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第二十一話「廃村の先」

 夜の廃村は昼とは全く異なる雰囲気があり、スケルトンが静かに徘徊する足音や、スライムが液体状の体を引きずって移動する気味の悪い音が聞こえてくる。ローラはこの様な場所で暮らしていたのか。人間の俺にはとても耐えられそうに無い場所だが、ローラはやはり平然とした表情を浮かべている。


 廃村に到着した訳だが、廃村がレッサーミノタウロスの巣になっている訳ではない。きっとこの場所から程近い場所に暮らしているのだろう。それも、人間が通らない場所にだ。人間とは別のコミュティを作り、ヘルゲンに近寄らずに暮らしているのだろう。


 たとえ人間を襲う事が無い中立のモンスターだとしても、ヘルゲンに近づけば衛兵から攻撃を受ける訳だから、人間の目の届かない場所に隠れ住んでいるに違いない。早急にレッサーミノタウロスの棲家を見つけなくてはならないな……。


「ローラ、この廃村に暮らしていた時、何度かレッサーミノタウロスを見かけたよ」

「本当かい?」

「うん。いつも夜か早朝に現れてゴブリンを狩るの。スケルトンやスライムに攻撃を仕掛ける事は無かったな」

「きっとゴブリンを餌にしているのだろうね」

「そうかもしれない」

「どの方角から来ていたか分かるかい?」

「うん。廃村の北東だと思う」


 俺はローラに案内され、廃村を抜けて北東に進んだ。深い森には体の大きなモンスターが通り道にしているであろう獣道が出来ている。俺達が獣道に入るや否や、森の中で強い魔力が発生した。


「伏せろ!」


 俺が叫んだ瞬間、鋭い棍棒の水平斬りが放たれた。棍棒は辺りの木々をなぎ倒すと、俺はローラの前に立ち、鉄の玉を握り締めた。レッサーミノタウロスが俺達を狙っているのだ。侵入者が棲家に近づいていると思っているのだろうか。


 再び闇の中で棍棒が鋭く空を切ると、俺は敵の気配がした方向に鉄の玉を投げた。鉄の玉が敵を捉えた鈍い音が響くと、レッサーミノタウロスの呻き声が聞こえた。俺とローラは恐る恐る近づくと、そこには身長四メートル程の巨体のレッサーミノタウロスが倒れていた。


 廃村で出会ったレッサーミノタウロス達よりも高くが良く、棍棒もかなり使い込まれている。革の鎧を着ているが、革では鉄の玉に耐えられなかったのか、腹部を抑えて悶絶している。


「ローラ、この方を回復してくれるかな」

「いいの……?」

「勿論」


 俺がそう言うと、レッサーミノタウロスは目に涙を浮かべて静止した。


「人間の情けを受けるなら俺は死を選ぶ……。さぁとどめを刺せ」

「人間の言葉が分かるのかい?」

「勿論だ」

「信じられないだろうけど、俺達は敵じゃないんだ」

「どうしてその様な戯言が信じられようか」

「ローラ。回復を」


 ローラは静かに頷くと、紫色の体毛に包まれたレッサーミノタウロスの体に触れた。ローラがヒールの魔法を唱えた瞬間、優しい金色の魔力が巨体を包み込んだ。レッサーミノタウロスは腹部を何度も確認すると、既に怪我が完治している事に気がついたのか、慌てて立ち上がり、棍棒を構えた。


「俺達一族を殺しに来たのだろう?」

「それは違う。俺達はレッサーミノタウロスを守りに来た」

「守るだと? お前の様な小さき人間が我らを守れるというのか?」

「無論。そのためにここに来ている。一族の長に会わせてくれないか? 間もなく冒険者の集団がここに来る事になるだろう。君達はそれまでにここから逃げ出さなければならない」

「その情報をどうして俺達が信じられるのだ」

「信じるかどうかは勝手だよ。間もなく冒険者の集団が君達の棲家を襲い、大勢の者が命を落とす事になる。俺はそれを止めに来ただけなんだ」

「どうして人間のお前が俺達を助けようとするんだ?」

「一方的な虐殺を止めたいだけさ」

「一方的だと? 俺達がそこまで弱いとでも?」

「はっきり言わせて貰うけど、今朝廃村で君達を襲った冒険者はたった二人だった。俺達がレッサーミノタウロスを守らなければ、最後の一体まで命を落としていた事は確かなんだ」

「最後の一体? というと、お前さんがエリカを救った人間という訳か」


 巨体のレッサーミノタウロスは棍棒を握りながら、しゃがみ込んで俺の顔を見つめた。頭部からは二本の黒い角が生えており、瞳は紫水晶の様に澄んでいる。


「エリカは俺の妹なんだ。俺はレッサーミノタウロス族の戦士、ラルフだ」

「俺はギルベルト、それからこの子はローラだ」

「ギルベルトにローラか。それで、さっきの話は本当なんだろうな? これから冒険者の集団が我が一族の棲家を襲うというのは」

「そうだよ。これから二時間以内、早ければ一時間半以内に冒険者の集団が廃村に来る。廃村まで来ればこの道を見つけ出すのは時間の問題だろう」

「エリカを救ってくれた人間の言葉だ。きっと真実なのだろう。付いて来るが良い」


 ラルフはゆっくりと歩き出すと、俺は鉄の玉を仕舞い、ローラの手を握ってラルフの後を歩き出した。幸運にも、廃村で命を救ったレッサーミノタウロスの兄と出会う事が出来たのだ。彼が俺達を信用してくれているのだから、きっと他のレッサーミノタウロスも俺の言葉を聞いてくれるだろう。


「人間を俺達の棲家に招くのは今回が初めてなんだ。同胞を殺された仲間達は気が立っている。くれぐれも問題を起こさない様に」

「勿論。問題を起こしに来た訳じゃないよ。問題を解決するために来たのだから」

「仲間達の中には同胞を殺した人間を見つけ出して殺そうと考えている者も居る。我が一族の長であるミノタウロスのバシリウス様は、戦士を引き連れて魔法都市ヘルゲンを襲うか会議をしているところだ」

「ミノタウロス? まさか、幻獣のミノタウロスと共に暮らしているのかい?」

「そうだ。この辺りで唯一のミノタウロス族。ミノタウロスよりも劣る種族とされているレッサーミノタウロスの我らは、ミノタウロスのバシリウス様に守られて暮らしているのだ」


 一体で町一つを壊滅させる力を持つと言われている幻獣クラスのモンスターが、ヘルゲンから程近い場所に潜んでいるとは。もしミノタウロスがレッサーミノタウロスを引き連れてヘルゲンを襲い出せば、ヘルゲンは甚大な被害を受けるに違いない。


 勿論、幻獣が複数の魔獣クラスのモンスターを連れてヘルゲンを襲撃したとしても、多くの魔術師が暮らす魔法都市を落とす事は不可能だろう。しかし、確実に大勢の人間が命を落とす事になる。正面衝突だけは確実に回避しなければならないな。


「ヘルゲンを襲う計画を立てているのは本当なのかい?」

「まだ会議の段階だ。レッサーミノタウロスの戦士達が族長の提案に賛成するなら、俺達はすぐに人間を狩りに出かける事になるだろう。しかし、レッサーミノタウロスの俺達ではヘルゲンの冒険者を倒す事は出来そうにないな。ギルベルトも冒険者なのだろう?」

「そうだよ」

「鉄の玉で俺の体を捉えるとはな。どんなモンスターだって俺に攻撃を当てる事は出来なかったのだが……」

「俺の鉄の玉は特別製なんだよ」

「そうだろうな。しかし、こうして人間と話すのは新鮮だよ。同じドーレ大陸語を使用している事は知っていたが、まさか人間と会話をする事になるとは」

「俺も同感だよ。人間だとしても他種族のモンスターだとしても、会話をすればお互いの意思を確認する事が出来る。どうか人間と争わずに、棲家を手放して欲しい」

「俺達が暮らせる場所など、そう多くはないぞ。棲家を捨てたとしても、また他の人間が俺達に目を付けたら、その時はまだ逃げなければならないのか?」

「いや、逃げるのは一度だけで良いんだ。俺の知り合いがレッサーミノタウロスが安全に暮らせる土地を提供してくれた。魔法都市ヘルゲンでも地位のある方の土地だから、人間が勝手に立ち入る事はないだろう」


 レッサーミノタウロスの戦士、ラルフとこれからの作戦について話しながら森を進むと、俺達は背の高い木々に囲まれた洞窟を見つけた……。

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