二話
≪娘……≫
その神獣は輝いていた。≪夜を渡る大狼≫ナハト=ヴァル。
王都の守り神は、夜に鎮座している。
薄ぼんやりとした灯に照らされる中、対面する。
夜で良かった。私は、震える手を握りしめる。
≪新しい巫女か≫
鎮座した白銀の狼は、腹に響く声で語りかける。
怖い。でも、落ち着く。
膝を折ってひれ伏した。
圧が消える。
≪励め≫
一言、そっけなく。
けれど、許された気がした。
私の弱さも、情けなさも全部見抜かれた。そんな気がしたのだ。
思わず顔を上げれば、ヴァル神が、じっとこちらを見下ろしている。
目が合って魅入られる。
満月のような瞳だった。
「不敬ですよ」
先輩巫女の言葉に、ハッとなり顔を伏せる。
「申し訳ありません」
≪良い≫
ぐるぐると喉が鳴る。
どこか機嫌良さげに、彼は尻尾をゆったりと振った。
名を奪われても、月日は経つ。
自分が誰なのかわからなくなる不安。神殿を回すパーツになったような、人でなくなったような感覚。
私は消耗していた。
巫女A、巫女B、巫女C。私は巫女Zとかかしら。
乾いた笑いがひび割れる。
夜、眠れなくて、部屋の外に出た。
神獣の座す神殿は安全だ。
ひっそりと膝を抱えて泣く。
ひっくひっくとしゃくりを上げて。
どうせ今は、誰も見ていない。
しっかり者なんて幻想、必要ない。
≪娘≫
ふと、呼ばれた気がした。
涙を拭き、顔を上げる。
辺りには人気はなく。
私が行くしかないだろう。
ぐしゃぐしゃの顔で神獣様のところに向かう。
「神獣様? お呼びですか?」
向かえば、私の姿を見て、一瞬の沈黙。
そして。
ヴァル様の姿が縮んだ。
光の中から現れたのは神獣様の色を纏った人型で。
私は息を呑んだ。
「泣けばいい。私はここに居よう」
そう言って側に座るから、じん、と胸が熱くなる。
子供みたいに泣いてしまいそう。
奥歯を噛んで、耐える。
「……っ」
目を伏せて、手が震える。
逃げ出したいのに、鼻の奥がつんとして。
許されている、と安心した。
神獣様は、優しい。
この日、はっきりわかった。




