第三話「錬金術師の加護」
『これは魔石ガチャというマジックアイテムだよ』
「え? この声はどこから聞こえているんだい?」
『ガチャの内部からさ。僕は錬金術師のジェラルド・ベルギウスに作られた、意思を持つマジックアイテムなんだ』
「意思を持つマジックアイテム……」
「ちょっと、ギルベルト? 誰と話しているの?」
『隣の子には聞こえていないんだね。ギルベルト、猫耳の女の子の手を握ってご覧』
俺はガチャに指示されるがままに、シャルロッテの手を握った。彼女は顔を赤らめて俺を見つめると、再び脳裏にガチャの声が響いた。
『これで聞こえる筈だよ。ギルベルト、僕の役目は冒険者を助ける事なんだ。ガチャは魔石を錬金術によって加工し、新たなアイテムを作り出す技術なんだよ』
「魔石が木刀になったから驚いたよ」
『最初は誰もが驚くだろうね。ギルベルト、錬金術師のジェラルド・ベルギウスはガチャを冒険者に使わせる代わりに条件を出しているんだ』
「条件?」
『ああ。迫害されているモンスターを救うのがガチャを使用する条件さ。ベルギウスの加護を使ってモンスターを封印するんだ。方法は簡単だよ、自分の波長と合うモンスターを見つけ出し、封印すればいい。ガチャは封印したモンスターの性質によって変化するからね』
「え? 変化する?」
『そう。僕は生きているんだ。まだ生まれたばかりだけど、ギルベルトがモンスターを封印してくれれば、僕も強くなれる。まぁ試してみれば分かる事だよ』
ガチャは静かに俺を見上げると、再び小さな指環に変化した。どうやら、この指環を装備していれば、モンスターを封印する力を得られる様だ。ガチャの説明によると、自分の波長と合うモンスターなら封印する事が出来るのだとか。
「不思議なマジックアイテムね。だけど、魔石をアイテム化出来るなら、武器を買う必要もないんじゃない?」
「木刀以上に強い武器を入手出来るならね。ガチャから出てくるアイテムは木刀だけなのだろうか? 色々と不思議な点はあるけど、使い続ればガチャの性質も理解出来ると思う」
「そうね。まずはスケルトンとスライムを狩って、魔石を集めましょうか」
それから俺達は廃村の外周に巣食うスケルトンを狩り続け、魔石を三つ手に入れた。魔石持ちのスケルトンは少なく、十体のスケルトンを倒しても魔石は三つしか手に入らなかった。俺は指環に意識を集中させると、指環は一瞬でガチャに変化した。
魔石を一つ入れると、『LV.1 新米冒険者シリーズ』と表示された。これは魔石の強さによってシリーズが変わるのだろうか? そのままレバーを回すと、小さなカプセルが地面に落ちた。俺は残る二つの魔石を投入してレバーを回すと、すぐにカプセルを開封する事にした。
一つ目のカプセルには立派な革製のメイルが入っていた。俺は防具が無かったので、メイルを装備してみる事にした。まるで俺の体に合わせて作られたかの様に、体に良い馴染む。それから二つの目のカプセルを開けると、中からは小さなクマのぬいぐるみが出てきた。ホワイトベアだろうか、白い毛のぬいぐるみが出ると、シャルロッテが目を輝かせた。
「欲しいの?」
「要らないわよ……。子供じゃないんだから」
「そう、何だかシャルロッテによく似ていると思ったんだけど」
「どの辺が似ているのか聞いてもいいかしら……?」
「ホワイトベアもシャルロッテもモフモフしているじゃないか」
「全然違うじゃない……。モフモフだなんて……! そんな事言われたの初めてよ」
三つ目のカプセルは金色に輝いており、カプセルからは強烈な魔力を感じる。カプセルを開けると、中から美しい革製の鞄が出てきた。バックパックだろうか、背負ってみると非常に軽く、アイテムを仕舞うには丁度良い事に気がついた。
「その鞄って。もしかしてマジックバッグじゃない?」
「え? アイテムを際限なく仕舞えるっていう?」
「そうだと思う……」
俺は試しに木刀を鞄に入れてみると、鞄よりも大きい木刀は鞄に飲み込まれる様に一瞬で姿を消した。それからホワイトベアのぬいぐるみを入れてみると、一瞬で鞄の中に消えた。鞄の中をくまなく調べてみると、指先程の大きさのぬいぐるみが入っていた。この鞄はアイテムの大きさを変える効果があるのだろう。小さな木刀を取り出すと、鞄から出た瞬間に大きさが元に戻った。
「マジックバッグってかなり高価なアイテムな筈だったけど」
「そうだろうね。この鞄があれば大量のアイテムを簡単に運べるのだから。シャルロッテ、スライムを狩って魔石を集めようか!」
「そうね! 魔石を集めてガチャでアイテム化して、アイテムをヘルゲンに持ち込んでお金を稼ぎましょう」
「目標は今日の宿代を作る事だね」
「ええ!」
俺とシャルロッテはすっかり興奮し、すぐに廃村に入った。廃村には石造りの建物が建ち並んでおり、無数のスライムが徘徊している。スライムを五体討伐すれば三十ゴールド稼げるのだから、なるべく多くのスライムを狩らなければならない。
俺達は一軒の民家に入ると、室内には小さなスライムが居た。体は透き通っており、体内に魔石を持っている個体は外見だけで判断出来る。俺は木刀を振り上げてスライムに振り下ろすと、木刀の攻撃は殆ど効果が無かったのか、スライムは俺の腹部に体当たりを放った。
俺はスライムに反撃されて無様に倒れると、シャルロッテが俺を守る様にスライムの前に立った。両手をスライムに向けて風の魔力を集めている。
『ウィンドショット!』
シャルロッテが魔法を唱えると、圧縮された風の魔力が空を裂き、スライムの体を捉えた。液体状のスライムは辺りに体液を撒き散らしたが、一撃では仕留められなかった様だ。俺は再び木刀を構えてスライムに振り下ろした。
何度も木刀でスライムの体を叩くと、液体状の体は弾け、遂にスライムが息絶えた。やっと一体倒す事が出来た……。スライムというモンスターはスケルトンよりも遥かに防御力が高いみたいだ。火の魔法を使ってスライムを燃やす事も出来るが、狭い室内では火の魔法を使う事は出来ない。
「やっと一体倒せたわね……」
「ああ。この調子で狩り続けよう!」
民家を出て朽ち果てた村を歩くと、背の高い石造りの教会を見つけたので、俺達は教会に入る事にした。教会内には腐敗した木製のイスや祭壇が乱雑と置かれており、室内には複数のスライムが居た。ファイアの魔法で一気に燃やしてしまおうか。だが、室内に木製の家具があるので、家具に燃え移ると危険だから、やはり武器を使って戦った方が良いだろう。
暫く建物の影からスライム達の様子を監視していると、建物の奥から一体のスライムが現れた。体は金色に輝いており、一目見てスライムの亜種だという事が分かる。ゴールデンスライムだろうか。聖属性のスライムで、回復魔法が使用出来る希少な種族だ。
七体のスライムは楽しそうに体を震わせて会話をしているが、ゴールデンスライムがスライム達に近づくと、七体のスライムが一斉にゴールデンスライム取り囲んだ。それから七体のスライムはゴールデンスライムに体当たりをすると、ゴールデンスライムは泣き出してしまった。
俺はなんだかゴールデンスライムが可愛そうになったので、木刀を握り締めて飛び出した。背後からはシャルロッテが風の塊を飛ばし、スライムを攻撃している。俺は金色のスライムを守る様に敵の前に立つと、ゴールデンスライムは目に涙を浮かべて俺を見上げた。なんだかこのモンスターからは神聖な魔力を感じる。
モンスターの中にも人間を襲わない種族が存在する。ゴールデンスライムはガチャが言っていた『迫害されているモンスター』なのではないだろうか? 俺はありったけの力を込めて木刀をスライムに振り下ろすと、スライムの体は真っ二つに裂けた。守るべき存在が出来たからだろうか、体には力がみなぎっている。
背後からスライムの体当たりを受けると、ゴールデンスライムが魔法を唱えた。瞬間、俺の体は金色の魔力で包まれた。回復魔法だろうか、背中の痛みが瞬く間に消えると、俺はすぐに立ち上がり、木刀を構えてスライムを叩いた。
前方に居るスライムとの戦いに集中すれば、背後からスライムの強烈な体当たりを喰らう。急いで後方のスライムに攻撃を仕掛けると、四方八方から体当たりを喰らう。六体のスライムの攻撃を永遠と受けながら、ゴールデンスライムを左手で抱え、木刀でスライムを叩き続ける。
何度も下半身に攻撃を受けているので、立っているだけでも足が震え出す。まるで全身を棒で殴られたかの様な激痛が走ると、ゴールデンスライムが瞬時に回復魔法を唱え、俺を癒やしてくれた。
「ギルベルト! そんなスライム捨てて逃げなさいよ! このままではあなたが先に死んでしまうわ!」
「たとえ命を落とそうと、虐められているスライムを見捨てて逃げ出すなんて出来ない……!」
「ギルベルトは本当に馬鹿ね……。だけど、そういう気持ちは嫌いじゃないわ」
一体のスライムが飛び上がって俺の顎に体当たりをかますと、俺の意識は朦朧とした。全身に強烈な打撃を受けながらも、小さなゴールデンスライムを守り、木刀で反撃する。スライムの体当たりを何度も喰らっているからか、体中が痛み、気分は沈みきっている。体は重く、意識は段々と遠のき始めているが、ゴールデンスライムの涙を思い出すと、心の底から闘志が燃え上がってくる。
シャルロッテは朽ち果てた教会の天井によじ登り、スライムの攻撃範囲外からウィンドショットを飛ばし続けている。シャルロッテの魔法攻撃に合わせて、木刀でスライムの頭を強打する。ゴールデンスライムを見捨てて逃げ出せば、確かに俺は助かるだろう。しかし、自分よりも弱い存在を見捨てる事は俺の思想に反するのだ。
永遠とスライムの体当たりを受け続け、俺は遂に最後の一体に木刀を振り下ろした。体は鉛の様に重く、全身に攻撃を受けたからか、体中に猛烈な痛みを感じる。駆け出しの冒険者がスライムの集団と戦闘を行う事自体無謀だったが、俺は何とかゴールデンスライムを守りきる事が出来た……。