第三十三話「二人の因縁」
冒険者ギルド・ユグドラシルを目指してギルド区を歩く。シャルロッテは俺達と別れてからどう過ごしていたのだろうか。久しぶりにシャルロッテと再開出来ると思うと、何だか胸が高鳴るのは気のせいだろうか。
今回の旅で得たマジックアイテムや仲間達との出会いについて、彼女とゆっくり語り合いたい。それに、俺達はパーティーなのだから、今後の予定も立てなければならない。シャルロッテと合流したら、ヴェロニカ様とアンネさんにも報告に行かなければならないな。
水面下で動いてくれたヴェロニカ様には感謝してもしきれない。ガチャで得た可愛い物をヴェロニカ様に贈ろう。ヴェロニカ様と過ごした時間は短かったが、それでも俺は彼女の事をもっと知りたいと思った。
ギルド区を歩くと俺達はついに冒険者ギルドに到着した。ギルドの扉を開けて室内に入ると、冒険者達が一斉に俺達に注目した。俺やローラの事を覚えている者も何人か居る様だが、駆け出しの俺達の知名度は極めて低い。やはりこういう場でもエリカは目立つのか、エリカの頭部から生える二本の角を眺める冒険者も多い。
ギルド内には木製のテーブルがいくつも置かれており、まだ早い時間だというにも拘らず、エールや葡萄酒を飲む冒険者も多い。俺はお酒を飲んでいる冒険者達の中に見覚えのある顔を見つけた。
廃村でレッサーミノタウロスの戦士を殺めた剣士のアレクサンダー・フェスカと魔術師のバルバラ・ゴルツだ。エリカはフェスカの姿を見るや否や、殺された仲間の事を思い出して腹が立ったのか、拳を握り締めてフェスカに向かって歩き出した。
久しぶりに帰還してギルド内で揉め事を起こす事は出来ないので、俺はエリカを制止すると、彼女は俺の手を振りほどいた。俺の力ではレッサーミノタウロスだったエリカを止める事は出来ないのだな……。
エリカの鋭い視線を感じたフェスカが壁に立て掛けてあるロングソードを握ると、気味の悪い笑みを浮かべて立ち上がった。俺とローラの装備を舐め回す様に見た後、ゆっくりと近づいて来ると、魔術師の女も杖を握り締めてフェスカの背後に立った。
何と好戦的な男なのだろうか。廃村付近で平和に暮らしていたレッサーミノタウロスを殺め、剣で俺の体を貫いた邪悪な冒険者。女は俺の背中を火の魔法で燃やした忌まわしき魔術師だ。久しぶりにシャルロッテに会えると歓喜していたのだが、フェスカとゴルツを見るや否や、俺の気分は一気に沈んだ。
彼等との因縁にケリをつけておくべきだろうか。前回の決闘の際は、俺は木刀しか持っていなかったから、満足に戦う事も出来なかった。しかし、今回はグラディウスとブロードソードがある。今フェスカと剣を交えれば、前回の様な無様な戦いをする事も無いだろう。
フェスカの剣で体を貫かれた痛み、ゴルツに体を燃やされた痛みを忘れた事はない。痛みを覚えていたからこそ、俺は森での戦闘でもケンタウロスの攻撃に細心の注意を払う事が出来た。もう二度と敵の剣を喰らいたくないと思ったから、俺は自分を守りながら戦える様になったのだ。
今思えばフェスカとゴルツの洗礼も悪いものでは無かったと思うが、それでも弱かった頃の俺は二人に痛めつけられたのだ。目の前に居るフェスカとゴルツの面を見ているだけでも気分が悪くなりそうだ。トラウマになっているのだろうか……。
「これはこれは! 我がギルドのスライムハンター! ギルベルト・カーティスじゃないか! すっかり姿を現さないから死んだと思ってたぞ」
「そうね。まだ生きてたなんて。まるでスケルトン並の生命力ね」
「それで、またスライム討伐の依頼でも受けに来たのか? まぁ、そんな装備では低級のモンスターしか狩れないだろうがな」
「私のギルベルトを愚弄すると許さないわよ」
「何だ? お前は。獣人か? 人間ですらないお前がしゃしゃり出るな。俺は偉大なるスライムハンター殿と会話をしているのだ」
「こいつ……!」
エリカがフェスカに対して拳を振り上げた瞬間、俺はエリカの前に立った。エリカが全力でフェスカを殴れば、フェスカの命を奪ってしまう可能性があるからだ。人間同士の喧嘩では流石に相手の命を奪う事はないが、エリカは人間の常識を持ち合わせていない。それに、仲間を殺された怒りが収まっていないからか、エリカの拳には強烈な雷が纏っている。大柄の男を仕留めた時の強さとは大違いだ。
「おいおい、カーティスは遂に獣人に守られる様になったのか? そういえばあのケットシーも見なくなったな。スライムに殺されたのか? どうせ自分で戦えないから獣人に守られて生きているんだろう?」
「黙れフェスカ。これ以上挑発するな」
「なんだと? スライム程度のモンスターしか狩れない駆け出しの冒険者が、モンスター討伐数ナンバーワンの俺に口答えしようってのか? 暫く見ない間に態度も随分大きくなったじゃねぇか。斬り殺してやってもいいんだぜ?」
ローラはテーブルの上に載っているフェスカの料理を食べ始め、葡萄酒を豪快に飲み干した。それからゴルツが食べていた肉料理を楽しそうに食べると、フェスカとゴルツが激昂した。
「お前がレッサーミノタウロスを守ったから、俺達はあれから討伐隊を組まされて狩りに行く事になったんだぞ! カーティス。俺達をタダ働きさせて、自分は獣人とケットシーに守られて一人前の冒険者気取りってか。どんだけ勘違いしてんだ? お前」
「お前が廃村でレッサーミノタウロスを殺して回ったからだろうが!」
「おいおい、逆ギレか? 気に入らねぇモンスターを殺して何が悪いんだ? それともお前はまた俺の剣で貫かれたいのか?」
「私の魔法で燃やしてあげましょうか。さっきから私を睨みつけて、スライムしか狩れないくせに態度がデカイのよね」
俺を愚弄するだけなら我慢出来たが、レッサーミノタウロス達を殺害した事を肯定する発言だけは聞き流せない。それに、シャルロッテやエリカに対する暴言には我慢出来そうにない。俺は腰に差していた二本の剣を抜いてフェスカに向けた。
「スライムハンターとフェスカが決闘するぞ!」
「俺はフェスカの勝利に千百ゴールド賭ける!」
「俺はスライムハンターに五百ゴールドだ」
「馬鹿か? お前、あんな駆け出しがフェスカに勝てる訳ないだろうが。フェスカはモンスター討伐数月間一位だぞ?」
俺が剣を抜いた瞬間、フェスカも瞬時にロングソードを構えた。ゴルツは杖を握ったままフェスカの背後に隠れ、エリカは怒りに肩を震わせながら拳を握り締めた。
「エリカ。ラルフやバシリウス様は俺を家族だと言ってくれた。俺にこの戦いを終わらせる権利を譲ってくれないか?」
「ギルベルト……。わかったわ。あなたに任せる」
「ありがとう」
ギルド内で賭けが始まると、大半の者はフェスカの勝利に大金を注ぎ込んだ。しかし、俺に対して賭ける者が居なければ賭けは成立しない。ギルドの扉がゆっくりと開くと、赤髪を綺麗に纏め、燕尾服を着た女性と、深紅色のローブを纏い、金色の髪を左右で結んだ背の低い少女が現れた。
フロイデンベルグ公爵家のヴェロニカ様とアンネさんだ。何とタイミングが良いのだろうか。ヴェロニカ様はすぐに状況を理解し、懐からお金が入った袋を取り出すと、テーブルにお金を置いた。
「私はギルベルトの勝利に一万ゴールド賭ける!」
「ヴェロニカお嬢様。本気ですか?」
「本気も何も、私が見込んだギルベルトが勝負に負ける訳がなかろう。私はギルベルトを信じておるのだ!」
ヴェロニカ様が微笑みながら片目を瞑って見せると、俺は不思議と心の底から活力がみなぎってきた。ヴェロニカ様はいつも俺を信用してくれているんだ。俺を信用してフロイデンベルグ公爵家の領地をレッサーミノタウロス達の棲家として提供してくれた。
必ずフェスカを叩きのめし、ヴェロニカ様の期待に答えなければならないのだ……。それからヴェロニカ様の賭けに乗る無謀な勝負師が現れ、懸けが成立した瞬間、フェスカがロングソードを構えて切り掛かってきた……。
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