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第0話 プロローグ

「…通ったッ!」


 思わず声とガッツポーズが出た。世界中のゲーマーを惹きつけているゲームシステム【キャメロット】へのハッキングがついに大詰めを迎えようとしていた。三食昼寝付きの悠々自適な人生が見えてきたぜ!


【聖王アーサー暗黒年代記 ~Dark Chronicle of Arthur】

 略してディーコア(DCoA)3とも呼ばれるこのネットゲームは、エミス社がリリースしているディーコアシリーズの3作目にして最新作だ。


 1作目のディーコア1【剣闘王アーサー ~Duel Colosseum of Arthur】はアーサーが一剣闘士から英雄と呼ばれるようになるまでを描いた格闘ゲームだった。

 2作目ディーコア2【聖王アーサー遠征記 ~Divine Conquest of Arthur】は一転シミュレーションRPGとしてリリースされた。英雄アーサーが聖剣を授かってアルバイン国の王となりイングランド全土を制覇していく物語を描いたゲームだ。

 両作品ともワールドワイドに展開され、世界で最も遊ばれているゲームシリーズの一つになっている。


 そんな大人気シリーズの3作目がこのディーコア3だった。格闘ゲーム→シミュレーションRPGときて、次は何か?とファンの間でも話題となっていた。ところへ放たれた、

「ディーコア3はMMO RPG」

という発表は色々なSNSのトレンドキーワードTOP10を数か月に渡ってキープし続けるほどのホットトピックとして迎えられた。


 イングランド全土を統一し、その版図を拡げようとするアーサー王の前に違う神と力を持つ国が立ちふさがる。

・聖王アーサーの国【アルバイン】

・バイキング達の国【ミッドガルド】

この2国が覇を競いあうMMO RPG、ディーコア3は世界中のゲームファンから熱狂的に迎えられた。

 更にリリース当初からアメリカ、ヨーロッパ、アジア、オセアニナ、アフリカの5地域同時に展開され、一週間で延べ数億キャラが作成されたにもかかわらず全員が同じワンワールドでプレイできるというモンスターゲームぶりを発揮していて、

「夢見ていたゲームが遂に出た」

ゲーマーであれば誰しもこう思ってしまうであろう空前のゲームだった。


 この全世界から注目を集めるゲームには、もう一つ大きな特長があった。

"24時間狩りや生産をし続けるツール"

"キャラクターの移動スピードを上げたり通れないところを通れるようにしてしまうツール"

といった、他のネットゲームではリリース後すぐに蔓延していたツール類がこのゲームでは全く流通していないのだ。


 世界中で何億人ものゲーマーが熱狂的にプレイしているゲームだ、役に立つチートツールがあれば、それで稼いだゲーム内通貨を現実のお金に換金するリアルマネートレードをしたり、そのツール自体をプレイヤーに売ったりして莫大なお金を稼ぐことができる。

 はずなのだが、ディーコア3がリリースされてもう数ヶ月が経った今でも「チートツールが開発された」という噂すら全く耳にしていない。

 世界の名だたるハッカー達が束になって挑み、跳ね返されている。ハッカー達もまたこのゲームに熱狂している集団の一部だった。


 そしてボク、黒木 賢三もこのゲームにゲーマーであり、一攫千金を夢見るハッカーの一人だ。大学生換算では9年生に相当するひきこもりのエキスパートにしてハッカー。ハッカー(在宅)という職業を持っているニートではない。

 そしてそのひきこもりを一生約束してくれるエルドラドはもう目の前にあった!


「…ハアアアアァァアァァ!」

 ディーコア3のシステムとパソコン間でやり取りされるデータを拾うためにゲーム上の自分のキャラを動かしながら、別のモニタでハッキングツール【トリックスター】の攻撃結果を確認する。

 もともと使っていたツールはハッカー仲間内では高性能と評判で、実際よく利用されているツールだった。が、そのツールでは最初の【キャメロットウォール】すら抜けず、逆に攻性防御システム【マーリン】に攻撃されて10万台持っていたゾンビクライアントをまたたく間に3万台にまで減らされた。

 そんなキャメロットの防衛システムに全く歯が立たずに茫然自失だった時にたまたま見ていた海外の掲示板でトリックスターに出会った。書いてあった「The "KING" of tools! (最強のハッキングツール)」って謳い文句に、

「え? 最強とか言っちゃうの!? …やだ、何、恥ずかしい」

とか思ってました。ゴメンナサイ、キミは最高だよ!


 そんな思い出に浸りながら着々とハッキングが進んでいく様子を表示する画面を見ていると、急に画面中の何カ所かで"アラート!"という赤い文字が表示された。かと思うと、アラート範囲がみるみる内に広がっていく。


『おっと、マズっちゃった』

「ん、ドンマイドンマイ」


 人間ミスして成長するんだよ。ドンマイ、気楽にいこうぜ!


 ……え?


 今、声がしたよね?カーテンは閉め切ってて明かりもつけてないけど、今は昼間で部屋の中は明るい。部屋も首を動かすまでもなく見渡すことができるコンパクトサイズ。こんな好条件の中、周囲を見渡してみたが、自分以外の人の姿はない。もちろん猫の姿も犬の姿もない。

『悪いけど、助けてよ』

 ひとっ欠片も悪いと思ってなさそうな軽薄な声は、どうやら目の前のパソコンから聞こえてくるようだ。裏でブラウザでも開いてたかな?

『よっ、と』

 モニタから手が伸びてきているように見える。これはアレだな。心臓に悪い画像や動画をいきなり見せつける性質の悪い心霊系サイトにアクセスしちゃったのかな。


 しかしその手は、まことに残念ながら、物理的に本物だった。


 無造作にボクの肩をつかんだ手はまたモニタの中へ戻っていき、目の前いっぱいに画面が広がって、

「ぶつかる!?」

と思わず目を閉じた。けれど、予想していたようなガツンッとした衝撃はなく、粘土に指を押しいれたようなヌルッとした感覚に全身が包まれた。


何だこれぇぇぇぇぇ!!??


◇■◇■


 ……さよならボクの 人生よ


 まさか自分自身にこんな言葉を贈る機会があるなんて。

 だが分かってほしい。もしくは想像してほしい。


 鼻先すれすれに突きつけられた大剣。

 まばゆい輝きに包まれている刀身はバカバカしいぐらい神々しい。

 そして、これらの当事者に自分がなっているとしたら?


 ディーコア1で全ての敵の全ラウンドをパーフェクト勝利すると、エンディングでアーサーは一振りの剣を入手して聖王と呼ばれるようになる。その剣こそが聖剣【エクスカリバー】、目の前で輝いている剣とウリ二つだった。ちなみに剣を持っている人も「エンディングで登場するアーサーの双子の兄だよ」と言われたら納得せざるをえないレベルで似てる。


 皮膚に触れるか触れないかのところで静止している剣は微動すらせず、目の前の人物が尋常ではない技量であることが素人にもすぐに分かる。白銀の鎧に全身を包み、頭には金属製の飾りをつけていた。その飾りの下からこちらを見通す瞳は炎のように揺らめいていて、瞬間的に畏怖の念がこみ上げてくる。


「どうやってここまで入ってきた?」

 低く通る声。もっと聞いていたいと自然に思う声だった。さすが王様は声からして違うなー、と色々なことを棚において考えてしまう。完璧なまでの現実逃避。

 向こうも返事に期待はしていなかったようで、

「ランスロット、ランスロットはいないのか?」

と剣と視線は逸らさずに自分の護衛であろう人、というか円卓の騎士筆頭であるランスロットに呼びかけていた。


 ここまできてようやく現状についての理解が始まった。目の前に立つアーサーらしき人、突きつけられているエクスカリバーらしき剣。こういう理解に至った自分の脳には不安しか感じないけど、いまボクはディーコア3の中、さらに言えばアルバイン国の首都キャメロット城内の謁見の広間で聖王アーサーと対面している、と結論づけてしまった。


 ランスロット(という名の防御システム)はついさっき【ジャックリッパー】で沈黙させた。体は動かさずに目線だけを広間の入口に向けると、大きく開かれた扉の隅に倒れているであろう人の指先が少し覗いていた。たぶんアレがランスロットさんだな。

 そして部屋の中は静かだが外は騒がしかった。いや、騒がしいなんてもんじゃない。爆発音や少なくない人の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。


 戦争中? あー、トリックスターで攻撃して、何層もあった防壁を無力化させて侵入したからか。中から見るとこんな感じなんだな。


「貴様のような輩にランスロットが遅れをとるとは思えんが……」


 いえす、まいろーど!


「まぁよい。戦いの最中に現れた不審者、殺す以外の選択肢もあるまい」


 のぉー! まいろーど!!


 突きつけられた剣がスッと拳二つ分ほど引かれたけど、輝きはそこにとどまったまま+アーサーの全身に力が漲っていく=フィニッシュですね、わかります。

 溜め技ってことは【セイクリッド・スラッシュ】かな? エクスカリバー装備時のセイクリッドってガードして体力3割、直撃したら8割持っていかれる鬼畜技だったよなー。どれぐらいお金積んだら許してくれるかなーって、部屋の中から拉致されたから小銭すら持ってないか。走馬灯ってどのぐらい死ぬ間際になったら見えるんだろう。


『【トガリネズミ】アクティブ』


 現実逃避から現実隔離にレベルアップした妄想系スキルを獲得しそうだったその時、突如身の回りから手のひらの半分ほどの生き物が湧きだして四方八方のあらゆるものへ飛びかかっていった。これは……ネズミ?

「トガリネズミか、邪法使いめが」

 声に焦りは全くない。ちょっと邪魔なだけでダメージはなさそうだな。で、邪法使いってボクのことですよねー。今は何もやってないし誤解なんだけど、この状況では絶対に理解してもらえない自信があるわ。何にせよ、セイクリッドの溜めが解除されたことは良かった。


 直面していた命の危機は去ったけど、ネズミに埋め尽くされた広間からは自分自身も脱出できない。どうしようかなーと思っていると、


『【分散型ゾンビ攻撃】アクティブ』


 第二波来ました。ハッカー御用達の分散型ゾンビ攻撃。分散かつゾンビってどう見えるんだろうと思ったらそのまんま。王様がいる広間に山のようにゾンビが出てくる、どう見ても滅亡フラグとしか思えない光景だよ。

 ネズミと違ってゾンビは高さもあるし、アーサーの姿が全く見えなくなった今はまさにチャンス!


 さっそく広間から脱出するルートを探し始めたその瞬間、目の前から爆発的に光が広がり、十字の形に収束して吹き荒れた。ネズミとゾンビの洪水は跡形もなく消し飛び、衝撃の余波で僕も入口付近まで飛ばされて床に叩きつけられる。めっちゃ痛い。

 前髪しかないチャンスの神様はあっという間に通り過ぎてしまったようだ。

 デュエルゲージを3本全部使って出せる超必殺技【ディバイン・クロス】だな、これ。ゲームだとゲージ全部使い切るわ、当たっても殺しきれないわというイマイチな技だったけど、ネズミとかゾンビとかボクみたいな雑魚相手だと一切合財マジ必殺だわ。


 痛みでなかなか立ち上がれないボクにも油断は見せず、剣を構えたまま滑るように距離を詰めてきた。そんな時にまたどこからか声がした。


『【モルドレッド】アクティブ』


「父上! 何やら騒がしいですが、どうかされましたか父上?」

 まだ少年の幼さを残した声が背後から聞こえてきた。ようやく立ち上がって後ろを見ると、面頬を上げて片手に剣を携えた騎士が広間に飛び込んでくるところだった。

「モルドレッド、問題ない。退がっておれ」

「なりません。そこのお前、動くな!」


 はい、もう足ガクガクなんで。ご所望どおり動きません、動けません。


「ランスロットを退けたかもしれぬ者。命令だ、退がっておれ」

「王の危機に退くようでは騎士を名乗れませぬ! こやつは私が」

 王様の命令は聞こうよー、と考える余裕はなかった。モルドレッドと呼ばれた騎士は剣を構えたまま、10メートルはあろうかという距離を振り向くよりも早く詰めてきた。

 ズドッという鈍い音が体内に響き、熱いものが喉を逆流してくる。下を見ると剣の柄がボクのお腹から生えていた。


『【トロイの木馬】アクティブ』


 柄を握っているモルドレッドの口元があざ笑うかのように歪んでいく。

 そのままモルドレッドは"加速"した。


「モルドレッド!?」


 ボクを貫いてなお、矢のような鋭さで突進するモルドレッドの刃の先にはアーサーがいた。我が子が? と虚を突かれたのか反応が一瞬遅れた。ために、避けるのではなく剣で薙ぎ払うしかなかったのだが、その一撃も肉壁となっているボクの体を刻むだけで終わった。


 ズドッという重い音が再び広間に響き、アーサーがゆっくりと崩れ落ちる。デュエルゲージ1ゲージで【ディバイン・ヒール】が使えるんじゃね? と思ったけど、さっきディバイン・クロスで全ゲージ使ったんだったね。


 手や足の先は冷たく視界もぼやけてきて、そろそろ走馬灯タイム? と思った時、ボクの前で横たわるアーサーの背後に何かが立っているのを感じた。

『いやぁ、予想以上に上手くいったね。ご苦労サン♪』

 この場違い極まりなく軽い感じ、間違いなくボクをここに引っ張り込んだヤツだ。

「なんてことしてくれたんだ! 責任とれ、責任。あと賠償!」

って怒鳴りつけてやりたいけど、もうそんな力はこの体に欠片も残されていない。


 何かの気配がアーサーと重なり、そのまま薄まると同時にアーサーの眼がカッと開いた。

 何事もなかったかのように立ち上がり、エクスカリバーでボクもろともモルドレッドを斬り捨てるアーサー。ボクの頭を掴みあげて覗きこみながら、

『キミにはご褒美をあげなきゃね』

と血に塗れた微笑みを浮かべていた。


 賭けてもいい、この"ご褒美"とやらは絶対金ではない。あと、ロクでもない。


 そのままボクの意識は消失した。


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