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第二十五話「勇敢な冒険者」

 エリカが俺を地面に降ろしてくれると、彼女は優しい笑みを浮かべた。ヘルムを被ったケンタウロスの背中からブロードソードを引き抜くと、バシリウス様が駆け付けてきた。


「ギルベルト! ケンタウロス族の長を仕留めるとは! 何と勇敢な人間だろうか! 皆の者! ギルベルトがケンタウロスロードを仕留めたぞ!」


 バシリウス様はケンタウロスの美しいヘルムを取り、頭上高く掲げると、戦士達は熱狂的な歓声を上げた。それから戦士達は俺の元に駆け付け、一斉に跪いて頭を垂れた。最後にバシリウス様が俺の前に跪くと、バシリウス様は深々と頭を下げた。


「ケンタウロスに殺された同胞は多く、我々は常にケンタウロスの襲撃の怯えて生きていた。しかし、ギルベルトは勇敢にもケンタウロスの長を仕留めたのだ! もう二度とケンタウロス族が我々を襲う事は無いだろう! ギルベルトとローラの協力に心から感謝する」


 バシリウス様と戦士達が深々と頭を下げると、ローラは嬉しそうに微笑んで俺を見上げた。俺はローラと共にバシリウス様の元に近づいた。それから俺達は彼に手を差し出すと、バシリウス様は俺達と握手を交わした。


「今日、俺達は大切な戦士を失ったが、ギルベルトとローラの活躍によってケンタウロス族との戦いに勝利する事が出来た! 同胞の亡骸を埋葬したらすぐに移動を再開するぞ!」


 戦士達は静かに頷くと、亡くなった三名のレッサーミノタウロスの体を埋め、魔石を俺に渡してくれた。ケンタウロスの死体は二十五体もあり、魔石持ちが十五体も居た。バシリウス様はケンタウロスロードの死体から魔石を切り取ると、綺麗に拭いて俺に差し出した。


 一礼してから魔石を受け取り、マジックバッグに仕舞った。ケンタウロスの魔石も全て俺とローラが頂く事に事が決まった。それからバシリウス様はケンタウロスロードが身に付けていたヘルムを俺に差し出すと、流石に巨大すぎるので受け取れないと断った。


 バシリウス様は敵の長のヘルムをいとも簡単に握りつぶすと、木に吊るした。流石に一族の長を殺されたケンタウロスが再びレッサーミノタウロスを襲う事は無いだろう。


「ギルベルト。素晴らしい戦いだったぞ」

「お役に立てたなら光栄です。バシリウス様」

「それにローラ。お前さんが居たから仲間が死なずに済んだ。ローラが居なければ更に多くの仲間を失っていただろう。心から感謝する」

「ローラとギルベルトはミノタウロスの仲間なんだから当たり前だよ」

「そうか。こんなに頼もしい仲間が出来て私は喜びを感じている。執拗に我々を襲い続けたケンタウロスの長を仕留める事が出来たのだからな! ケンタウロス族に殺された戦士の数は七百名以上。今日で長きに渡るケンタウロス族との戦いが終わった訳だ」

「そんなに長い間、ケンタウロス族から狙われていたのですか?」


 バシリウス様は腰を降ろしてランスとラウンドシールドを置くと、葡萄酒を飲みたいと言ったので、俺は聖者のゴブレットで葡萄酒を作り出した。ラルフはケンタウロスの肉を切り取り、豪快にステーキにして焼き始めた。


 ラルフがバシリウス様にステーキを差し出すと、彼は目に涙を浮かべながら、敵の肉を喰らった。それから豪快に葡萄酒を飲み干すと、優しい瞳で俺を見つめた。


「五十年程前に我々が暮らす洞窟の近くにケンタウロスが現れてから、ケンタウロス族は執拗にレッサーミノタウロスを襲う様になった。私は族長として何度もケンタウロスと剣を交え、レッサーミノタウロスを守り続けていた。ケンタウロスロードはなかなか姿を現さず、遠距離から槍を投げて攻撃する陰湿な戦い方をしていた」

「それは戦いづらかったでしょうね」

「うむ。ケンタウロスという生き物は馬の体をしている訳だから、移動速度も我々より遥かに早い。敵は遠距離から槍を投げ、すぐに森に姿を消すという、なんとも卑怯な戦い方をしていたのだ。私は幼い戦士達にロングボウの使い方を教えた。敵の射程よりも遥かに遠距離から攻撃出来るロングボウの技術を身に付けた戦士達は、ケンタウロスの姿を見るや否や、弓を射る様になった」

「槍に対してロングボウですか。確かに射程が長い攻撃の方が有利でしょうね」

「そうだ。しかし敵は森を高速で駆けるケンタウロス。ロングボウの矢がケンタウロスを直撃する事は少なかった」


 バシリウス様は戦士のロングボウを手にし、森に向けて矢を放った。金属製の太い矢が次々と木々をなぎ倒すと、俺はバシリウス様の弓の技術に感動してしまった。極限までに発達した筋肉があるからこそ木々をなぎ倒す矢を放つ事が出来るのだろう。


「我々はロングボウと棍棒を使った戦い方を編み出した。敵をロングボウで威嚇しながら、徐々に距離を詰めて棍棒で戦う。ケンタウロス達も棍棒を持って反撃してきたが、筋力では我々の方が遥かに上回るから、乱戦に持ち込めば棍棒で叩きのめす事が出来た。しかし、ケンタウロスの方が生息数も多く、繁殖力も高かったからか、いくら倒してもケンタウロスが全滅する事は無かった」

「レッサーミノタウロスの方が数が少なかったんですね」

「そういう事だ。ケンタウロスロードを仕留める事が出来れば、ケンタウロスは二度と我々を襲う事は無いと思っていたが、卑怯者のケンタウロスの長は逃げ回るばかりで私と直接戦おうともしなかった」

「俺がたまたま敵の長の背中に飛び乗ったのは、本当に運が良かったんですね」


 バシリウス様は大きく頷くと、葡萄酒のお代わりが欲しいと言ったので、すぐに葡萄酒を注いだ。彼は自前のゴブレットに並々と注がれた葡萄酒を一気に飲み干すと、再び語り始めた。


「偶然だとしても、ケンタウロスの長を選んで攻撃を仕掛けた度胸は賞賛に値する。我々ミノタウロスからすればケンタウロスは自分よりも体の小さい敵であるが、人間からすれば自分よりも遥かに体の大きなモンスターという訳だろう。自分よりも強い者を相手にしても一歩も引かない精神力。ギルベルトは本当に優れた戦士なのだな」

「皆さんの役に立ちたかっただけですよ。恥ずかしながら、俺は冒険者としても未熟ですから、何が何でも一体は敵を倒したいと思ったんです」

「ギルベルトの援護があったから私は楽に戦えた。火の魔法を学んでいるのだな」

「はい。まだファイアの魔法しか使えませんが」

「私は雷と火を自在に操る事が出来る。森では火災の原因になりかねないから魔法を使用する事はないが、ギルベルトが更に力を求めるなら、このバシリウスが魔法の手ほどきをしよう」


 バシリウス様は柔和な笑みを浮かべて手を差し出すと、俺は彼の巨大な人差し指の先端を握った。体の大きさがあまりにも違うので、握手をすれば俺が彼の指を握る事になるのだ。


「旅の間に戦い方を教えよう。鉄の玉は確かに便利だが、もう少し戦士らしい戦い方を学んで欲しいと思う」

「そうですね。剣を使った戦い方を学びたいです。実はローラの援護が無ければゴブリンすら倒せないんです」

「人間として生きるのは大変な事なのだな。レッサーミノタウロスの子供でもゴブリンを一撃で仕留められるというのに。しかし、自分の弱さを知りながらも敵を前にして逃げ出さない戦士としての心は賞賛に値する。私から剣と魔法を学ぶのだ。全てを教えよう。ギルベルトが望むなら私はギルベルトの召喚獣になっても良い」


 召喚獣は人間と契約を交わしたモンスターの事だ。人間が契約の魔法陣を書き、モンスターが魔法陣の上に乗った状態でモンスターの血液を魔法陣を垂らす。そうすると人間とモンスターは正式に契約を交わす事ができ、人間は契約をした召喚獣を自在に召喚出来るという訳だ。


 まさか俺の様な駆け出しの冒険者が、幻獣クラスのモンスターを召喚獣に出来るとは。今日は何と運の良い日なのだろうか。


『この申し出は受けた方が良いよ。幻獣クラスのモンスターが自ら召喚獣になる事を望む事なんて、普通はないんだからね』


 脳内にガチャの声が響くと、俺はすぐにバシリウス様の提案を受けた。以前母から教えて貰った契約の魔法陣を地面に書くと、バシリウス様は魔法陣の上に乗り、人差し指をナイフで切って血を垂らした。


 バシリウス様の血が魔法陣に触れた瞬間、魔法陣は金色の光を放って輝き始めた。光が夜の森を照らすと、あまりの神々しさに俺はバシリウス様の前に跪いて仕舞った。生物として、自分よりも遥かに優れた存在を目の前にしているという感覚があるのだ。


 戦士達とローラもバシリウス様の前で跪くと、魔法陣から流れ出た光は俺の体内に吸収された。


「ミノタウロスの私と契約を交わした事により、ギルベルトは私の加護を授かった。火と雷属性の魔法は通常の人間よりも遥かに早い速度で習得出来るだろう。私は人間と契約を結ぶ事は初めてだが、この命、ギルベルトに捧げよう。私の力が必要な時は、いつでも召喚魔法を使用して呼び出すが良い。必ずやギルベルトを守る盾となり、敵を討つ槍となろう」


 盾と槍と表現したのは、彼がラウンドシールドとランスの使い手だからだろう。バシリウス様が優しい笑みを浮かべて俺の肩に手を置くと、彼の神聖な魔力が俺の体に流れた。


 戦士達は熱狂的な歓声を上げて契約を祝福した。それから俺達はフロイデンベルグ公爵様の領地を目指して歩き、二時間ほど移動をしてから、ケンタウロス族に打ち勝った勝利の宴を開く事になった。

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