第4話「木枯らしサバイバル」
保守用自転車〈蜻蛉〉は垂直シャフトを滑る。ここは重力制御域、床も天井もない。私はケーブルに前輪をかけ、ペダルを踏むたび空気を切った。
「非常停止ピンまで百八十メートル」
耳の通信が告げる。ユトリは下層の端末に残り、制御扉を順に開けてくれている。
壁面ハッチが弾け、小型ドローンが群れをなして飛び出した。鋼線が伸び、レーザーが赤い軌跡を描く。
「接触まで八秒」
カウントが乾いた声で進む。私はハンドルを傾け、〈蜻蛉〉を横倒しにした。無重力が助けとなり、車体は板のように滑空。鋼線の檻をくぐり抜けると、絡まった線がドローンどうしを縛り、爆ぜた火花が暗闇を照らした。
気温が急に下がる。上層の送風ファンが木枯らし用の冷気を流し始めたのだ。肺が痛むが、足は止めない。
視界が開け、回転軸の中央部に銀色のピンが一本。そこに義手の男が立っていた。
「よく来た、配達員」
ケイの声は低い。義手がモーター音を立て、ピンにワイヤを巻きつける。
「これを抜けば風鈴は沈黙するが、君も落ちる」
「落ちても風を止める」
私は〈蜻蛉〉を捨て、軸へ飛びついた。回転に振り回されながら、ピンの根元に手を伸ばす。鋼の指が肩を貫く痛み。だが母のオルゴールが胸で震え、鼓動をそろえた。
「ΩGIFT!」
ユトリの声が塔内スピーカーから響く。同時に私の腕の中でオルゴールが一音鳴った。システムが合い言葉を認証、軸の回転が落ちていく。
最後の抵抗を振りほどき、私はピンを一気に引き抜いた。轟音が失せ、風鈴の重奏が半音ずつ下がり、やがて静寂が戻る。
ケイは肩で息をしながら言った。
「まだ終わらない。最終権限は頂上ドームに移した」
互いの手を離すと、私は足場に膝をついた。ユトリから通信。
「あと一層。制御鍵はもう君のオルゴールだけだ」
「了解。終わらせに行く」
微かな風が頬をなでる。冷たさの向こうに、小さな春の匂いが混じっていた。




