オレだよ、オレ
「オレだよ、オレ」
まただ。また、どこからともなくそう囁く声がする。
もうずいぶんと前からだろうか。ふとした拍子に「オレだよ、オレ」という声が聞こえてくるようになったのだ。単なる幻聴にしてはしつこいことこの上ない。
ある時、俺は試しに、この謎の声との会話に挑戦してみた。
「オレだよ、オレ」
「誰だよ、お前」
返事はない。当たり前か。傍目からすると、俺が独り言を言っているようにしか見えないからな。
だが、耳元を風が吹き抜けた。身の毛がよだつ。たちの悪いいたずらというレベルではなかった。
「オレだよ、オレ」
どうしたことだ。今度は眩暈がしてきた。頭が痛い。ふらついた俺は、街中を行くサラリーマンにぶつかる。怪訝な顔をされたが、それどころではない。
「オレだよ、オレ」
どこだ、どこにいる。
「オレだよ、オレ」
その声は次第に大きくなる。なぜだろう。周囲がざわめいている。
すると、俺の前にぼんやりとした影が現れた。幻影まで目撃するとは、俺は精神を病んでいるのか。
だが、その影には既視感があった。はるか昔に見たような。
「もしかして、お前か」
その影がくっきりと人の姿へと立ち代る。俺は「アッ」と声を上げた。間違いない。あいつだ。
子供のころ、一緒に遊んだ唯一無二の友人。けれども、彼とは永遠の別れをしなければならなかった。俺を遊んだ帰りに、事故に巻き込まれたという。
そいつは、俺の目前まで迫った。存在しえない体から温かみを感じる。その口から漏れ出す吐息が特に顕著だった。すっと手を伸ばせば、捕まえられそうだった。
「オレだよ、オレ」
すっと、その影は消えていく。待ってくれ。行かないでくれ。
「オレだよ、オレ」
俺は、その影に追いすがる。だが……。
待ち受けていたのは、大型のトラックだった。
「オレだよ、オレ。迎えに来たんだよ」