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第十九話「森の闇」

 新たな装備も手に入り、レッサーミノタウロスを生かすための場所も手に入った。俺達はこれから夜の森に入り、ギルドの冒険者達よりも早くレッサーミノタウロスを見つけ出さなければならない。


 夜の森にローラを入れる事は本意では無いが、彼女が居なければ夜の森を抜ける事は不可能だろう。それに、レッサーミノタウロスが素直に俺の言葉を聞いてくれるかも分からない。同胞を人間に殺されたと知ったレッサーミノタウロスの一族はたちまち人間を襲う出すかもしれないのだ。


 冒険者ギルド・ユグドラシルのマスターでもあるヴェロニカ様は、レッサーミノタウロスが人間を襲うと考え、討伐隊を派遣する事に決まっているのだが、それは表向きの行動で、ヴェロニカ様は俺がレッサーミノタウロスを説得して、フロイデンベルグ公爵の領地までレッサーミノタウロスの一族を誘導出来ると考えている。


 今回の作戦はレッサーミノタウロスと意思疎通出来るかどうかが鍵だ。一体レッサーミノタウロスがどれだけの数で暮らしているのかも分からない。人間である俺が一族の棲家に近づけば、たちまち攻撃を仕掛けられるだろう。せめて俺が救ったレッサーミノタウロスと最初に出会う事が出来れば良いのだが……。


「ギルベルトはローラが守ってあげるから大丈夫だよ」

「ありがとう、ローラ。だけど俺が逃げろと言ったら俺を捨てて逃げるんだよ。ローラは一人で生きるんだ」

「嫌! ローラはギルベルトと一緒にいるんだもん!」

「言う事を聞いてくれないと困るよ。レッサーミノタウロスを救うためにローラを死なせるなんて、俺には出来ないのだから」

「ギルベルトが死ぬならローラも死ぬ! ギルベルトがローラを助けてくれなかったら、私は今でもスライムに虐められて生きていた……。だから今度はローラがギルベルトを守るの!」

「ありがとう……」


 俺はローラの手を握り、北口を目指しながら夜の町を歩いた。中央区を出て暫く進むと、俺達の前には見覚えのある人物が立ちはだかった。白い毛に包まれた耳に、美しい白のローブ。長く伸びた白髪に、つり目気味のサファイアの瞳。俺達の頼れる魔術師、シャルロッテ・フランツだ。


「本当に行くつもりなの? ユグドラシルの冒険者は二時間後に出発するみたいよ」

「勿論だよ、シャルロッテ」

「ギルベルト。私は自分の命を賭けるつもりは無いけど、ギルベルトとローラを死なせたくないの。私の初めての仲間なんだから……」

「俺とローラも死ぬつもりでレッサーミノタウロスの説得に行く訳じゃないよ」

「だけど、仲間を殺されたレッサーミノタウロスがギルベルトの話を聞くかしら。私はギルベルトが迫害されているモンスターを救う、正しい心の持ち主だと知っている。だけどレッサーミノタウロスは仲間を殺されたばかりだから、人間を見つけたら見境なしに襲い出すでしょう」

「その可能性は高いだろうね」

「ギルベルト、ローラ。絶対に生きて帰ってくるのよ。これを渡すわ」


 シャルロッテが小さな袋を俺に差し出すと、俺は彼女から袋を受け取った。袋の中には味付けされた肉の塊が入っていた。香辛料をふんだんに使って味付けされているのか、匂いが非常に強い。シャルロッテの説明によると、この肉はブラックウルフという狼系のモンスターの肉で、レッサーミノタウロスやミノタウロスが好んで食すのだとか。


 ブラックウルフの肉にケットシー族に伝わる伝統的な味付けを施してあるらしい。肉食のモンスターを手懐ける際に使われる香辛料を使っており、獰猛なモンスターでもこの肉の味を知れば、人間に懐く可能性があるのだとか。


「決して忘れないで頂戴。ミノタウロスやレッサーミノタウロスは仲間を大切にするモンスター。ギルベルトとローラを一族の仲間だと思わせる事が出来れば、もしかするとギルベルトの話を聞いてくれるかもしれない」

「わかったよ。だけどこの肉や香辛料はどうやって手に入れたんだい? こんなに立派な肉を買うお金なんて無かった筈……」

「二人と別れてから森に入ってブラックウルフを仕留めたの。香辛料は市場で値切って購入したわ」

「わざわざ俺達のために森に入ってくれたんだね……」

「ええ。だから絶対に死なない頂戴。勝手に死んだら許さないんだからね。折角見つけた私の大切な仲間なんだから」


 シャルロッテはローラを強く抱きしめ、それから俺を見上げると、小さな手を差し出した。手は傷だらけになっており、白いローブには泥が付いている。この小さな手でブラックウルフを仕留め、俺達のために料理まで用意してくれたと分かったからか、俺の瞳からは無意識に涙が溢れた。


 俺がシャルロッテの手を握ると、彼女は両手で俺の手を握り、何度も俺に励ましの言葉を掛けてくれた。シャルロッテが一時的にパーティーを脱退していたのは、ブラックウルフの肉を用意するからだったのだ……。


「シャルロッテ。帰ってきたら宴を開こうか」

「そうね。楽しみにしているわ」

「白猫ちゃん……」

「誰が白猫よ……。ローラ、ギルベルトを任せるからね。あなたの魔法で必ずギルベルトを守って頂戴」

「うん……!」


 ローラは再びシャルロッテと熱い抱擁を交わすと、俺達はすぐに魔法都市を出た……。



 ファイアの魔法で辺りを照らしながら夜の森を歩く。ローラはモンスター時代に森で暮らしていたからか、夜の森に入っても平然とした表情を浮かべているが、辺りからは無数のモンスターの視線を感じる。ローラはこんな場所で暮らしていたのか……。恐ろしくて仕方がない。


 夜の森は昼の森とは雰囲気が全く違い、非常に獰猛な、殺意が籠もった視線を感じる。まるで俺達の行動を監視するかの様な息遣いが四方八方から聞こえており、俺達が進む方向に合わせて、何者かが尾行している。


「きっとゴブリンだと思う。この森にはゴブリンが多いからね」

「ゴブリンと言えば、俺の剣を奪った忌まわしきモンスター……」

「ゴブリンに剣を奪われたんだね」

「ああ。だけど今は新しい剣がある」


 左手でウッドシールドを持ち、右手には炎を灯して辺りを照らしている。右の腰に鉄の玉を入れた袋を提げ、左の腰にはブロードソードを差している。燕尾服を着たままだったので、すぐに鋼鉄のライトメイルに着替えた。


 遠距離の敵には鉄の玉で攻撃を仕掛け、近距離の戦闘に発展すれば、ローラを守りながらブロードソードで戦う。予備の武器は木刀と錆びついたメイスのみだ。今度ブロードソードを失えば、生きてヘルゲンに戻る事は不可能だろう。


 魔法都市ヘルゲンを出て北の森を進み、廃村を目指して移動する。ローラは俺の後方で控えており、ゴブリンの気配は次第に強くなりつつある。間もなく敵が攻撃を仕掛けて来るのだろう。


 父は『戦いは先手必勝』という言葉をよく言っていた。俺の父はユグドラシルで十五年も冒険者をしていたベテランの剣士だ。レベルは38と、冒険者生活の年数に比べて低いが、死亡率の高い冒険者という職業を、大きな怪我も負わずに十五年も続けられる防御力の高さには定評があったのだとか。


 体は俺よりも遥かに大きく、体重は冒険者を引退した今でも九十キロを軽く超える。しかも、ただの肥満体ではなく、全身に防具を身に付けた状態でも驚異的な速度で森を走る事が出来る。戦闘時にはハルバードとタワーシールドを装備し、頭の天辺から足の爪先まで厚い金属製のメイルで覆うのだ。


 レベルが低いのは魔力を鍛えていないからであって、肉体は筋肉の塊の様だった。レベルとは魔力の強さを数値化したもの。父は武器での攻撃の際に魔力を込める事もあったが、彼は魔力を使わずに戦う事が多かった。


 肉体を極限までに鍛えたハルバードの一撃は、レベル40の人間が魔力を込めた剣よりも遥かに威力が高かったと聞く。レベルだけが冒険者としての強さを計る材料になる訳ではないのだ。


 俺の故郷は農村だから、モンスターと戦闘を行える人間がヘルゲンの様な都市と比較して少なかった。父を始めとする戦う力を持つ村人達は、村の周辺にモンスターが湧くと、すぐにモンスター討伐に出掛けたものだ。


 力の無い俺は父や村人達に守られて生きてきた。だが、これからは俺が自分の力で愛する者を守り、己の信念を貫いて生きなければならない。


 今こそゴブリンとの戦いに決着を付ける時だ。ヘルゲンを出てから俺達を尾行する陰湿なゴブリンの行動には我慢ならない。俺は炎を宙に浮かべて辺りを照らした。炎の威力を高めるにつれて闇が晴れ、辺りに潜んでいた緑色の体をした悍ましいゴブリンが姿を現した……。

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