第三十六話「冒険者達の宴」
ヴェロニカ様が俺の肩に手を置くと、俺の隣に腰を下ろした。エリカは白を基調とした美しい屋敷を眺め、シュルスクの木を見上げた。
「人間達はこんなに美しい世界で暮らしていたのね。私は洞窟内で生まれ育ったから、今日は本当に人間の世界に驚いているわ」
「美しさもあればフェスカやゴルツの様に汚い人間も居る。これから先の人生で様々な人間と出会う事になるだろうけど、何があっても俺がエリカを守るよ」
「ありがとう、ギルベルト。バシリウス様がギルベルトを信頼している理由が分かった様な気がするわ。初めて廃村で私を守ってくれた時も、いつもギルベルトは自分を犠牲して仲間を守ろうとしてくれる……。私はそんなギルベルトを守りたいと思った」
「確かにな。ギルベルトは無謀で、損得を考えずに己の信念を貫ける強さがある。私からすればレベルはまだまだ低いが、それでもギルベルトはレッサーミノタウロス達を守り抜いた。『人間としての真の強さは、レベルでは計る事が出来ない』これは創造神ベネディクトの言葉だ。エリカは知らないだろうが、ギルベルトはかつて自分よりもレベルが24も離れた男と木刀で戦った事があるのだぞ」
「レベル24……? そんな事があったの? ギルベルト」
「ああ。過去にフェスカとね」
初めてフェスカと剣を交えた時、そういえば俺は木刀とウッドシールドで戦ったのだった。なんと無謀な勝負をしたのだろう。あの時の強烈な痛みがあったから、俺はケンタウロス族との戦いでも痛みを恐れ、自分や仲間を守りながら戦う事が出来た。
「でも、ケンタウロスロードよりは強くないでしょう? ギルベルトはレッサーミノタウロス族とケンタウロス族の戦いに終止符を打ってくれた……。本当に感謝しているわ。大勢の仲間がケンタウロスに殺されたのだから」
「何だと? ケンタウロス族?」
「ギルベルトは私達の護衛をしながら、ケンタウロスの長を仕留めたんです」
「レベル6だったギルベルトがケンタウロスの長を仕留めた? そんな馬鹿な……! ケンタウロスといえば魔獣クラスのモンスターの中でも非常に高い戦闘能力を持つ種族ではないか! とてもではないがレベル6の冒険者が倒せる相手ではない!」
「俺がケンタウロス族の長を仕留められたのは偶然ですよ。自分の全ての力を火の魔力に変えて放出したんです」
「ギルベルト、戦いにおいて偶然の勝利は存在しないぞ。それは紛れもなくギルベルトの実力だ。ギルベルトは他人を守る時に最大の力を発揮出来るのだろう。私が見込んだギルベルトがケンタウロスロードを仕留めるとは! やはり私のギルベルトは最高の冒険者なのだな!」
私のギルベルト……? 聞き違いだろうか? さり気なく大胆な言葉が聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。ヴェロニカ様の言葉を聞いたローラが駆け付けてくると、俺の体に腕を回し、頬を膨らませてヴェロニカ様を見つめた。
「ギルベルトはローラのだもん! ローラのギルベルトだもん!」
「何を言っているの? ギルベルトは私のものよ。だって私が最初に告白したのでしょう?」
「告白はエリカが初めてだよ……」
「ローラの方が早くギルベルトと出会ったもん! ギルベルトがローラを助けてくれたんだもん!」
「そう……。私もギルベルトに助けられたから、ギルベルトは私のものね」
エリカが俺の腕を引くと、強烈な力で俺の体は宙に浮いた。それからエリカは俺を抱き上げると、何だか恥ずかしくなって俯いてしまった。俺は誰のものでもないのだが……。
「ちょっと、エリカがギルベルトに告白したって本当なの?」
「本当だよ。シャルロッテ」
「少し目を離した隙きに他の女から告白されるなんて……」
「え? 何か言った?」
「何でもないわ! ギルベルトの馬鹿!」
シャルロッテはモフモフした猫耳を垂らして顔を赤らめると、アンネさんが宴の支度を終えて戻ってきた。エリカが俺を抱き上げており、ローラはなんとかエリカから俺を引き離そうとしている。そんな様子をヴェロニカ様は楽しそうに見つめ、シャルロッテは不満気に頬を膨らませている。
やはり俺は最高の仲間に出会えたのだな。これからこの素晴らしい仲間達と共に人生を歩める事が楽しみで仕方がない。それから俺達はアンネさんに案内され、宴が行われる大広間に移動する事にした。
『ギルベルトは第二のジェラルドになれると信じているよ』
「話をややこしくしないでくれるかな」
『今日は宴だから、僕も食事を頂こうかな』
脳内にガチャの声が響くと、次の瞬間、指環は正方形の箱に姿を変えた。立派な手足が生えたガチャが当たり前の様に歩いているので、屋敷のメイドや執事達は二足歩行する金属製の箱を見て愕然とした表情を浮かべている。
大広間に入ると、長いテーブルが置かれてあり、テーブルの上には大皿に載った料理がいくつも置かれていた。俺はヴェロニカ様の隣の席に座ると、シャルロッテが俺の向かいの席に座った。それから俺はローラを隣の席に座らせると、エリカが不満気にローラを見つめた。
ガチャはヨチヨチと歩いてシャルロッテの隣の席によじ登ると、シャルロッテはガチャの頭を撫でた。久しぶりに再開したからだろうか、ガチャはシャルロッテと楽しげに会話をしている。
それからアンネさんがゴブレットに葡萄酒を注いでくれると、ヴェロニカ様がゴブレットを持って立ち上がった。勿論彼女は未成年だから、ゴブレットには蒲萄を絞ったジュースが入っている。
「さて、ギルベルトとローラは見事レッサーミノタウロスを保護し、無事に帰還する事が出来た。ギルベルトは幻獣のミノタウロスを召喚獣にし、ローラは創造神の杖を授かった。私は二人がヘルゲンを代表する偉大な冒険者になると信じておる。シャルロッテは私から魔法を教わり、短期間でレベル20まで己を鍛えた。エリカは道中で常にギルベルトを支えてくれたのだな。私は素晴らしい冒険者達と出会えて幸せを感じておる。それでは、冒険者ギルド・ユグドラシルに乾杯!」
ヴェロニカ様がゴブレットを掲げると、俺は葡萄酒を口に含んだ。聖者のゴブレットで作り出す葡萄酒よりも遥かに飲みやすく、豊かな酸味と優しいアルコールを感じる。遂にヘルゲンに帰還出来たのだ。今日は存分に宴を楽しむ事にしよう……。




