本命の相手
ちょっと早いですが、バレンタイン作品です。
「明日はバレンタインだねー」
「あーそうだな」
部活帰りの途中。
突然にそんな話しを振って来た帰宅仲間の顔を覗くと、何がそんなに楽しいのかとてもにこやかな表情をしていた。
「バレンタインの話しをするとは……何だかんだ言ってもお前も女子なんだな」
男よりも男らしいと言うか、いやまぁ見た目は完全に女子なんだが今まで女子らしいこいつを見たこと無かったからつい口に出た言葉。
俺の言い方が気に食わなかったのか持っていた鞄で俺を叩きながら文句を言って来る。
「私に似合わない事ぐらい言われ無くても自分が1番分かってるわよ。それでもまぁ……せっかくのバレンタインだし」
せっかくのバレンタインだから誰かに上げると言うのか?部活一途でこいつの周りで男の噂が立ったことないこいつが?
ものすごく……面白そうな予感がするな。
「なに。そんなにニヤニヤして」
「いやー何でもないさ。そうかー明日はバレンタインかー」
こいつの好きな奴……誰だろう。こいつの性格からして、やっぱり好きな奴には積極的だと思うんだよな。
頻繁に話してる奴……一緒にいる時間が多い奴……分からんなー。
「何か変な事考えてるでしょ」
「失礼な。男の話しが全く無い可哀想な友人の想い人について考察してたんだよ」
「ふーん……で、分かったの?私の想い人とやらは」
「いーや、全く。まず、お前に好きな奴いるのか?」
俺のそんな問いに返って来たのは笑顔だけだった。
まぁ、明日になれば分かる事か……いつの間にか商店街に入っており、至る所で明日のバレンタインの為にチョコを売ろうと店先には幟やらが目に入る。
「そーいや、チョコの準備はいいのか?」
部活帰りって事で、既に6時は過ぎている。
こいつがバレンタインに向けどのレベルのチョコを作るのかは知らないが下手をすると寝不足になるんじゃないかと思いそう尋ねる。
「家出る前にはもう冷蔵庫の中ですよーだ。4時には起きてたんだから」
「お前……だから今日の部活で転けてたのか」
「見てたのっ!?って……なんか今日はいつもより歩くのが遅いと思ったら……別に捻ったりしてないから大丈夫だよ」
気付いてたのか。まぁ、捻ってなくても転けたのは事実だしこのままのスピードでいっか。
そのまま速度を変えることなく商店街を抜け、住宅街に入った。
「で、結局誰に本命チョコ上げるんだ?」
「だから言わないって」
「ほらーお前らちゃっちゃと動けー。帰りが遅くなるぞー」
翌日。
部長の俺の目からしても、今日の部員は何故か集中力が無い気がするのは気のせいだろうか。
「バレンタインだからですよ」
「いきなり横に立つなよ」
俺の思考が読めるのか?と問いたくほど的確な答えをしてくれた後輩の女子マネージャーの手には何やら包み紙が。
「先輩……これ上げます」
「バレンタインで浮ついてるという話しをしてるそばからバレンタインに参加するその度胸には感服するよ」
苦笑いをしながらも、せっかくくれる物を断る理由もないし俺は彼女の包み紙を素直に受け取る。
開けても良いか?と言う問いに、はい──と本人の了承も得たのでさっそく袋を開けてみる。
「おぉ、チョコムースか」
ムースの作り方を頭の中の引き出しから探しながら思う。
チョコを型に流したり既製品じゃない辺り、この子はよっぽど今回のバレンタインに力を入れているんだな、と。
「これなら本命の男子にも喜ばれるんじゃないか」
「はい、喜んでくれたと思います。ただその受け取った本人が、それを本命チョコだと理解してくれてないのが悲しい所ですけど」
「せっかく力入れたのに気付いて貰えないと悲しいよな」
袋の口を閉じながら同意を示す。
こんな美味しそうな物を貰ってるのに気付かないとは……なら俺にもその貰ったムースをくれないだろうか。ムースは好物の一つだから何個でも食べられる自信があるし。
「ま、とりあえずコレはありがとうな。家に帰ったらさっそく食べるわ」
「感想待ってます」
彼女はそう言って部活道具の片付けへと行ってしまった。
「ごめん、待った?」
部活も終わり、校門の端で立っていると声をかけてくる女子が1人。
いやまぁ、いつもの帰宅仲間なんだけど。モテモテ青春を送ってる訳じゃないから声をかけてくる女子なんてたかが知れてるし。
「そうだな、30分程この寒いなか立ってたな」
「男としてそこは『いや、待ってないよ』とか言うべきじゃない?」
「それはデートの時の言葉だろ」
俺に何を期待してるのか知らないが寒いものは寒い。
部活が終わるの遅い、と文句を言いながら学校を後にした。
「今日はバレンタインだから部員共が浮ついててさ」
「そー言えば私の所もそうだった」
何気ない会話をしながら商店街を抜け住宅街へ。
時刻は6時を回っており、冬のこの時間はもう真っ暗だった。人の姿もたまにすれ違う程度。
そんな静寂が包む住宅街を歩きながら家へと急ぐ。
しばらくして帰宅仲間の家に到着。
こいつを家まで送ってから自分の家に、もう日課になった帰り道。俺の家も近所だし特に嫌とかではないが、こうも寒いと少し遠回りするのも心が折れそうだ。
「んじゃ、また明日な」
自分の家に早く帰りコタツに潜った時のあの至福感を思い出しながら踵を返す。
「あ、ちょっと待って」
「……なんだよ。寒いんだけど」
「悪かったわね。はい、これ」
鞄から何を取り出すのかと思ったら、透明なフィルムで包装されたチョコだった。
「お、サンキュー。毎年悪いな」
「本当……毎年その反応は悪気が無くてもそろそろ苛立ちを感じるわね」
何に対して苛立ちを感じているのかよく分からないが、とりあえずチョコを受け取ろうとして思った事を口にした。
「そーいや、本命チョコは誰に上げたんだ?」
俺のそんな疑問に返って来た答えはと言うと。
「いいからさっさと受け取れっ!そしてさっさと帰れ!」
と、何故かキレられた──。
「お、今年のチョコの中にはジャムが入ってるのか。あいつも毎年凝ってるよな」
帰りながら貰ったばかりのチョコを食べながら感想を述べる。
それにしても……。
「いったい、本命チョコは誰に上げたのだろうか」
そんな疑問が俺の中で解消されぬまま、今年のバレンタインも静かに終わった。
感想、批評お待ちしています。