001諍いと芋
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正宗有理がその諍いに気付いたのは、一同から離れて、空を眺めていたときだった。
勇者共和国の近衛隊付筆頭魔術師であるクレタが激昂して、冒険者ギルドからの傭兵バティスタとアガテア帝国近衛騎士団団長エスティに何かを言っているのが遠目から見えた。
「何?喧嘩?」
近寄って、諍いの近くで無関心を決め込んでいた元主人でありフロリア王国公爵の娘であり辣腕の魔術師であるエリアに話しかける。
「ユーリ……あんた、とうとう最後まで身分ってものを理解しないままここまで来たわね」
目が醒めるような金髪、碧眼の美少女は、相貌にあきれたものを滲ませながら呟くように言う。
「エリアはもう俺の主人じゃないんだろ?で、何あれ?」
「喧嘩……みたいなもんね。いつもの」
「こんなときにまでやるか?」
そこで会話に割り込んできたのは、エリアの、そして正宗有理の魔術の師であり、一団の軍師でもある賢人ティエリエルフィンだった。
「こんなときー、だからかもねー」
間延びした口調でおっとりした容姿の天才は、キャンプ用に作り出された土のテーブルとティーセット……彼女が適当にその辺の土からクリエイトしたものだ。で優雅にお茶を嗜みながら答えた。
「いつもやってるけどー、結局答えは出なかったもんねー。最後だものー、ここで答えを出さないとー、終わった後じゃ遅いかもー」
「いや、何で」
食い下がると、呆れたようにエリアが言い放つ。
「あんたねー!いっつも師匠に答えて貰ってるからって調子に乗りすぎ!少しは自分で考えなさいよ!賢人にそんな簡単なこと説明させないで!」
「いや、異世界に召喚されてから、この世界の常識とはかけ離れたところでしか生活してなかったもんで」
「それでもこの世界に10年いるんでしょーが!」
「貴族とは無縁だったし」
「……あたしも貴族なんだけど……?」
「ケーススタディが一件だけだと演繹しようがねぇじゃん」
「けーすすた……また分かんないこといい出して!あの話を聞いてなさいよ!」
あの話を、というのはあの諍いを、ということだろうか。有理はティエリエルフィンの淹れたお茶を飲みながらその様子を眺めた。
クレタVSバティスタ、エスティの構図は、いつの間にか変化し、そこには永世中立国エリザンの魔導騎士クェンティンフィルや、獣人族の長ヤガル、魔族ながら魔王に反旗を翻したガウ・ガディン卿、妖精族の戦士で人族との交渉人兼監視役のアルまでもが参加して、各々の思いをぶつけ合っていた。
従う兵士達は、そうだ!やら、それは違う!とがなり立て……それぞれの主張は永遠に埋まることはないと思われた。
「そもそも、勇者の天啓を受けたアナベル様は、勇者共和国に属するべきで……」
「それは違う!勇者共和国の、ひいては勇者議会の理念に賛同しないからこそ、アナベル様は組織を離れ、魔王討伐に名乗りを上げたのだ!」
「そうです!なればこそ我ら神聖救済協会の庇護をアナベル様は求め……」
「おい、横から何を言い出す?神聖救済教会が我々に協力しだしたのは聖剣の保護と所有権の主張、言わば利権がらみだろうが!」
「そうだ!アナベル様を長い間支援してきたのは冒険者ギルドと祖国フロリア王国だぞ!」
「フロリア王国にはエリア嬢がいるだろう!そもそもフロリア王国が放逐した勇者アナベル様を最初に支援したのはアガテア帝国の……」
「ちょっと待ってくれよ、エリザンとの交易の話はどうなる?我等は商人だから、そこを説かれて軍資金出したんだ。なあ、エルフの旦那?」
「いや、何で本人いないのにお前らはそんな言い合いしてんだよ」
「人族……嫌い……でもアナベル……味方」
「知らぬ!我々エルフ族はこの戦いまでアナベルに助力すると誓いはしたが、貴殿らの権力争いには期待しないでもらおう」
「勇者の天啓を受けるということは、女神アルサーンの加護を……」
「ンなこたぁ分かってンだよ!散々内輪もめしてた勇者議会が今更勇者は勇者共和国に云々言ってるから俺ァそれはちげーンじゃねぇかって……何で自然に茶ァ飲んでやがンだユーリよぉ!」
「あんた……話を聞けって言ってんのに何自然に混ざろうとしてんのよ!」
「いや、よく分からんけどそれっぽく参加してみようかと」
「一人だけ浮いてたけど」
「貴様は奴隷身分だった癖によく意見が言えたものだな!?」
「な!?あんたねぇ!ユーリはもう奴隷身分じゃないし、フロリア王国の名誉騎士の称号ももつ歴とした貴族よ!?」
「これはエリア嬢ともあろうお方が!各国がユーリ何某に名誉貴族という餌を撒いているのは私も承知しておりますとも。それに喜んで食いついているとも。しかしながら、たとえ、アナベル様の片腕と称されようとも、生まれは所詮……貴様!何故今、芋を焼き始めた!?」
「何だよエリアも自然に参加してんじゃねーか」
「俺……芋……嫌い」
「好き嫌いすんなよ。あーバター醤油あれば最高なんだけどなぁ」
「バター?作るよー。でもショウユってユーリの世界の調味料かなー?作り方教えてくれれば今作るけどー?」
「作り方は知らないや。キッコーマンに聞いてくれる?」
「キッコーマンて誰よ?」
「おい、貴様!まさかまた兵士達の食料から芋を盗んできたわけじゃあるまいな?!」
「まーまーまー、お前もそこ座れって。あ、アナベル呼んでくるわ」
「様をつけろと何度言ったら理解するのだ貴様は!」
「この焚き火でこの量の芋は焼けるのか?」
「半焼きならー私が術でこんがりとー」
「いやいや賢人様の魔術をそんなことに使うわけには……おい、クレタ。火を足せ」
「お前に言われなくともやるさ!ただ言わせてもらうけどな、私も共和国の筆頭魔術師……」
「オイオイ、この芋の量じゃ兵士に配れねーンだが?しゃーねーな。オイ、エスティ、お前ン軍から芋手配しろ」
「確かに、芋はアガテア産に限る。しかしなんでトップの俺に振った!?兵士はそこらにいるだろうが!」
「俺ァ、アガテア帝国の奴ァおめーの名前しか覚えてねーンだ。知らない人に話しかけんの緊張すンだろーが」
「髭面下げて言うことか!」
「おい、第一陣焼けたぞ」
ワイワイと言い合う仲間達の声を背に、ユーリは離れた高台に佇むアナベルを見つけ、近寄っていった。