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第二十二話「冒険者と族長」

 巨大な石の洞窟の入り口には棍棒を持ったレッサーミノタウロスが待機していた。俺とローラの姿を見るや否や、警戒して棍棒を構えたが、ラルフが制止すると棍棒を降ろした。


「何なんだ、この人間は」

「この者達は敵ではない。エリカを救ってくれた者達だ」

「エリカを助けた人間というのはお前達なのか。人間の中にも我々を救う者が居るとはな」

「うむ。これからこの者達を族長の元に案内する」

「今はやめておけ。ヘルゲンを襲撃するか会議をしているのだからな」

「今じゃなければ駄目なんだ。俺達はヘルゲンを攻撃してはならない」

「俺達が人間に敵わないというのか?」

「そうだ。この小さき人間は一撃で俺を倒したのだからな。それに、廃村で同胞を殺めたのはたった二人だった。俺達が十人で束になっても、たった二人の冒険者すら相手にする事は出来ないんだ」

「人間が二人とは。それは事実なのか? エリカはあれから口を利かないから族長は決めかねているのだが……」

「うむ。事は急を要する。すぐに案内してくれ」


 レッサーミノタウロスは静かに頷くと、松明を持って洞窟に入った。天井が高い広々とした洞窟に入ると、ゴブリンを殺めて奪った物だろうか、無数の武器が乱雑に積まれており、ゴブリンの魔石が散乱している。


 洞窟内には負傷したレッサーミノタウロスの戦士達が横たわっている。数日前にゴーレムの集団と交戦し、戦闘で怪我を負ったのだとか。ゴーレムはレッサーミノタウロスよりも体が大きな石のモンスターで、非常に獰猛な性格をしており、防御力が高いから、レッサーミノタウロスの棍棒ではなかなか倒す事が出来ないのだとか。


「ローラ。この方達にもヒールの魔法を掛けてくれるかな」

「わかった」


 苦しそうな表情を浮かべ、患部に薬を塗り込むレッサーミノタウロスに対し、ローラがヒールの魔法を唱えると、怪我は一瞬で完治し、力なく倒れていたレッサーミノタウロスの戦士達は柔和な笑みを浮かべて立ち上がった。


「ラルフ。この者達はどうして俺達を助けるんだ?」

「仲間だからさ。少なくとも俺はギルベルトとローラの事を仲間だと思っている。妹を人間から救ってくれたのだからな。感謝してもしきれない」

「この者達がエリカを救ったという訳か。それに今の回復魔法、体中に出来ていた怪我が一瞬で完治した。なんという神聖な魔力だろうか。誠に感謝する」


 五人の戦士達は跪いて深々とローラに頭を下げると、ローラは満面の笑みを浮かべた。こうして少しずつお互いの距離を縮めれば良いのだ。人間が突然自分達の棲家に侵入してきたと勘違いする者も居るだろうから、言動には細心の注意を払わなければならない。


 それから俺はラルフに案内されて洞窟を進むと、雌のレッサーミノタウロスと、その子供が暮らす部屋の前を通った。雌のレッサーミノタウロスは雄よりも背が低く、見た目には殆ど違いは無いが、胸の部分を服で隠しているので、かろうじて雌だと判断出来る。人間の俺には雄と雌の違いを判別する事は非常に難しい。


 生まれたてのレッサーミノタウロスだろうか、身長百センチ程の可愛らしい赤子が俺を見上げ、無邪気に手を伸ばした。俺は赤子に手を差し出すと、赤子は楽しそうに俺の手を握った。握力が驚くほど強く、俺は身の危険を感じて咄嗟に手を引いた。


「人間の赤子とは大違いだろう? 俺達は生まれつき力が強いんだ。油断していると簡単に手を握り潰されるから気をつけろよ」

「途方もない力だったよ。もう少しで俺の手が潰れるところだった」

「もし手が潰れてもローラの魔法があるから大丈夫だろう?」

「流石に骨折は治せないと思うよ」

「そうか。そろそろ族長の部屋だから、くれぐれも失礼のない様に。俺も一緒に部屋に入るが、戦士達は気が立っている。何が起こるか分からないから、武器は手放さない様にな」

「戦闘をしに来た訳じゃないさ」

「勿論それは知っている。さぁ行くぞ」


 ラルフが先に族長の部屋に入ると、俺とローラはお互い顔を見つめ合ってから、手を握り、ゆっくりと族長の部屋に入った。


 室内には体格の良いレッサーミノタウロスが七人座っており、七人のレッサーミノタウロスの前には、赤い体毛に包まれた巨体のミノタウロスが座っている。体はラルフよりも大きく、全身の筋肉が異常なまでに発達している。


 七人のレッサーミノタウロスは一斉に立ち上がり、棍棒を構えたが、族長が制止すると棍棒を降ろした。部屋の隅にはエリカだろうか、朝に助けた小柄のレッサーミノタウロスがバツの悪そうな表情を浮かべて立っている。勿論、小柄と言っても身長は三メートル近くある。人間の俺よりも遥かに大きい事には変わりないが、この場に居る戦士達が皆屈強だからか、エリカが小さく見えるのだ。


「ラルフ。人間を連れて来るとはどういう事だ? 我々はこれからヘルゲンを襲撃するかどうか、話し合いをしている最中なのだが」

「バシリウス様。この者達が俺の妹を救ってくれたのです」

「人間がエリカを救った事は知っておる。しかしなぜ我々の棲家に招いたのだ」

「この者達は我々の希望です。バシリウス様はご存知でしょうか。廃村で起こったエリカ達と冒険者との交戦の真実を」

「話してみろ」

「エリカ達が所属していたイザークのパーティーは十人で行動していましたが、冒険者はたった二人でした。十人のレッサーミノタウロスの戦士が、たった二人の冒険者に遅れを取った。これが真実です。そして、この者達。ギルベルトとローラが居なければ、エリカも二人の冒険者に殺されていた事は間違いありません」

「エリカ。敵が二人だったというのは本当か?」

「はい。バシリウス様」

「何とも信じられない話だ。たった二人の人間に負けるとは情けない!」

「我々は人間の力を勘違いしているのではないでしょうか? 恥ずかしい話ですが、俺もつい先程、ギルベルトとの戦いに破れました。しかしギルベルトは俺にとどめを刺しませんでした」

「ほう。ラルフを倒したとな」


 族長はエリカとラルフ以外の戦士を全て部屋から出すと、俺とローラに座る様にと指示した。俺は族長の前に腰を降ろすと、彼は柔和な笑みを浮かべて俺を見つめた。


「エリカを救ってくれた事、誠に感謝しておる。ギルベルトとローラと言ったかな。人間なのにレッサーミノタウロスのエリカを救ってくれた理由を聞かせて貰いたい」

「人間だからとか、モンスターだからとか、そんな事は問題ではありません。バシリウス様。俺達は廃村で冒険者達が不当にレッサーミノタウロスを殺めていた様に見えたので加勢したまでです」

「なぜモンスターを救うのだ。人間の世界では生きづらいだろう? 人間の町で暮らしながらモンスターを救うとは」

「確かにそうかもしれませんが、それが俺の使命だからです。それに、種族の違いは関係ないと考えています。救いたいと思ったから救った。単純な事です」

「うむ。実に素直な男だな。ラルフが認める気持ちも分かるかもしれん。それで、わざわざ尋ねて来た理由はなんだ?」

「まずは友好の印に、仲間がこしらえた料理でも食べませんか。食事をしながらゆっくり話しましょう」

「ほう。人間の料理とな。よかろう」


 俺はマジックバッグからシャルロッテが作ってくれたブラックウルフの肉を取り出した。適当な皿に載せて族長に差し出し、それから聖者のゴブレットを持って葡萄酒を作り出した。部屋に置かれていた族長の巨大なゴブレットに葡萄酒を移すと、族長は笑みを浮かべてゴブレットを掲げた……。

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