代々木公園へ
午前7時。ナギはいつもこの時間に出るらしい。ユーリも身支度を済ませてナギと一緒に出掛けた。ナギはグラサンマスクを着用し、スポーティな普段着である。ユーリは異世界の服はまずいということで、急遽ナギの姉弟子、坂上キヌの買ってきたジャージ姿である
「訓練は、地上の施設で行うの。マギア使うと地下だと色々篭っちゃうから」
「あー、炎とか出して延焼でもしたら一酸化炭素中毒とかになるもんな」
「あ!忘れてた!ユーリ。火は使っちゃダメだからね。日本ではっていうか、この世界どこでもだけど、火は厳禁」
「……なんで?」
「なんでって……異世界では火を使ってたの?普通に?」
「そりゃ……使ってたけど」
「へぇ……第三世界の魔物は種類が違うのかな?じゃあ分からないよね。ここの害獣は、火を見ると集まってくるし、より凶暴になるの。人類は火薬を使った戦争をして、一度は滅びかけたのよ。魔物の暴走で。ワールドモンスターハザードって呼ばれてる現象ね」
そう言われてみれば、この世界に来て、火を見ていない。すき焼きもIHだった。熱は大丈夫なのか。
「それは、例のポータル戦争のことじゃないよな?」
「それよりももっと昔。当時の資料はあまり残ってないんだけど……人と人が戦争してた時代の話よ。そのときは火薬式の銃が主流だったの」
「あれ?今は違うのか?」
「……今の銃弾は、マギアで飛ばす弾よ。MAGI弾って呼ばれてる」
ナギは、いつも持っている楽器ケースみたいなプラスチック製ケースのロックを外して中を出して見せた。
「コレがエルフ式マギア銃。この中に、マギアを発生させる内部機構が取り付けられてて……」
ケースの底にある箱を取り出し、中から実弾をユーリに見せる。
「これがMAGI弾。カートリッジ部分がミスリルで……あ、大事に扱ってよ。一発5000円位するんだから」
「一発で!?たかっ……いのか?銃弾の値段はわからんけど」
「エルフ式マギア銃ならハンドガンでも300万位するわよ。私のはスナイパーライフルモデルで1000万位」
「……高過ぎないか?」
「ユーリの使ってるミスリルの剣だってそれ位するでしょ?確か知り合いが持ってる、横浜ミスリル社製の両手剣で700万って聞いたわよ」
「俺が買ったわけじゃないから値段は分からない……まあ確かにそうなのかもしれないな。でも実際、円で言われると実感するな……」
「だからプロブレイブは大変なの。下手すると、消耗品だけで年俸使っちゃうから……アマチュアの人とかどうやって生活してんだろ……?」
俺に聞くなよ。知るわけないだろ。
渋谷地下街は朝でも賑わっている。というか群れている。長らくこの人混みを忘れていたため、ユーリは人の流れに押し流されそうになる。
地上へ出ると、井の頭通りを北上する。かつて車道だったアスファルトは、所々ひび割れ、そこから逞しくも雑草が伸びていた。
「ユーリに言うことじゃないかもだけど、周囲に警戒してね。いつ害獣が出ても対応できるように」
ナギはスナイパーライフルを肩にかけ、ガラガラと簡易祭壇となるアンティーク調の革製トランクケースを引きながら言う。トランクケースの上には、長柄のハルバードまで括り付けてあった。
「……なぁ、荷物は持つよ。魔法鞄ならそのトランクケースも運べるし」
「それをしたらプロとは呼べないわ」
「状況判断もプロに必要な技能の一つだと思わないか?魔物が出てきたら……」
「害獣。ユーリもプロブレイブなんだから正確に呼ぶこと」
「ああ、害獣ね。害獣が襲ってきたとき、まずナギは何で対応するんだ?魔女術?スナイパーライフル?ハルバード?それとも、マギデバイスのマギアプリ?」
「……そんなの……状況によるわ」
「じゃあ、はい、あのビルの陰から猿が出た!何で戦う?」
「ライフル」
「じゃあライフルだけ持てよ。マギデバイスは軽いから良いとして他いらない」
「なんでよ!?」
「理由は、俺がいるからだ。俺は剣と魔術で前に出て戦う。まも……害獣が物陰から出てきても、多分漏らさず索敵できる。ナギはスナイパーライフルで支援する。そう決めておいた方が動けるもんだ」
「……でも何でスナイパーライフルなの?」
「ナギが第一選択肢に選んだから」
「あそこに炎鬼猿が出たらって話ならスナイパーライフルを選ぶって意味よ?ユーリが前衛で戦うならフレンドリーファイアを考えて別のを選ぶわ!」
「じゃあ何選ぶんだ?」
「……魔女術……かな」
「ならナギはトランクケースとマギデバイスで支援な」
「……腰に付けてるハンドガンは渡さなくても良いのよね?」
「どんだけ武装すれば気がすむんだよ……まあかさばらないなら良いけどな。俺とナギは初めてチームを組むんだ。出来るだけシンプルに動こう」
「うぅ……分かったわよ」
名残惜しそうにスナイパーライフルとハルバードを手放すナギ。かわいい。
「ところで魔女術ってどんなんだ?訓練で見られるもんなのかな?」
「訓練では使わないわ。切り札的なものだから。バフとデバフ……ってわかる?そういう戦況コントロール的なマギアよ」
バフは、味方への能力アップなどを目的とした魔術、デバフは逆に敵への能力ダウンなどを目的とした魔術だ。一見地味なのだが、非常に厄介な魔術だ。
索敵をしながら進むこと30分ほど。代々木公園へとたどり着く。
それまでに出てきた魔物は四つ足の中型5匹……禍牙狼というらしい、そういえばリキがそんな事を言っていた。死体は業者が場所を指定すれば回収してくれるのだという。
いずれもユーリが遠くから魔術で吹き飛ばした。素材となる部位もないとの事なので、《メダリオン》専属の業者に場所を連絡して放置だ。
「ここ、代々木公園だよな?」
「ええ。その運動場が訓練施設。《メダリオン》以外の人もいるから、おとなしくね」
「人を暴れ馬みたいに言わないでくれませんかね」
「そーじゃなくて……異世界帰還者ってバレないようにね」
「了解」
7時30分。訓練が始まる。