薬師がいなくなりました
魔王城を前にして、一休みと称してくぅくぅ昼寝を始めてしまった薬師と剣士。
そんな二人を目の前に苦悩に満ちた目で頭を押さえていた勇者に、寝てしまった二人の横で呑気に扇子で煽いでやっていた魔法使いがにやっと笑いながら口を開いた。
「勇者ー。そんなに唸ってるなら、この変の見張りついでに魔王城の周辺でも探ってくればいいんじゃね?」
「まぁ殿……」
どうやら魔法使いは、マイペース過ぎる妹分達の対応に疲れ切ってしまった勇者への気遣いができる大人らしい。
さすがはこの自由な二人の面倒をみてきた兄貴分である。
思わず勇者もちょっと感動してしまった。
次の言葉さえ、聞かなければ。
「お前がうんうん唸ってると煩くてかなわねぇし。せっかく寝ているくぅちゃんとけんが起きたらどうしてくれんだよ?」
迷惑極まりないという様子で、赤い目を細めている魔法使い。
薬師と剣士の昼寝を邪魔しようものなら、力づくで黙らせると目が訴えている。
「……」
勇者が思わず沈黙したのも無理はない。
彼は、別に勇者を気遣ったわけではなかったらしい。
可愛い弟妹分達のためにとしか、考えていなかったようだ。
切ない勇者。
彼のことを気にする人物は、今この場に誰一人として存在しない。
「……周辺を、探ってくる」
「おー。いけいけ」
犬を払う様に片手をしっしと振る魔法使い。
魔法使いの薬師と剣士に対する気遣いの100分の1でもいいから欲しいと思う勇者なのであった。
そしてだだっ広い敷地をもつ魔王城の周囲を一人で一周してきた勇者。
高い塀に囲まれた魔王城はその高さと結界の強さからか、無防備としか言いようがないほど警備という名の見張りがいなかった。
正面に会った城門以外には、小さな裏門があったぐらいだ。
もちろん、そこには鍵がかかっていた。
勇者が全力で魔力を込めれば打ち破られるかもしれないが、一人でいるところでそんな無謀なことをしたところで意味はない。
何より、行くのなら正々堂々と正面から行きたいという思いが強かった。
……もちろん、あのマイペースだけども力強過ぎる仲間たちの存在あっての意気込みだが。
「……そろそろ、目を覚ましたか?」
魔王城の周囲を一周してくるだけでも、優に1時間以上かかったのだ。
昼寝と称するならば、そのくらいで目を覚ましてもおかしくないだろう。
そんな思いで、仲間たちがピクニックをしていた魔王城正門前まで戻ってきた勇者。
仲間たちは、予想に反していまだに眠っているようだ。
見張りと称していた魔法使いすら、胡坐をかいたまま居眠りをしている。
そのすぐ傍では、彼のマントを被った剣士が丸くなってくぅくぅと寝息を立てている。
……一人で。
「……は?」
おかしい。
自分がこの場を去る前は、剣士と一緒にマントにくるまっていた薬師がいたはず。
彼女は、いったいどこに行った?
「まさか……俺がいないことに気づいて、一人で探しに行ったのか?」
魔法使いか剣士が起きていれば一言一句違わずに『それはない』と否定したであろうが、両者ともに未だ夢の中。
勇者は焦って周囲を見渡すが、薬師のいる気配はない。
まさか、一人で魔王城に行ったのでは……?
思わず正面にある城門を見上げ、勇者は今度こそ思考が停止した。
そびえたつ閉じられた灰色の城門に、一か所だけ違う色があった。
否、そこに張り紙が貼ってあったのだ。
『千樹草が私を呼んでいる byくぅちゃん』
千樹草。
それは、魔力が濃い高山でしか採れないという薬草。
その効能は、瀕死の者でも息を吹き返すという嘘か本当か分からない眉唾物……じゃなくて、幻の薬草。
基本薬草馬鹿である薬師は、それを求めて一人この場を離れたということ。
「な、な……魔王城乗り込む前に何一人で好き勝手に動いているんだぁあああ!!?」
魔王城城門前で、うっかり勇者が絶叫を上げてしまったのは仕方がない事である。
頑張れ勇者。
ラスボス目前にして離れないといけなくなったが、それでもいつかは魔王城に辿り着く!
それまで胃薬を片手に頑張るんだ、勇者!
試験勉強中に、何をやっているんだ自分は……orz