りぴーと
その日の夜。
シイカはユキノフの隣で、輝く星空を見上げていた。
(どうしてこんなことになったんだろう)
何となくため息が出た。本当ならば今頃自分はこの世の人ではないはず。それなのに、今こうして巨大な生き物の横にいる。まだ夢を見ているような気分だった。
そんな彼女を全く気にする様子もなく、ユキノフはせっせと毛づくろいをしていた。同じところを何度も舌で舐めて綺麗にしている。さっき毛づくろい中の彼に触ったら、牙を剥き出して唸られたので、そっとしておいている。この調子でいくと、すごく時間がかかるかもしれない。
小さく喉を鳴らしながら丁寧に毛をほぐしているユキノフに、シイカは話しかけてみた。
「ねえユキノフ」
「……ぐるぐる」
「聞いてる?」
「…」全然聞いてない。
シイカは諦めて、木の下で横になった。寒い。冷たい風があたって風邪をひきそうだ。
「はっくしゅん」
シイカのくしゃみに、ユキノフがこちらを向いた。途中だった毛づくろいをやめ、縮こまって震えるシイカのもとに歩いてくると、彼女を抱くようにして丸くなった。暖かい毛の中に半分うずもれたようになる。彼の毛はふかふかして、家のベッドより気持ちよかった。シイカは真っ白くて長い毛を撫でた。
「ありがと」
そう言ったら、ユキノフが大きな紫の瞳でこっちを見てきた。本当に言葉を理解しているんじゃないかと思う。もしそうだったら、せめて返事的なものはしてほしい。
ユキノフは空を見上げ、大あくびをした。つられてシイカも欠伸をしたら、眠気がやってきた。心地よい温もりの中で目を閉じた。
「……おやすみ」
(おやすみ)
誰かの声が聞こえたような気がしたけれど、それを意識する前にシイカは夢の中へ誘われていた。
(おきて、おきて)
「う~~ん…」
(おきて、あさだよ)
「う~…誰?」
目を開けたシイカの上に、どさどさと果物が落っこちてきた。
「うわわっ!!」
(おきた?)
シイカは慌てて立ちあがった。眠気は完全に吹っ飛んでいる。
「起きたに決まってんでしょ!もう、びっくり…て、あれ?」シイカはおかしなことに気付いた。
「ユキノフ……君…喋れるの?」
(そう ゆきのふ、しゃべれる)
毛づくろいをしていた彼は、シイカを見て、笑うようにちょっとだけ口を開けてみせた。彼が人だったら、女の子がすごく喜ぶに違いないと思わせる笑みだった。
(おまえ、あさ、おそいよ)
ユキノフの声はその顔にふさわしい、少し低めな少年の声だった。何だか無駄にカッコいいのは気のせいだろうか。でも、そのくせ話し方は幼い。いろいろとギャップを感じさせた。
「ねえ、君話せたのに、どうして昨日は何にも言わなかったの?」
ユキノフは、少し心外そうに言った。
(きのう、なんかいもはなしかけた なのに、へんじしてくれない)
「え?話しかけてたの?全然気付かなかったけど」
シイカは首を傾げた。
「あ、でも、昨日私が寝る直前におやすみって言ってくれた?」
(うん)
「どうして昨日は何も聞こえなかったのかなあ」
(わからない いまは、しゃべれる だから、いい)
ユキノフは自分の首の後ろを後ろ脚(?)でかいた。どこまでも動物だ。…というか、動物だけど。
「結構いい加減ね」
(いいかげん?なにそれ)
ユキノフがちょこっと首を横に傾けて尋ねた。
「いい加減っていうのはね、さっきの君みたいに細かいことを適当に済ませちゃう事だよ」
シイカは説明してあげた。
(ふうん いいかげん、か いいかげん いいかげん)
ユキノフは何度も繰り返した。新しい言葉を覚えようとする子供と、ほとんど変わらないように見えた。かわいかったけど、変な癖がつくと困るのでシイカは彼に言った。
「あんまり繰り返すとリピート癖がついちゃうよ。やめときなって」
(りぴーと?なにそれ たべるの?)
言うんじゃなかった。シイカは自分の額をこつんと叩いた。
これから、いろんなことをこのデカブツさんに教えなければならないと思った。
ヤバい……疲れる……。
その前に自分の電池が切れる気がした。