灰色の告白
「先生、本当のことを言ってもいいですか?」
都心のビル群を見下ろすカウンセリングルーム。依頼人の佐伯は、窓の外を眺めながらポツリとつぶやいた。彼は今、世間を騒がせている「連続毒殺事件」の唯一の生存者であり、最愛の妻を亡くした悲劇の主人公として同情を一身に集めている。
「ええ、ここでは何を話しても自由ですよ。あなたの心を守るための場所ですから」
カウンセラーの松嶋は、穏やかな笑みを浮かべてメモを取る。その表情は、「善良そうだがどこか空虚なエリート」そのものだ。
「僕の妻は、死ぬ間際に言ったんです。『あなたを愛してる』って。滑稽でしょう? 彼女は僕が用意したハーブティーを飲み干して、僕の目を見て笑ったんです」
佐伯の口角が、ほんのわずかに、ミリ単位で吊り上がる。
「世間は、あの事件を『狂信的な隣人の犯行』だと思っている。警察も、あの不気味な隣人の地下室から毒物が見つかったことで納得した。でも、あの隣人に毒を教えたのは誰だと思います?」
松嶋のペンが止まる。部屋の空気が、急激に粘り気を帯びた。
「僕はね、嘘をつくのが得意なんです。悲しみに暮れる夫を演じるのは、息をするより簡単です。」
佐伯は立ち上がり、ゆっくりと松嶋のデスクへ歩み寄った。その足取りには、一点の迷いもない。
「先生、あなたはさっき言いましたね。『心を守るための場所だ』と。でも、守るべき心がない人間はどうすればいい?」
佐伯は松嶋のネクタイを整えるふりをして、耳元で囁いた。
「実はね、先生。あなたの淹れてくれたこのコーヒー……。さっき僕が、ちょっとだけ隠し味を加えておいたんです。あなたが僕を『救おう』とした、その傲慢さへのお礼ですよ」
松嶋の顔から血の気が引いていく。喉を押さえ、崩れ落ちるカウンセラーを見下ろしながら、佐伯は窓の外の青空を仰いだ。
「ああ、いい天気だ。」
逆光に照らされた彼の横顔には、慈悲深い聖者のような微笑みが浮かんでいた。




