルトなのに……」
ローラは俺を抱き締めながら眠りに落ちたのか、俺はローラを抱き上げてベッドに寝かせた。それからエリカが浴室から出て来ると、彼女の長い髪を乾かした。
「そろそろ寝ましょうか」
「そうだね。おやすみ、エリカ」
「おやすみ……。ギルベルト」
俺はローラとエリカに挟まれて目を瞑ると、ローラが寝ぼけて俺の唇に唇を重ねた。食事の夢でも見ているのだろうか。慌てて引き離すと悲しそうな表情を浮かべたので、俺はローラの豊かな胸に顔を埋めて眠る事にした……。
今日はヴェロニカから頂いた土地に道具屋を建てる日だ。ローラの石の魔法で二階建ての家を建て、一階を道具屋に、二階を住宅にしよう。お金がないから家具は買えないが、道具屋の経営が軌道に乗れば少しずつ家具を買い揃える事も出来るだろう。
冒険者としてヘルゲンの周囲に巣食うモンスターを狩りながら魔石を集め、迫害されているモンスターを封印する。更にモンスター娘を増やしてパーティーを拡大すれば、効率良く魔石を集める事が出来るだろう。
ヘルゲンに来た時はたった一人だったが、今では守るべき仲間が居る。俺はローラを揺すって起こすと、彼女は満面の笑みを浮かべて俺に抱きついた。ローラの豊かな胸が俺の胸に当たり、なんともいえない幸福を感じる
それからすぐにエリカが起きると、エリカは俺を包み込む様に後ろから抱き締めてくれた。俺の背中にはエリカの大きな胸が当たっている。仲間達が幸せに暮らせる環境を作ろう。
俺はエリカとローラを連れて部屋の窓を開けた。木造の建物が規則正しく並ぶ石畳の町。ここが俺達がこれから暮らしてゆく町なのだ。立派な道具屋を作り、仲間を増やして冒険者として成り上がってみせる。
「ギルベルト。今日は道具屋を建てるんだよね」
「そうだよ。ローラの魔法でね」
「任せて! ローラが立派な道具屋を建てるから!」
「魔法都市での生活か……。本当にこれから楽しくなりそうね」
「ああ。今日から俺達の新しい生活が始まる……」
俺達はゆっくりと朝のヘルゲンを眺めた後、シャルロッテとヴェロニカと合流して道具屋の経営について話し合う事にした。
そうだ、今日から俺達の新しい生活が始まるのだ……。
これにて第一章完結です。
次回からは第二章「魔法都市編」が始まります。
完結まで毎日二話のペースで投稿を続けますので、これからもギルベルトの冒険にお付き合い頂けると光栄です。




