第5話 共犯の距離
帝国宮殿の高楼。
夜風が重く、静かに流れている。
王国の穀物価格はさらに跳ね上がり、
貴族連合は分裂を始めた。
「三日以内に、王子は使節を送る」
リュシエンヌは淡々と告げる。
「四日目に譲歩案。七日で懇願」
「随分と正確だ」
カイゼルは背後から彼女を見ている。
「彼は焦ると、短絡的になります」
「よく知っているな」
一瞬、空気が変わる。
彼女は振り向かない。
「婚約者でしたから」
静かな答え。
だが、わずかに温度が下がる。
カイゼルはゆっくりと歩み寄る。
足音は小さい。
だが距離は確実に縮まる。
「嫉妬を期待しているか」
唐突な問い。
リュシエンヌの指先がわずかに止まる。
「まさか」
否定は早い。
だが、完璧ではない。
「私は合理で動く」
カイゼルは彼女の隣に立つ。
ほとんど肩が触れそうな距離。
「だが合理にも感情は含まれる」
「含まれません」
「含まれる」
即断。
「貴女は王子を正確に読める。だが私のことはまだ読めていない」
視線が絡む。
夜の灯りが銀の瞳に反射する。
「読めていないと?」
「私は、貴女を止める気がない」
低い声。
「だが、利用される気もない」
その言葉と同時に、
彼の指が、彼女の手首に触れる。
掴まない。
ただ、触れる。
温度だけを伝えるように。
リュシエンヌの心臓が一瞬、強く打つ。
「共犯だと言った」
「ええ」
「ならば距離は対等であるべきだ」
手首に触れていた指が、ゆっくりと離れる。
だが、熱は残る。
「私は、貴女を選んでいる」
声は低い。
「計算ではなく」
ほんの一拍。
「興味だ」
その単語が、胸を揺らす。
利用価値ではない。
駒でもない。
“興味”。
彼はさらに近づく。
吐息がわずかに触れる距離。
「貴女は?」
問いは静か。
逃げ場はない。
リュシエンヌは目を逸らさない。
「まだ、計算中です」
それでも。
鼓動は早い。
カイゼルは小さく笑う。
「ならば計算しろ」
彼の指が、彼女の顎に触れる。
軽く、持ち上げる。
「ただし、私を見誤るな」
銀の瞳が、ほんのわずかに熱を帯びる。
「私は、盤を壊すこともできる」
脅しではない。
宣言。
リュシエンヌの胸が、初めて不安と高揚を同時に覚える。
計算外。
それでも。
「……面白い」
かすかに笑う。
「危険な盤ほど、燃えます」
沈黙。
風が吹く。
距離はまだ触れていない。
だが。
理性の壁は、ひびが入り始めている。




