第10話 王冠の揺らぎ
王国、王都。
かつて賑わっていた大通りには、怒号が響いていた。
「穀物を出せ!」
「王家は何をしている!」
石が投げられ、倉庫の扉が破られる。
兵は動かない。
動けない。
給金が滞り、忠誠は薄れている。
王城の議場では、重臣たちが声を荒げていた。
「これ以上、殿下の判断に任せられません!」
「王権の一部移譲を!」
「摂政の設置を!」
玉座に立つレオンハルトは、言葉を失う。
帝国との交渉は失敗。
商会は離反。
民衆は不満を爆発させている。
「……時間を」
かすれた声。
「時間が必要だ」
だが。
「時間は尽きております」
冷たい返答。
重臣の一人が、静かに告げる。
「リュシエンヌ様が在任中、同様の危機は三度ございました」
沈黙。
「その都度、事前に収めておられた」
それは事実。
彼女は何も言わなかった。
何も誇らなかった。
だが常に先回りしていた。
「今は違う」
重臣の声は低い。
「崩壊が、表に出ている」
そのとき、急報が入る。
「北方貴族連合が独自に帝国と接触!」
議場がざわめく。
「離反か……」
王国の内側が、裂け始めている。
レオンハルトは拳を握る。
思い出すのは、夜の庭園。
リュシエンヌが自ら手を外した瞬間。
あれが、最後だった。
「……余は」
声が震える。
「王である」
だが、その言葉は空虚だ。
王であるはずの男が、
王国をまとめられていない。
外では暴動。
内では政変。
王冠は、重い。
そして帝国。
カイゼルは報告を受ける。
「王国議会、王権制限を決議」
「摂政設置の動きもあります」
静かな声。
リュシエンヌは目を伏せる。
「想定より早い」
淡々とした分析。
だが胸の奥に、かすかな痛み。
王国は壊れる。
それを仕組んだのは自分。
「迷いはあるか」
カイゼルの問い。
「いいえ」
即答。
だが、完全ではない。
カイゼルは一歩近づく。
「盤は終局だ」
低い声。
「次は選択だ」
王国は、自壊する。
王子は、権力を失う。
そして。
リュシエンヌは初めて、自分の手で国を壊した実感を持つ。
それでも。
振り返らない。
彼女が見ているのは、未来。
カイゼルの隣。
帝国の中枢。
夜が深まる。
王国の灯りは、次第に消えていく。




