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007渋谷地下街

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 渋谷。地下に潜ったその街は、過去の自分の世界と比べても、渋谷を感じさせた。


 行き交う人、人、人。


 異世界では考えられないくらいの人口密度だ。


 急激な懐かしさに胸が痛くなり、ユーリは知らず胸部に手を当てる。


 帰ってきた。そう、実感できた。


 行き交う人は様々だ。元いた世界の渋谷と同じく外国人も多い。中華系、ヨーロッパ系、アラブ系、ドワーフ、エルフ、ホビット、獣人、様々だ。


「え?ドワーフ?」


 ドワーフである。ずんぐりむっくりの体躯に戦斧を担いでいた。流石に刃部にカバーをかけているが。


 エルフもいる。エルフだよねあれ?それにホビットも。獣人なんて明らかにコスプレどうこうじゃ無いリアルさである。


「ドワーフ、珍しかった?異世界じゃ結構いるって話を聞くけど」


「異世界ならな?いやここ日本だろ?って何だよ、そのマスクとサングラス……あ、流行のおしゃれだったりするのか?」


 横を歩くナギは何故かマスクにでかいサングラスを装着していた。ニット帽まで目深にかぶっている。ユーリ以上に不審者に相応しい。


「格好のことは気にしないで。あなた、もしかして人族至上主義?それは感心しないなー」


「そ、そうじゃなくて!」


 そこに飛び込んでくる大音量の軍艦マーチ。街宣車だ。黒塗りのハイエースに金文字で勇ましい文言が書かれていた。


「我々本来の政府は!日本へ!ひいては世界へと警鐘を鳴らすものである!」


 と、その街宣車の対向車線に、同じく街宣車が止まり、がなり立て始めた。


「黙れ旧政府の犬らめが!正当な権限なく政府を名乗る簒奪者ども!国が定めた政府は唯一であり、我々は新日本国を代表し、国家安寧を図るとともに……」


 それを聞いたナギがワタワタとマギデバイスを確認する。


「わ。もうそんな時間か……ユーリさん、急ごう」


「あ、ええ、うん。なんだあれ?」


 黒塗りのバンを指してユーリが問う。


「あれが、日本で許された新政府と旧政府の争いなの。毎日12時から一時間だけああやって街宣車を使ってお互いの主張をぶつけ合うの」


「……不毛な争いに見えるが」


「でも怪我人はでないわ。それに、テレビで討論することだってあるわ」


「……話し合いで解決できたらそもそも分裂しないと思うが」


「そうかもね。それでも。それでも私はコレが平和に思えるの。命のやり取りをしている身としては、ね」


 そうかもしれない。そう考えると、日本らしいと言えるのかも知れない。


「そうか……でもドワーフにエルフ、獣人まで……溶け込むもんだなぁ」


 渋谷地下の……ここはスクランブル交差点を思わせる広場だった。街宣車以外に車両は見当たらなかったが。


 それぞれが、思い思いのお洒落をして、地下の広場を横切ってゆく。


「当たり前でしょ。みんな日本人よ……あ、まあ外国人も多いか」


「……俺の知る日本には、いなかったんだよ……いわゆる人族以外は」


「それで人族至上主義者に?」


「なんだそれ、人族至上主義?いや、意味はわかるけど違うよ。俺の異世界の仲間にはそれこそ魔族だっていた」


「マゾク?え?魔族ってあの?」


「どの、かは知らないけど、多分想像してるのとあんまり違いはないかもな……仲間にはドワーフ、エルフ、ホビット、獣人、妖精だっていたさ。俺の知る日本でも差別はタブーでね、っても西洋人やら中国人への……外国人へのヘイトがタブーって意味だったけどな……異世界では……」


 地下、とは言っても広大な空間だった。圧迫感はなく、むしろ開放感がある。そこに、渋谷と言うメルティングポットが出来上がっていた。


 行き交う人々に、お互いの蔑み、または優越感など微塵もない。それぞれが、それぞれを当たり前に認めている。だからこそお互いが空気のように、あって当たり前の存在として認めている。


「異世界では、差別があった。それこそ、差別されている側ですら当たり前に差別されることを受け入れてる状況だったよ……うん。差別は……あんまり気持ち良いもんじゃないよな。そりゃ色んな理由があったんだろうけどさ」


 ユーリは言葉を切る。自分が何を言いたいのか、自分でもわからない。でもこの胸の内にあるのは、深い感動だった。


「……良い街だな、渋谷」


「でしょ?」


 ナギは小さな胸を張る。


「あなたが人族至上主義者じゃなくて良かった……私は、見てわかるかもだけどクォーターなの。エルフと人族のね」


 エルフ族は大体胸が小さい。ちらっと制服に包まれた慎ましやかな胸を見る。と、思いもかけず制服の首元から白い下着が目に入ってしまった。


「いや、見ただけじゃ分からないよ」


「……今どこ見て言ったの?」


「急ぐんじゃなかったか?」


「……普通耳を見ない?エルフ族って言えば耳でしょ?」


「そう言えば何でヘッドホン掛けてんの?それもオシャレ?」


「……言っておくけど、顔赤いからね。スケベ。信じられない」


「耳隠してるくせになんたる言い草」


「知らないっ」


 盗み見は結構得意だったのだが、簡単に見抜かれた。勘が良いのだろうか。いや違う。完全に顔を赤らめたのがバレていた。


 て言うか、思いも寄らず日本へ戻ってきたからだろうか。感情の起伏がおかしいような気がする。普段より驚きが唐突だし、ナギを見てドキッとすることが多い。


 いや、確かにナギは美少女だ。全人類に聞いても90%……いや95%くらいはそう認めるだろう。だが、異世界にも美女は多かった。貴族の魔術師エリアもそうだし、賢人ティエリエルフィンだって見た目相当な美人だ。アナベルなんて性格を知らない奴から、女神だなんだと持て囃されていたものだ。


 美少女やら美人は見慣れていた、つもりだったのだが。少なくとも、ドキッとしても表面上取り繕うくらいはどうとでもなるはずだったのに、頬が紅潮するのが抑えられない。


 その疑問の一端が、垣間見えた。


 地下街には、多くの店舗が軒を連ねている。というか、ビルが柱のように地下の空間を貫いている、といえば伝わるだろうか。


 その店舗……オシャレな女性向けの服飾店だった……の入り口は、磨き抜かれたガラス製で、コスプレにしては気合い入った鎧姿のユーリと、制服姿グラサンマスクで不審者一歩手前のナギが映っていた。


 問題はそこじゃない。


「わーお」


 ユーリの顔だ。見慣れた顔ではなく、精悍さは抜け、あどけない表情の……つまりは少年らしいほど少年ユーリの顔だった。


 通行人がユーリにぶつかり、短く謝罪して足早に去っていっても、ユーリは動けなかった。


「き、急にどうしたの?」


 マスクにサングラスの上からでも動揺した、ワタワタした感じでナギが聞いてくる。


「若返ってるんだが」


「えっ」


 つまりはアレか。少年に戻ったことで、感動はより深く、動揺もより強く感じてた、ということなのだろうか。


 いや、それにしても魔術は普段の……つまり成人ユーリと同じように扱えたし、剣の振りも、鎧の重量も成人ユーリが感じていたものと同じだった……と思う。


 てことは何か?筋力やら魔力はそのまま、若返ったってことか?


 いや、そう言えば今更だが体格の感覚に妙な違和感はあったんだ。微妙な差だが。旧渋谷で大型の猿タイプの魔物の急所を微妙にハズした。あれは体格の違和感からくる誤差だったのか。


「若返ったって……え、ユーリって幾つなの?」


「25?6?くらい」


「……道理で年下の癖にえらそーな雰囲気だなとは思った」


「いや、嬢ちゃん……お前さん中学生かそこらだろ?」


「ちがいますぅ!15ですぅ!高校生ですから!」


「入りたてじゃねーか……これ、転移前の年齢に戻されたのか?」


「そんなことってあるのかしら……?他の異世界転移者ではあまり聞いたことのないパターンだけど」


「……何とも言えないな……分からないことが多過ぎて」


 しばしユーリは黙考してから呟く。


「いや、うん。気にしない方向でいこう」


 ユーリは胸元の傷跡が消えているのを確認した。魔術でいつでも消せる傷だったが、消さないでいた傷跡だった。それが無くなったことにショックを受けつつも、何でもないように装う。


「……何か、あった?」


 全然装えてなかったのか、ナギはちょっと心配そうに聞いてくる。


「……いや、なんでもないよ」


 傷跡は消えたが、思い出が消えたわけじゃない。でも風化してしまうのが怖かった。


 異世界の出来事が、本当にあったことなのか。この日本に来てから、急速に異世界が過去に追いやられている気がして、ユーリには言いようの無い不安のようなものを感じてしまうのだ。


「さ、行こう」


「……う、うん」


 促しながら、ユーリは動けなかった。


 ナギは、ユーリが酷い痛みを耐えているように見えて、そっと背中を押した。

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