第1話 ハッキングは犯罪です?
「よく来てくれた!【エインフェリア】ぽにょぽ よ!」
ディーコア3のミッドガルド国ではプレイヤーキャラクターはエインフェリアという「戦いに勝利をもたらすために神から遣わされた存在」という設定になっている。
神の遣いという大げさな名称がついているけど、目の前にいる人の反応を見ているとむやみとありがたがられる存在ではないようだ。まぁプレイヤーキャラクターの数だけエインフェリアがいるだろうしね。
ていうかぽにょぽ?誰?こんなフザケタ名前を付けているキャラに心当たりなんて……残念ながら、あります。
いや、理由もあるんだ。
このゲームではLvキャップまで到達した後はアルバインvsミッドガルドでの対人戦がメインになる。その対人戦で敵を殺すと、例えばAという名前の敵をBというキャラが殺した場合、
【Aは Bによって殺された】
というシステムメッセージが流れるのだ。つまりAを ぽにょぽ で殺した場合、
「Aは ぽにょぽによって殺された」
というメッセージが流れるんだけど、「"ぽにょぽにょ"って殺された」みたいに見えて語呂良くない!?って思いついてしまったんですよねー。ねー。
なお兄弟キャラには"むにょむ"と"ぷにょぷ"がいる。はい、全員アウトっすね。
ボクを自己嫌悪の谷底に突き落としたいのか、こっぱずかしい名前を連呼しているのは目の前に立っている盗賊職のトレーナーだ。この人がさっきからボクの方を向いて「ぽにょぽ、ぽにょぽ」と言っている。
「どうした、ぽにょぽ?さっきまで無言で目の前をウロウロしていたと思ったら、今度はキョロキョロして。大丈夫か?」
後ろを振り返ってみた。誰もいない。トレーナーの視線はまっすぐこっちを見ている。
「頼む!」
もう一度振り返ってみた。やっぱり誰もいなかった。
これはアレですよね?ボクのことをぽにょぽって呼んでますよね?
そうそう。ハッキングのために作成してさっきまで動かしていたキャラクターがぽにょぽで、盗賊職にしてたわ。
この名前を思いついて、喜々としてつけた半日ぐらい前のボク。首を絞めながら説教してやりたい、3時間ぐらいは絞め続ける自信があります。絞め続けられる自信はない。
「えー、大丈夫です。ちょっとぼーっとしてました」
「そうか、まだミッドガルドに来たばかりだからな。わからないことがあれば何でも聞きなさい」
一番わからないのは、
「どうしてボクはここにいるんでしょうか?」
「どうしたら元の世界に戻れるんですかね?」
です!
聞いてみた。
はい。「あれ?この人残念な感じ?」という憐みと眼差しをいただきました。トレーナーさんが美女ならご褒美なんだけど、残念ながら彼はひげ面のおっちゃんなんだ。
メタなことはこれ以上聞いてもしょうがないからまた改めて考えるとして、他に聞くことがないか周りと自分を改めて見まわしてみる。
周囲をモミの木っぽい針葉樹の林で囲まれた村の中にはログハウスみたいな建物が点在していて、プレイヤーらしき人たちがログハウスの入口に立っているトレーナー前にたむろしている。建物の陰には雪が残っていて、時折吹く風はかなり冷たかった。作成したばかりのキャラクターがいるってことは、首都ヨルドヘイムに隣接しているヴァスド村なんだろうな。
自分の服装を見てみると上はVネックで厚手のゴワゴワしたシャツ、下はモコモコしたズボンらしきもの、足元は裏に木の板を張り付けた分厚い靴下っぽい何かを履いていた。つまりはキャラクタークリエイトした直後で何も装備していない時の服装をしている。全体的な肌触りはイマイチだけど、寒さはあまり感じないのはありがたい。
それにしても、キャラ作成した時も、
「しょぼい格好だなー」
と思ってたけど、いざ我が身になると三倍増しでしょぼく感じて不安しかない。
「トレーナーさん」
「レンでいいぞ」トレーナーはレンって名前だったのか。初めて知ったよ。
「レンさん。初期装備を持っているはずなんですが、どこにあるんですか?」
ディーコア3ではキャラクターを作ると初期装備として武器をもらえる。盗賊職はショートソードをもらえるはずなんだけど、どこにも見当たらなかった。
「前に説明した時もぼーっとしてたのか?」レンさんは笑いながら説明を続けてくれた。
「両手首にブレスレットがつけられているだろう。右側がバッグ、左側がステータスになっている」
あ、本当だ。気がつかなかったけど、両手にブレスレットがついてるわ。
「右手のブレスレットを意識するとバッグの中身が確認できるぞ」
言われた通りに右のブレスレットをじっと見ると、目の前にバッグの中身が表示された。表示のされ方はゲーム画面と一緒か。自分の視界に直接こんな表示が出てくるのは新鮮というか奇妙な感じだな。
「確認できたか?」
「はい、できました」
「では、バッグの中の物を選んでみなさい。バッグの中身を確認した時と同じでその物を意識すればいい」
バッグの中にはショートソードしか入ってなかったので、そのショートソードを見ると、
【ステータス】【装備】【捨てる】
という3つの選択肢が表示された。その中の【装備】を選ぶと
『装備しますか? Yes/No』
という選択肢が出てきて、Yesを選択した瞬間、手にショートソードが現れて腰にはショートソードの鞘が吊るされる。うわ、便利。
「どうやらバッグの使い方はわかったようだな。戦利品は自動でバッグ内に収集されるが、容量を超えるとその場に放置されるので気をつけるように」
「はい、ありがとうございます」
そのままショートソードを振り回してみる。扱ったことはないので振り方は適当だが、さほど重くはない。そう言えば装備している武器のステータスも見ることができたはずだな、やり方は同じかな?
ショートソードに意識を集中すると【ステータス】【戻す】【捨てる】の3つの選択肢が出てきた。【ステータス】を選ぶと、
【訓練用のショートソード】
レベル:0
品質:やや悪い
重さ:3Kg
と目の前に表示される。【戻す】はショートソードをバックの中に戻すんだろうな。【捨てる】を選ぶと『捨てますか? Yes/No』と表示された。唯一の装備が無くなったら大変なのでNoを選んでおく。
ディーコア3だと捨てても地面に落ちるだけでもう一度拾えばOKなはずなんだけど、実際に試すのはもうちょっと余裕ができてからにしよう。リアルはチキンに、がモットーです。
後はステータスか。左のブレスレットに意識を集中すると、これまたゲーム画面と同じステータス画面が目の前に表示された。
【力 :80】
【耐久:70】
【知恵:60】
【信仰:60】
【器用:60】
【敏捷:60】
【魅力:60】
とこのキャラを作成した時に設定したステータスが表示された。初期設定時にもらえるボーナスポイントの30ポイントは力と器用と敏捷に10ポイントずつ振っている。付与能力も初期盗賊職なので
【剣:1】
【斧:1】
【ステルス:1】
【ハッキング:1】
の3つしか表示されていない。
ん?
あれ?
【剣】でしょ。ミッドガルドではバイキングの国らしく盗賊いえど斧が使える、ので【斧】。そして盗賊職専用の【ステルス】。これが初期盗賊職の付与能力3つ、のはずなんだけど……【ハッキング】とかいう知らない能力がしれっと表示されてる。知らない、というのはゲーム的な意味合いだけで、リアルでは本職だから知りまくりだよ!
よくわからない何かと張り合うのはともかく、【ハッキング】に意識を集中しても何のスキルも表示されないな。【剣】と【斧】を見ると【強撃I】というスキルが表示されるし、【ステルス】を見ると【ステルスI】というスキルが表示される。
能力レベルはレベルアップ時に取得できるポイントを振らないと上がらない。【ハッキング】はポイントを振らないと使えるスキルを覚えないのかな。
でもレベル20までいくと能力リセットできる権利ももらえるはずだし、まずはレベル上げてポイント振ってみようっと。実はバグで表示されているだけの死に能力で、振ってもスキルを覚えない可能性もあるけど、こういう特別な能力ってたいていめっちゃ使えるんだよね。色んな文献を読み漁ったから知ってる!
レベルを上げるにはチュートリアルクエストするのが一番てっとり早いかな。ぷにょぷで経験済だから詰まることもないだろうし。最初は蛇退治だったっけ?
「レンさん、チュートリアルクエストを受けたいんですけど」
「ではこの近所に救うレッドスネークを5匹狩ってきてくれ。死骸をそのまま持ってきてくれればOKだ」
あ、やっぱり一緒だった。レッドスネークね、Lv1でも格下だったし何とかなるでしょ。
◇■◇■
レッドスネーク狩りのクエストはゲームとは違ってかなり辛かった。
牙がかなり鋭く、モコモコしたズボンを貫いて肌にプスプス刺さる。ところどころに血がにじんでいた。ダメージは大したことなさそうだけど、それでこれだけ痛いってことは大ダメージ受けたら泣くかもしれない。
4、5回ほど切りつけてようやく蛇は動かなくなった。動かなくなった蛇の体が目の前からスーッと消えていく。緊張していたからか、我に返ると足が少し震えているのに気付いた。
「……疲れた」
改めて自分のステータスを確認すると、ヒットポイントのバーが10%ほど減っている。スタミナのバーも半分ほどになっていたが、こちらは目に見える速度で回復している。経験値バーも10%ぐらい増えていた。
数回は噛まれたので、防具無しでも10回や20回噛まれても死にはしないってことだな。そもそもチュートリアルだし、行き詰ってしまう難易度なワケないか。
しかし自分のヒットポイントを確認するのにわざわざステータスを確認しないといけないのも面倒だなー。リアルタイムでわからないと逃げる判断も難しいし。ゲームだと自分のヒットポイント、スタミナ、マナと経験値がまるっとわかるステータスウィンドウが常時見れてたんだけど、あれ出せるんだろうか?
休憩がてら目の前に表示されているステータス画面の色々なところを見ていると、どうやらヒットポイントやスタミナのバーをステータス画面の外に移動させることができそうだった。
ドラッグ&ドロップのイメージでバーを動かすと、目の前に見えている光景の片隅に小さなステータスウィンドウがポツンと現れた。横を向いても上を向いてもウィンドウが同じ位置に表示されている。視界がゲーム画面に近づけば近づくほど、現実感が薄れていくな。便利なんですけどね。
あとは「強撃I」スキルや「ステルスI」スキルアイコン化できたので、ステータスウィンドウの近くに置いておいた。強撃やステルスは使おうとしたら使えるんだけど、アイコンを見ることでも強制的に発動させることができて、かなり便利なことがわかったんだよね。