012偶像
「しかし、いいのかね。マギデバイスもタダで貰っちゃったし」
見せるだけ、としたら無料と同じである。まあ、もしムネチカが素材で気に入ったものがあれば進呈するつもりだが。
地下は時間がわかりにくい。時刻は夕方に迫っていた。
「ナギ?」
返事がないので、前を行くナギを呼ぶ。
「す」
「ん?」
「凄いことですよ!あの、あの長曽禰虎徹様の刀が!虎徹を見たら贋作と思えの、あの長曽禰虎徹様が!」
「刀じゃなくて魔導騎士剣ね」
「同じですよ!いいなぁ……!」
「ナギも何か打って貰えば?お代は俺の素材で出すからさ」
「……私の武器、見たことないんでしたっけ……ハルバードなんですよ」
「随分ゴツいの選んだな……なんでまた」
ハルバードとは、斧槍とも呼ばれる、その名の通り先端に槍の穂先と斧の刃の部分をもつ長柄武器だ。
「そのハルバードが私の家に代々伝わるミスリルオリハルコン合金製の業物みたいで……それより絶対刀の方がカッコイイですよね……今から剣術習おうかなぁ……いいなぁ、虎徹……」
「日本でハルバードが代々伝わるってのもシュールだな」
「魔女家なので、何か西洋チックなものは結構伝わってるんですよ。日本式魔女術宗家のくせに」
「まあ、ハルバードも作ってくださいって言えば作ってくれるかもしれないし」
「長曽禰虎徹のハルバードとか……やっぱり刀ですよ!少なくとも剣!……うううう〜〜」
何か拘りがあるらしい。そっとしておこう。
夕暮れに従い、繁華街を照らす明かりは、赤色を帯び始める。地下にいても夕暮れと分かるように、ライトの調整をしているらしい。
ユーリとナギは、ナギの住んでいるマンションに向かって並んで歩く。
「……日本か……」
呟くユーリ。ちょっと違う日本だが、元の日本には異世界より近くなった。
「……ごめんなさい。本当はすぐに言うべきだって思ってて……でも、ちょっと私を知らない人と話すのが楽しくって……じゃないや、何言ってるんだろ……」
ナギがワタワタと話し始める。理解が追いつかずに、ユーリは黙って先を促す。
「召喚して、ごめんなさい……そんなつもりじゃなくても、私はあなたを無理矢理召喚してしまった……償いじゃないけど、私じゃ頼りないかもしれないけど、元の世界に戻れるように頑張るから」
ああ、そのことだったか。
「いいよ。召喚ってのは、いつでも唐突なもんだ」
「……でも」
「望めば異世界にも帰れるかもしれないし、元の日本にも帰れるかもしれない……これは俺にとっては前進なんだ、きっと」
「……ユーリは、元の世界……日本に戻りたいの?それとも異世界に戻りたいの?」
「……正直なところ、まだ迷ってんだ。あの世界……異世界のことな、で生きていこうって決意してた。でも日本に帰れると知って、嬉しいとも思った。詰まる所、俺の居場所ってのはどこなんだって問題なんだよ……それがさっぱりわからない」
「……」
「だから、死に物狂いで送還マギアを手に入れようって気にならないんだ。日本に戻りたい。でも異世界にもやり残した事がある」
「恋人でもいたんですか?」
「残念ながら、どちらにもいなかった。異世界でやり残したのは、魔王戦前に転移したからな。その結果を知りたいような、知りたくないような……複雑な気持ち」
「……勝ってると良いね」
「ああ、そうだな」
二人は歩く。
その後は喋ることなく、ナギのマンションに着いた。
繁華街から少し離れた場所にある居住地区。ライトアップされたマンションのビルは高級感のある建物だった。
「ユーリ、ちょっとマギデバイス貸して」
ナギが言うので従う。ナギはしばらくマギデバイスを操作して、ユーリに返してきた。
「コレでいつでもマンションに入れるようになったから」
なるほど、マギデバイスが鍵代わりになるということか。
「じゃあマギデバイスは無くせないな」
「当たり前でしょ、無くさないでね。私の番号とかアドレス、住所も入ってるんだから」
何で勝手に登録してんだよ。
「じゃあ、試しにユーリが開けてみて。マギデバイスを端末にかざせばいいだけだから」
ナギの言葉に従い、ユーリはマギデバイスを入り口の上の端末にかざす。
ピ、という音。どうやら認証されたらしい。自動ドアが左右に開き、エントランスホールに入る。
中はホテルかよ、と言いたくなるほどの凝った作りだった。二階には食堂?まである。
「マンションに食堂とかついてんのか?」
「ええ、エルフの郷土料理が食べられるレストランがあるの。予約制だけど」
「……わーお」
ひょっとして、こいつ金持ちなんじゃなかろうか。そう言えばプロのブレイブなのか。結構貰えるのだろうか。
「ここはね、エルフの入居者限定のマンションなの」
「俺エルフじゃないが」
「特別だよ。私もだけど。師匠のマンションなんだ。色んなエルフがいるけど、皆いい人よ。ユーリも気にいると思う……今は時間ないから今度紹介するから」
エルフか。実は少し苦手意識がある。出会うエルフが皆、何故かユーリに厳しいのだ。
ティエリエルフィン、クェンティンフィル、永世中立国エリザンのエルフ達。そう言えば中曽根コテツもユーリに対して無愛想だった。ナギはアレが普通だから、などと言っていたが、エルフは無愛想な奴が多すぎる。
エントランスホールを抜けると、フロントがあった。フロントには美形のエルフとハッキリ分かる女性が笑顔でナギを出迎える。
「坂上さん、ただいま。師匠いる?」
「ナギちゃん、おかえりなさい。師匠はカードが遅いから買いに行くと出たきり……」
「あー!忘れてた!もぅ……仕事の帰りに買って帰るかー……」
「そちらの方が……?」
「あ、うん。ユーリ。こちらは、坂上キヌさん。私の姉弟子、かな?ここでフロント業務をしているの」
「正宗ユーリです。よろしく」
「よろしくお願いします。ユーリさん。申し訳ありません!妹弟子の不手際は、私の不手際でもあります。何か困ったことがあれば、何でも私に相談してください!何でもいたしますから!」
「あ、いや、ナギ……さんには、よくしてもらっているので」
前のめりでキヌが迫って来たので、ユーリは思いつくままそう告げる。
「さ、坂上さん、ユーリは私が何とかするから!大丈夫だから!」
「またそんな安請け合いして!あんた仕事忙しいんでしょ!?もう小豆さんだって来てたわよ!?」
「あ。ヤバ。ユーリ、急いで!部屋案内するから!」
「ユーリさん、不肖の妹弟子ですが、どうぞよろしくお願いします!」
キヌの悲鳴にも似た声を背に、ナギはユーリの手を引いて走り出す。泡を食ったナギの急ぎように、ユーリは疑問を投げかけた。
「仕事って、ブレイブ、のか?」
「そう、といえば、そう」
要領を得ない返事だが、エレベーターに乗ったところでナギは語り出す。
「こーゆー仕事は、あんまりアレなんだけど、《メダリオン》に入ったからにはやっぱり避けては通れなくて」
いや、なんだよ。《メダリオン》って俺も入ることになったんだけど、何やらされるんだよ。
「小豆さんってのは?」
「ああ、マネージャー。《メダリオン》の広報の人なんだけど、元ヒーラー兼ナビゲーターだった人で、今は臨時でしかブレイブはやってないんだけど」
そこでエレベーターの扉が開く。
「ブレイブ、の、仕事、にも、理解が、あって」
「喋んなくて、いいから、舌、噛むぞ」
弾む息の合間に話してくるナギにユーリは返事をした。と言うか、いつまで手を引いていくつもりなのか。何だか気恥ずかしい。手が温かい。
「ここっ」
いきなり急停止して、ドアを開く。
「ふらんべっ!?」
痛え!思い切り顔打ったが!?
「ご、ごめん」
ナギは謝りながらもユーリの手を離さず、ぐいぐいと引っ張っていくので鼻頭を抑えつつ、部屋の中に入る。
ここが貸してくれるという部屋なのだろうか。辺りを見回すユーリに、
「そんなんいいから入って」
と、せっつくナギ。
て言うか、空き部屋のはずなのに靴めっちゃ玄関に並んでるし。あ、空き部屋じゃなくてナギの部屋に来たのか。急いでたからな。
手を繋いだまま、靴をなんとか脱ぎ、部屋に入る。と突然に声が響いた。
「あんた、なんばしよっとね!?」
「え?え?何?小豆さん?びっくりした!ただいま!間に合ったでしょ?」
「誰それ!?何で手ぇ繋いでんの!?」
「え?え、あー……いつ繋いだんだろ?」
ようやくナギはユーリと繋いでいた手を離す。エントランスホールからです。赤面したナギはパタパタと制服の裾を叩く仕草をする。
「ちょっとちょっとちょっと!?あんた誰ね!?」
大声で迫ってきたのは、背の小さな40歳程の女性だった。髪は後ろで束ねていて、全部が白髪だったが、この髪質は元から白の髪だ。それに、この低身長には覚えがある。ドワーフだ。
「正宗ユーリです。よろしく」
この世界に来て、何度目かの自己紹介。
「よろしくってあんた……」
「この人が小豆サトカさん。小豆さん、この人はユーリ。《メダリオン》の新人ブレイブなの」
「そんな場合じゃない!時間!急がないと!あんた!後で話があるからねっ!」
小豆サトカはドスの効いた声音でユーリに警告する。
「じゃあごめん、ユーリ、仕事行ってくるから待ってて!」
え。ここで?ここナギの部屋じゃないのか?
と聞くこともできない勢いで、二人は部屋を出て行った。
部屋の中。しばし呆然と立ち尽くす。と、電話……いや、マギデバイスか。が鳴る。
「はい」
「ごめんね、ユーリ、夜ご飯は買って帰った方がいいかな?それともどこか食べに行こうか?って言っても少し遅くなるんだけど……」
「いや、なんか適当に済ませるよ」
近くにコンビニがあったはずだ。ていうか、小豆さんの怒鳴り声が凄い聞こえてくるんだけど。
「そか、分かった。できるだけ早く戻るから、時間潰してて!部屋にあるものは何でも使ってくれて構わないから!じゃーね!」
通話が終わる。
何でも使っていいって言ってもなぁ。
女の子の部屋なんか入ったことないユーリには、どこに地雷が埋まっているのか分からない。下手に触るのも怖い。
無難にテレビを選ぶ。ニュースでも見れば情勢が分かるかもしれない。と、ユーリはリモコンを操作してテレビを付けた。
お。新聞もあるじゃん。
とりあえずそれを読んでみる。新政府と旧政府に関する記事、諸外国の動向についての記事。ナギの話していたエリクサーの記事もあった。エリクサーを所有するドイツは、日本と共同でエリクサーの研究を進めているらしい。
中央政府の記事もあった。
プリペイド型決済のバリューとしての魔力の記事である。魔術結社《中央政府》の構築したオンライン魔力システムは、本来であればプール出来ない魔力をプールする画期的な手法として広まり、全世界を席巻したという。爆発的に広まったのには訳がある。《中央政府》の考案したスマートフォン型端末マギデバイスを用いれば、魔術の使えない人間にも魔術が使える、というまさに夢のような技術が現代人にウケたのだ。あれよあれよと言う間に利用者は広がり、オンライン魔力は金銭的な価値を生んだ。金で魔力を。あるいは魔力で金を得る時代になったのだ、と記事は締め括る。
どうやらこの世界ではプリペイドカードで魔力を買える、らしい。逆に魔力を現金に換えることも出来るのだ。
魔力の少ないユーリには、金さえあれば魔力が買えるというところに興味が引かれた。
その時だった。
「……して頂きましたゲストのアイドルブレイブのフェアリーナギさんをお迎えしてお送りします!」
聞き覚えのある名前を聞いて、ユーリはテレビを点けっぱなしで新聞に没頭していたのに気付く。
「はい!よろしくお願いします!」
画面に映るナギを見て、ユーリは硬直していた。
「わーお……」
アイドルブレイブって何だ。いやその前にフェアリーナギって。画面上のLIVEの文字を見て、仕事はこれのことだったのかと納得がいった。
言葉の端々に感じたあれやこれも。なるほどマネージャーってそのマネージャーね。てっきり野球部のマネージャー的なのを想像してたよ。




