陸に上がった人魚姫
僕の名はミラノ、この国の第一王位継承者だ。
先日隣国の姫と挙式したが、まだ王にはなっていない。現在の王、僕の父から出された試験にクリアしないと僕は国を継げないらしい。なんでそんな面倒な事になってるかといえば、事は僕が生まれた日に遡る。国で一番偉い魔法使いが生まれたてホヤホヤの僕を見るなりこう言った。
「この者はやがてこの国に大いなる災いをもたらす者になるだろう。」
昔話にありがちな話だ。まぁその一言で僕の人生は決まってしまったと言っても過言ではない。ただ幸か不幸か現在の王は側室を何人も持ちながら数人の子を成した。しかし男として生を受けたのは僕一人だった。悩んだ末に父は決断した。僕が試練をクリアしたら、この国を僕に継がせると、そう言ったのだ。
「本当に迷惑な話だよなぁ。」
ミラノは甲板に立ち髑髏の旗を見上げながら呟いた。この船に乗っている殆どは国の商売相手である海賊たちだ。ミラノの国では資源が乏しく、まともな貿易もするのだがそれだけでは国が成り立たずにいた。また海賊たちが他国の船を襲わないように牽制する意味も込めて、国が海賊を商売相手と認めているのだ。ミラノは背後に優しい「気」を感じて振り向く。
「何しけた顔してるのさ?」
女頭領のユリアだった。正直ミラノは彼女が苦手だった。というよりも理解できなかった。彼女ほど美しければ何も海の上でこんな荒くれた生活をしなくても、もっといい生き方ができた筈だ。海賊の頭領ともなれば命懸けだろうに、何故それにしがみつくのかがミラノには分からなかった。
「…なんで僕は、こんな面倒臭い国に生まれちゃったのかと思ってさ。」
貧乏国のたった一人の王子で、生まれたその日には国一番の魔法使いに因縁をつけられて。
しかも父に告げられた試練が、海での怪物退治。にわか剣術を教えられただけのミラノにそんな事ができると父は本気で思っているのだろうか。それとも、これは自分を亡き者にする為に仕組まれているのではないか、などと思い至りミラノは深い溜息をついた。
ユリアはミラノの思考に気付いてか彼の頭を優しく撫でて言う。
「幼き王よ、我々は必ず貴方を国王の下へ無事に送り届ける。怪物退治の際は我々の活躍を見ているだけでいい。我々が海で、敗れることなどあり得ない。もう少し…大人を信用しろ。」
ミラノは真っ赤になってそっぽを向いた。
船が沖へと進むにつれ、か細い歌声が聴こえてきた。
海の怪物が出る時には必ず聴こえるという「あの歌」だった。
「いよいよだね。」
ユリアは嬉しそうに指揮を執る。
ミラノはこの歌声にどこか聞き覚えがあるような気がしてならなかった。
海から「それ」が勢いよく姿を現した。
甲板は水浸しになり、「それ」の尾ひれがぴちぴちと動いている。
「久しぶりね、ミラノ!」
ミラノは目を見開いた。…あり得ない者が、そこに居た。
「知り合いか、ミラノ?」
ユリアの問いにミラノは答えられずにいた。
…確かに、彼はその顔を知っている。けれどその姿を知らないのだ。
「クリスティーナの顔をして、魚の尾ひれを持つ。お前は誰だ?!」
声が震えたのは悲しみのせいなのか、怒りのせいなのか、ミラノ自身にも分からなかっただろう。
「クリスティーナだよ? 正確には元・クリスティーナかなw」
ユリアはクリスティーナに近付いた。
「此処を通る船を次々に沈めたのはアンタかい?」
「そうだよ。私ね、人間が大嫌いなの。」
クリスティーナが無邪気に笑う。
「…これからも沈めるのかい?」
「うん! だってコレ復讐だもん。私ね、あの王様の国が潰れるところが見たいの。」
ユリアは剣をクリスティーナに向けた。
ミラノは思わずユリアの前に立ちふさがっていた。
「…どきなよ、王子サマ。」
ユリアの目は本気だ。ミラノはそれでもそこを動けなかった。
「これはクリスティーナだ!二度も死なせるか!」
「私はクリスティーナなんて娘は知らないし、何より今では国に害なす怪物だ。」
ユリアが間合いを詰める。
ミラノも剣を抜いた。
「この子は、犠牲者だ!…僕と同じ犠牲者なんだ!」
数年前の一番熱い夏の日。
クリスティーナは父に連れられ城へ来ていた。そこで幼かったミラノと出会い友達になった。ミラノはクリスティーナの家は神託を受ける巫女の一族だと、後に侍女から聞いた。そしてクリスティーナの力と信心がずば抜けている事も。二人ともまだ幼く、難しい事は分からなかったが「トモダチ」という初めての響きにとてもわくわくしていた。それから数年間、穏やかに日々は過ぎていった。
だが、悲劇は突然起きる。
クリスティーナとミラノの関係をよく思わなかった何者かによって、クリスティーナが惨殺された。
その死体はメッタ刺しにされており、誰が見ても恨みのある者からの犯行だった。
ミラノはそれ以来、あまり他人に心を開かなくなり、いつも一人で居るようになった。
「にわか仕込みの剣術で、海賊に勝てると思うのかい?」
「思わないよ!…でもクリスティーナが後ろにいるなら、逃げちゃダメだ。」
ユリアとミラノのやりとりを見てたクリスティーナから大粒の涙が零れた。
「…の。」
「…こんなになった私を、まだクリスティーナって呼んでくれるの?」
それを見たユリアが諦めたように剣を鞘に収めた。
ミラノはクリスティーナの方に向き直る。
「当然だ!クリスティーナは僕の一生涯の盟友の名前だ!お前の名前だ!」
ミラノの言葉にクリスティーナは涙が溢れて止まらなかった。
クリスティーナは小瓶を取り出した。
「これは?」
ユリアの問いにクリスティーナが答える。
「魔法使いがくれた、一寸法師の血よ。これを飲めば体は縮むけど、陸で生きられる。足も生えるの。」
「…クリスティーナ?」
ミラノはわくわくしていた。
「私、一度死んだけど神託を受ける力はまだ残ってるわ。」
恐らくはクリスティーナも同じようにわくわくしている。
「ねぇユリア、ミラノ、海の怪物を倒した証にこの鱗を持っていって。そして私をもう一度巫女として、この船に乗せて欲しい…ダメかな?」
クリスティーナが捨てられた子犬のような目でユリアを見た。ユリアがミラノに目をやると、同じような顔で自分を見ている。…この二人は本当に王族関係者なのだろうか、威厳があまりにもなさ過ぎる。
ユリアは心底深い溜息をついた。
「まぁ、斬るよりはそっちの方が幾ばくか気分もいいしな。」
後日、ユリアとミラノは現・国王の御前にいた。
「こちらが怪物退治の証拠の品として持って参りました七色の鱗にございます。」
ユリアが王にそれを捧げる。
王は満面の笑みを浮かべていた。
「うむ。此度の働き、真にご苦労であった。」
「ときに王様、クリスティーナという娘をご存知でしょうか?」
国王の顔色が変わった。急にうろたえ出し、額に汗をかいている。
「し、知らん。それが此度のことと何か関係があるのか?!」
ユリアは顔色一つ変えずに答える。
「いえ、全くありません。私の勘違いでした、失礼致しました。」
ミラノは冷静に国王を観察していた。
恐らくクリスティーナの死について何らかの情報を持っているのはこの国王だろうとさえ感じた。
「それでは、失礼致します。」
ユリアとミラノが王に挨拶をして部屋を出る。
「ああ、苦しかった~!」
クリス…ユリアはいつまた誰かに嗅ぎ付けられるかもしれないと名前を変えることを薦めたが、クリスティーナは絶対に変えたくないと言い張ったので縮めて呼ぶことにした。クリスはユリアの服の胸元から顔を出して新鮮な空気をいっぱい吸い込んだ。
「さあ王子サマ、次の旅支度と覚悟をしておけよ。」




