第二十話「冒険者達」
身長は百三十センチ程。緑色の体をした人間の様なモンスターが闇から姿を現した。革製の防具を身に着けており、手には人間を殺めて奪ったであろうナイフやダガーを持っている。
敵の数は八体。俺はローラを守る様にゴブリン達の前に立ち、ウッドシールドを左手で構えたまま、鉄の玉に手を伸ばした。敵が攻撃を仕掛ける前に鉄の玉の一撃を食らわせなければ、敵の数があまりにも多い。
スライムの様な武器を使用しない敵に囲まれても、戦闘で命を落とす事はないだろうが、相手は武器を使用するゴブリンだ。同時に二体相手にする事も厳しいだろう。ローラが居るから即死する事は無いと思うが、また血を流す事になりそうだ。
八体のゴブリンの中でも、最も背が高く、体格の良いゴブリンに攻撃を仕掛ける事にした。鉄の玉を握り締めて思い切り投げつけると、ゴブリンは瞬時にしゃがんで玉を回避した。俺の攻撃が外れたからか、ゴブリン達は馬鹿にする様な気味の悪い笑みを浮かべた瞬間、鉄の玉は静かに方向を変え、ゴブリンの背後から頭部を捉えた。
鉄の玉がゴブリンの頭骨を砕く音が静かな森に響くと、残る七体のゴブリンは怒り狂って襲い掛かってきた。俺はローラに鉄の玉を渡し、右手でブロードソードを引き抜いた。
ゴブリンのナイフの一撃をウッドシールドで受け、右手に持ったブロードソードでゴブリンに攻撃を仕掛ける。俺の剣はゴブリンを捉える事が出来ずに空を切ると、二体のゴブリンが同時に攻撃を仕掛けてきた。
ローラは瞬時にゴブリンに対して鉄の玉を投げると、一体のゴブリンの腹部を捉え、ゴブリンは一撃で命を落とした。もう一体のゴブリンは瞬時に後退してダガーを投げると、ダガーが俺の太ももに深々と刺さった。
激痛を堪えながらダガーを引き抜くと、六体のゴブリンが次々と攻撃を仕掛けてきた。俺はローラを守るために全身で攻撃を受けながらも、ブロードソードで反撃をし続けた。ローラは俺が敵の攻撃を受けた瞬間にヒールの魔法を唱え、瞬時に傷を癒やしてくれた。
敵の攻撃が体を切る度に俺の心には恐怖心が芽生えるが、次の瞬間にはローラの魔法によって傷は癒え、不思議と活力が湧くのだ。ガントレットを長く使っているからだろうか、徐々にガントレットの持つ力を引き出せる様になり、俺はゴブリンに囲まれた状態でも敵の攻撃を全てブロードソードで受けられる様になった。
ローラの鉄の玉の援護を受けながらも、ひたすらブロードソードでゴブリンの攻撃を受け、敵が隙きを見せた瞬間にのみ反撃をした。時間を掛けてゴブリンを狩り尽くすと、俺は遂に体力が尽きて地面に倒れた。
俺は何と弱いのだろうか……。ローラが居なければゴブリンすら倒す事も出来ないのだ。そんな俺がゴブリンよりも遥かに強力で知能の高いレッサーミノタウロスを説得しに行くのはどう考えても無謀だ。しかし、俺は自分の意思を曲げるつもりはない。
一度俺が守った命を、他の冒険者に奪われてたまるか。何が何でも俺がレッサーミノタウロスの一族を守るのだ。俺は地面を這いつくばりながら、マジックバッグから聖者のゴブレットを出し、左手で握って水を作り出した。
純金のゴブレットに口を付けて水を飲み、アンネさんが用意してくれた食料の中から、乾燥肉を取り出して齧る。それから砂糖がたっぷり練り込まれたパンを食べ、乾燥フルーツを食べた。
徐々に体力が回復してくると、俺はなんとかローラの肩を借りて立ち上がる事が出来た。ゴブリンの中には魔石持ちが五体も居たのか、ローラは魔石を回収してマジックバッグに仕舞ってくれた。
「大丈夫……? ギルベルト」
「少し気分は悪いけど、何とか生きてるよ」
「もう少し休む?」
「いいや、今は休む時間はないだろう。先を急ごう」
「ローラを頼って良いんだからね」
「ありがとう。今でも十分頼っているよ。ローラが居なかったら、少なくとも十回は死んでいただろう」
「ローラがギルベルトを守るんだから……」
ローラは不安げな表情で俺を見上げると、俺は彼女の美しい金色の髪を撫でた。それからローラを抱きしめると、彼女の魔力が体内に流れてきた。これがゴールデンスライムの力なのだろうか。俺とローラの体は金色の魔力で包まれ、枯渇していた活力が徐々に回復を始めた。
気分は次第に良くなり、鉛の様に重かった体は羽根の様に軽くなった。何が起こっているのだろうか……。暫くローラを抱きしめていると、まるで生まれ変わった様に頭は冴え渡り、周囲のモンスターの気配もはっきりと感じ取れる様になった。
『ゴールデンスライムの治癒力を魔法を使わずに受けたんだね。肌を合わせる事によって、より直接的にローラの力を体内に取り込んだんだ。お互い裸だったらより高い効果があっただろうね』
「ローラに触れる事によって、俺自身が回復したという事かい?」
『そういう事。勿論ローラの魔力にも限界があるから、ローラの魔力が尽きた時がギルベルトの人生の終わりという事だね』
「楽しそうに怖い事を言わないでくれるかな……」
『僕はいつも素直なだけだよ。時間に余裕があるなら、シュルスクの果実をマナポーション製造機に入れて、ローラのためにマナポーションを作った方が良い』
「分かったよ」
すぐにでも廃村を目指したいが、廃村に辿り着く前にローラの魔力が尽きれば、ガチャの言葉の通り、俺達はたちまち命を落とすだろう。今の俺の戦い方は、体で敵の攻撃を受け、ローラの回復魔法によって何とか死なずに生きているという、かなり無理をした戦い方なのだから。
敵の攻撃を正確に武器で受ける技術がない俺が、敵の攻撃を体で受け、激痛に耐えながらも瞬時に反撃するという、捨て身の戦い方しか出来ない。この戦い方が成立するのはローラの驚異的な回復魔法があるからだ。ローラの魔力が枯渇すれば、俺はたちまち敵の武器に貫かれて命を落とすだろう。
悲しい事に、ウッドシールドはゴブリンの攻撃を何度か受けた時に壊れ、鋼鉄のライトメイルはゴブリンの強烈な突きを受けて穴だらけになっている。やはり安物の防具だからか、金属が非常に薄い。それにゴブリンは攻撃の際に魔力を込めていた。魔力が籠もった武器というのは、薄い鋼鉄をも貫く事が出来るのだろう。
既に使い物にならなくなったライトメイルを脱ぎ、ブロードソードを鞘に戻した。それからゴブリンが使用していたナイフやダガーを回収すると、全てマジックバッグに仕舞った。
マジックバッグからマナポーション製造機を出し、機械の上部に開いた穴にシュルスクの果実を投入した。暫く待つと、銀色の液体が小瓶に入った物が自動的に出てきた。マナポーションを一つ作るのに一分も掛からない。まさかこれほど簡単にマナポーションを作る事が出来るとは……。
俺は全ての果実を使用してマナポーションを作った。マナポーションは全部で三十個。これだけあれば二週間の旅も安心だろう。
俺は出来たてのマナポーションをローラに渡すと、彼女は目を輝かせてマナポーションを飲み始めた。一本飲めばローラの魔力を全て回復する事が出来るみたいだ。ローラの体からは強い魔力を感じる。
それから俺達は急いで廃村までの道を進んだ。途中でゴブリンの集団から何度も襲撃を受けたが、俺はファイアの魔法とブロードソードの攻撃を交互に繰り出せるようになり、ローラの回復魔法と鉄の玉の援護を受けながら、何とかゴブリンの集団を駆逐する事が出来た。
魔石持ちのゴブリンが多かったからか、既にゴブリンの魔石を十五個も集める事が出来た。ゴブリンの中にはショートソードやランスを使う者も居たので、俺は全ての武器を回収してマジックバッグに仕舞い、ひたすら夜の森を進んだ。
一時間程ゴブリンに追われて森を進むと、俺達は遂に廃村に辿り着く事が出来た……。