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002独白と転移

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 アナベルは一人、夜空を見上げていた。


 ユーリは傍らの草むらに腰を下ろした。


「私、小さい頃は、ドレスを作る仕事に就きたかったんです」


 アナベルが静かに語り出すのを、ユーリは黙って聞いた。


「でも、親は小役人で、あまりお給金が出なくて。でもドレスを作るには、学費の高い王都の服飾学校に行かないとダメで、私は……」


「私は、服飾学校に通うために、冒険者ギルドに登録するつもりでした。8歳のときだったかなぁ。ギルドのパンフレットとか、王都に行く為の交通費とか自分で調べて……」


 始めて聞く彼女の独白を、ユーリは夜空を見上げながら聞いていた。


「そんなとき、夢を見ました。怖い夢。なんて言ったらクレタさんに怒られちゃうけど。でも怖い、夢だった。大地が揺れて、未来が欠けて行く、夢。光が満ちて、私が大地を再生するけど、その過程がどうしようもなく怖くて」


「それから、天啓を見たって言われて、王都の勇者養成施設に入って、訓練が始まって……そんな辛い日々の唯一の希望が、王都の服飾学校に近付けたってことでした。諦めてなかったんです。ドレス作るの」


 アナベルは白い吐息を夜空に吐きかけた。


「訓練が終わって、遠征に行くことになっても、ドレスの事だけ考えてました。私の日記、アレ殆どドレスのデザイン書いてあるんですよ」


 そう言って、アナベルはクスクスと笑う。


「私が勇者議会に参加しないのも、本当に勇者になっちゃったら、ドレスを作れなくなるかもしれないから。理念がどうとか、理想がどうとか関係ないんです。ただ……ただそれだけ」


「私は、仲間に恵まれただけ。エリアが、ユーリが、バティスタさんが、エスティさんが、クレタさんが、ティエリエルフィン様が……皆が私を導いて」


 アナベルはユーリの方を向いた。


「皆が、私を、勇者にしたの」


 瞳には涙が浮かんでいた。


「私は勇者になんかなりたくなかった」


 搾り出すような嗚咽と共に、プラチナブロンドの髪が、その整った顔を隠す。


「普通に生きて、服飾学校に行って、恋をしたり、偶には遊んだりして……ドレスを作れなくても、町の仕立て屋に就職して、背の高くてカッコよくて年収の高い貴族と結婚して」


「理想高えなオイ」


「子どもは女の子と男の子。毎日仕事しながら家事もやって、大きくなった娘に、手作りのドレスを着せて結婚式を……そんな普通の家庭を築くの」


 顔を上げたアナベルは、凄惨な笑みを浮かべていた。


「責任、とってよ。ユーリが」


 あまつさえ、腰の聖剣の柄に手がかかっている。


「私、23歳になったのよ?結婚適齢期をさぁ。勇者稼業に潰されてさぁ。これから魔王討伐しても、さっきの仲間の啀み合い、見たでしょ?どこに所属するとか、しないとか。魔王討伐したら済し崩し的にどっかの貴族と婚姻話があがるわ、きっと」


「さっき貴族と結婚したいとか」


「貴族なんて豚しかいないじゃない!」


 にじり寄るアナベルに、後退りするユーリ。


「結局、どの連中も勇者が必要なの。私じゃなくてね。ユーリなんで逃げるの」


「魔王倒したらドレス作る機会もあるだろ」


「ないわよ。それとも何?魔王倒したら私と一緒に逃げてくれるの?この柵から?」


「大体俺、元奴隷だし」


「気にしないわ」


「他の連中が気にするだろ」


「黙らせるわ。聖剣で」


「それに浮気性かも知れないし」


「一緒に死んであげるわ。相手の生死は聖剣に聞いて」


「何でも聖剣に頼るのは……落ち着けアナベル、ちょっと魔王戦前で気が高ぶってるだけだって。今治癒魔術で心を鎮め」


「ねぇ!何で逃げるのよ!?」


「聖剣抜いてるからだろーが!」


「ちょっとあんた達、何やってんのよ!?」


 やって来たのはエリアだった。二人を見て、エリアは状況を理解したのか、アナベルを見てさっと眼を細める。


 対してアナベルは、静々と聖剣を納めた。

「アナベル」


「……何?」


「言い訳は?」


「……何の?」


 何故か始まった問答に、ユーリは安堵の溜息を漏らす。どうやら標的は変わったようだ。


「抜け駆けはナシだって約束したよね?」


「もう時効でしょ」


「あんたねぇ!」


 エリアが声を上げたそのときだった。


 ユーリの足元に、罠の紋章のようなものが浮かぶ。とっさの判断で、ユーリは罠を無力化する術式を編んだ。それが弾かれる。


「え?」


 アナベルの判断も迅速だった。魔王の魔術すら切り裂く勇者流の聖剣技が紋章……いや、はっきりと魔法陣を切り裂いた。が、魔法陣が消えることはなかった。


「なんでっ!?」


 エリアは観察していた。二人が動けば罠だろうが魔法陣だろうが問題ないと踏んだのもあるが、師匠ティエリエルフィンから、魔術師は状況の判断能力が重要だと散々教えられてきたからだった。


 その二人の術式と聖剣技がほぼ同時に弾かれた。


「強制……転移……魔法陣!?」


 エリアの悲鳴にも似た叫びに、ユーリは気付いた。10年前と同じだと。日本にいた自分が強制的にこの世界に飛ばされたときと同じ魔法陣だと。


 幾何学的な文様に意味があるのかないのかはわからないが意味のある文字もある。文様の中にハッキリと漢字で強制転移、という文字が見えた。


 何でここで?魔王討伐前なのに?強制転移までの時間は?ひょっとして脈アリ?何故魔術も聖剣技も無効なのか?エリアとアナベルは攻略可能だったの?今度は何処に飛ばされる?エリアとアナベルに何か一言言うべきか?


 グルグルと空回りする思考で、ユーリは


「そろそろ芋、焼けてるから」


 それだけを言い残して、光の残滓になった。


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