第十四話「ギルベルトの決意」
何度も休憩しながら、重い体を引きずるように森を進むと、やっとヘルゲンに辿り着く事が出来た。体力は既に限界を迎えており、大量の血を流したからだろうか、気分も優れない。
今すぐ栄養を補給して眠りたいところだが、今日の宿代すらないのだ。まずは冒険者ギルドに赴き、スライムの討伐数を報告して報酬を受け取ろう。
ローラとシャルロッテに支えられながらギルドに入ると、冒険者達は憐れむ様な目で俺を見つめた。きっとスライム相手に負傷したと思っているのだろう。せっかく購入した鋼鉄のライトメイルも一日で壊してしまった。修理するお金も無いから、暫くは大きく変形したライトメイルを装備したまま狩りを行わなければならないな……。
受付に進むと、ブリギッテ・グラウスさんが慌てて駆け付けて来た。彼女は俺の体に触れると、すぐにギルドの奥に戻り、赤い液体が入った小瓶を渡してくれた。グラウスさんに促されて小瓶に口を付けると、中身は生臭く、あまりの不味さに吐き出しそうになった。しかし、一口飲んだだけで気分が良くなったので、俺は一気に小瓶の中身を飲み干した。
「これで気分が良くなる筈です。随分多くの血を流していた様なので」
「廃村で色々ありまして……」
「カーティス様はまた無謀な戦い方をしたのではありませんか? 仲間の回復魔法の効果を信じて敵の攻撃を受けるのも良いですが、もし即死したらどうするのですか?」
「しかし……。俺が攻撃を受けなければならない状況だったんです」
「鎧に出来たこの傷。これはスライムやスケルトンの攻撃によって出来たものではありませんね? 何があったのですか?」
俺は廃村での出来事をグラウスさんに話すと、彼女は大きくため息を付いてから、俺の肩に手を置いた。
「剣士のアレクサンダー・フェスカと魔術師のバルバラ・ゴルツ。二人はユグドラシルの中でも非常に戦闘能力が高く、若くて優秀な冒険者ではありますが、見境なくモンスターを襲い、揉め事ばかり起こす問題児なのです」
「害の無いモンスターを襲う二人を見過ごす事が出来なかったので、俺達はレッサーミノタウロスの加勢しました」
「戦場でギルドメンバー同士が剣を交えるとは……。私はカーティス様の判断が正しいと思いますが、フェスカの言う通り、モンスターを逃がすと仲間を連れて町を襲いに来る可能性もありますからね。基本的には一度攻撃を仕掛けたら全滅させるのが決まりです」
「しかし、相手は人間を襲わない害の無いモンスターではありませんか! 何故モンスターを殺さなければならないのですか?」
「冒険者の中にはモンスターの性質すら知らずに、出会うモンスターを全て殺めてしまう者も少なくありません。この世界に存在する全てのモンスターが悪だという訳ではないというのに……」
グラウスさんの背後から一人の男性が近づいてきた。グラウスさんと同じ制服を着ている事から、ギルドの職員だという事が分かる。
「ブリギッテ。こういう時の対処の仕方は分かっているな?」
「勿論です」
「どういう事ですか?」
「カーティス様。一度戦闘に発展したモンスターを逃した場合は、基本的には探し出して殺害しなければなりません。それも早急に。仲間を呼んでヘルゲンを襲われては困りますからね……。レッサーミノタウロスの性格は温厚ですが、仲間意識が非常に高いので、同胞を殺されたと知ればすぐにヘルゲンを襲い始めるでしょう」
「何故フェスカが戦闘を始めたのに、レッサーミノタウロスを殺さなければならないのですか? そんな事は納得出来ません!」
「気持ちは分かりますが、逆上したレッサーミノタウロスを野放しにする訳にもいかないのです。今日の夜にでも討伐隊を出し、レッサーミノタウロスの巣を探し出さなければならないでしょう……」
俺は受付の人間の事務的な対応に苛立ちながらも、スライムの討伐数を報告して報酬を受け取った。折角俺がフェスカの魔の手から守り抜いたレッサーミノタウロスを殺させてたまるか。何が何でも俺が守り抜いてやる。
『うんうん。僕はギルベルトのそういう無鉄砲な性格が大好きだよ。レッサーミノタウロスがギルベルトに心を許したら、もしかしたら封印出来る可能性もあるかもしれないよ。ギルドの討伐隊がレッサーミノタウロスの巣を見つけ出す前に、ギルベルトが先に巣を見つけるしかないだろうね』
「巣を見つけたとしても、今度は俺の事を襲うかもしれない」
『勿論その可能性はあるだろう。しかし、レッサーミノタウロスは知能が低いモンスターではないんだ。ギルベルトの事を覚えていて、ギルベルトの話なら素直に聞くかもしれない。まぁ、レッサーミノタウロスと会話をしようとする人間なんて、ギルベルト以外存在しないと思うけどね』
「だけど、俺が救わなければならないんだ。何故善良なモンスターが殺されなければならないのか」
『やっぱりギルベルトは僕が認めた人間だ。ジェラルドに近い性格なんだね。彼も迫害されているモンスターを救い続けた。モンスターを悪しき人間から守るために封印し、正式に自分の妻として屋敷に迎え、様々なモンスターと重婚しながら暮らし続けた……』
「今ならジェラルドさんの気持ちも理解出来る気がするよ」
『ジェラルドは錬金術師として名が通っていた。世界最高の錬金術師とも呼ばれていたからか、ジェラルドが妻にしたモンスター娘が人間を襲う悪質な種族だったとしても、手を出される事はなかった。まぁ、モンスター娘達はジェラルド・ベルギウスという名前に守られていたんだね』
「名前にか……」
スライム討伐の報酬である百八十ゴールドを受け取ると、シャルロッテに半分渡し、残りのお金をマジックバッグに仕舞った。現在の所持金は二百二十ゴールド。安宿なら何とか泊まる事が出来るが、栄養のある夕食を買うお金は無い。夕食を一つ十ゴールドの堅焼きパンのみで済ませ、体を休ませてからレッサーミノタウロスの巣を探しに行こうか。何と貧しい食生活なのだろうか。
その前に、ヴェロニカ様の屋敷に行かなければならない。流石に大きく変形したライトメイルを身に付けた状態で公爵様の屋敷に入るのは失礼なので、俺はライトメイルを脱ぎ、錆びついたメイスと一緒にマジックバッグに仕舞った。
グラウスさんから頂いた薬のお陰で気分は良くなったが、解決しなければならない問題が大きすぎて戸惑いを感じる。ギルドの討伐隊がレッサーミノタウロスを殲滅する前にレッサーミノタウロスの巣を見つけ出し、何とか説得して封印するか、どこか辺境の地に逃げて貰う。
レッサーミノタウロスを説得したからといって、俺自身と波長が合わなければ封印する事は出来ない。ゴールデンスライムの様に、聖属性のモンスターなら封印出来る確率は高いだろうが、中立の立場のモンスターを封印するのは難しいのではないだろうか。
『この前も言ったけど、どんなモンスターもギルベルトと波長が合えば封印出来る可能性はある。しかし、モンスターと意思疎通出来なかったり、明らかに敵意を持っているモンスターは決して封印する事は出来ない。レッサーミノタウロスがギルベルトを襲う様なら、グラウスさんの言う通りに、ヘルゲン付近に生息するレッサーミノタウロスを仕留めて回った方が良い。まぁ今のギルベルトにレッサーミノタウロスを倒す力はないと思うけどね』
「もしレッサーミノタウロスが俺を襲い出したら?」
『死ぬしかないね』
「随分あっさりしてるんだな」
『これは命懸けなんだよ。言葉の通り、レッサーミノタウロスがギルベルトに心を開かなければ、ギルベルトはたちまちレッサーミノタウロスの巨大な棍棒によって命を落とす事になるだろう。しかし、何とかレッサーミノタウロスを説得、封印する事が出来れば、自分の手で迫害されているモンスターを守る事が出来るという訳だ』
「命懸けか。良いだろう。たとえレッサーミノタウロスが俺を殺そうが、俺は死の際まで自分の信念を曲げるつもりはない」
俺がそう言うと、ローラは大粒の涙を流して俺の体に抱きついた。心配してくれているのだろうか。俺が死ぬ事になったら、ローラの事はガチャに任せよう。彼は知能が高いから、ローラを守りながら生きてくれるだろう。
『何を言ってるんだい? ギルベルトが死ぬ時は僕も共に死ぬつもりだよ。僕達は共に生きている。強力なマジックアイテムと使用者は一心同体。運命を共にしながら生き、死ぬ時も共に死ぬ』
「まぁ、死ぬと決まった訳ではないけどね」
『勿論』
「ギルベルト! あまりにも危険すぎるわ! 廃村でレッサーミノタウロスがギルベルトを襲わなかったのは、あなたが目の前でフェスカの攻撃を受けて見せたからでしょう? 今度は仲間を集めて、フェスカや冒険者達を襲い出すに違いない!」
「確かにその可能性もあるだろう。俺の事を覚えていないかもしれない。だけどグラウスさんが言っていた『レッサーミノタウロスは仲間意識が高い』という性質に賭けるつもりだよ。俺は彼等の仲間なんだ」
「ギルベルトはどうして自分の命を懸けてまでレッサーミノタウロスを救いたいの?」
「ここでレッサーミノタウロスを殺されては、フェスカとの戦いに負けた事になるだろう? 俺はあんな男に負けるつもりはないんだ。それに、人間に害の無いモンスターを殺すなんて考えられない。俺は何が何でも自分の信念を貫いてみせる」
「ローラもギルベルトを応援する……。だってギルベルトはローラのものだからね……」
「ありがとう。ローラ」
「あまりにも危険過ぎるわ! 私は暫くパーティーから抜けさせて貰うから……!」
シャルロッテは静かに怒りながら、俺達に背を向けて人混みの中に消えた……。




